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愛が重いだけじゃ信用できませんか?  作者: 歩く魚
第2章

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決戦5

 晴れやかな表情の蓮が一歩踏み出す。

 その一歩に迷いはなく、相手がナイフを持っていることへの恐怖もなかった。

 一瞬にして見違えるように大きく見えるようになった彼を、瑠凪が止めた。


「やるじゃん」

「古庵……」

「一歩踏み出せるようになったんだな。お前の心はもう、取り残されてないよ」


 自分が変化したということに目の前の男が気付いたと知って、蓮は驚く。


「本当は、お前にやってもらおうと思ったんだ。でも、まさか櫂があんな物を持っているとは予想外だった。悪いんだけど、ここは俺に任せてくれないか?」


 「お前にやってもらおうと思った」という言葉の真意は読み取れなかったが、瑠凪が自分を讃えていること、そして自分が成長したという確信を胸に、蓮は頷いた。

 それを見て、瑠凪の表情から優しさが消える。


「や、やっと動く気になったかよ山本!」


 重くなった空気に呑まれないようにか、櫂は一層大きな声を出す。

 瑠凪はそれを見て鼻で笑った。

 

「悪いんだけど、俺、本当は古庵って名前なんだわ」

「古庵……? お前、まさか……KLとかいうサークルの……」

「知ってるのか。意外と記憶力いいんだな」


 どんなふうに聞いているのか、櫂はその名前を聞いて顔を引き攣らせた。


「で、でも、お前が何かをした瞬間に俺はこいつの顔を切りつけるぞ! 良いのか!?」

「あぁ、それは困る」


 瑠凪は肩をすくめる。

 そして、自分のポケットからリモコンを取り出すと――。


「だから、俺が動いた瞬間を見ないでもらおう」


 ボタンを押すと、クローゼットから顔を覗かせていたプロジェクターから光が投射される。

 本来なら壁に当たり、動画などを写す光。

 それが人の目に進んでいけば当然――。


「クソっ! なんだこれ!」


 光の奔流に思わず目を閉じる櫂。

 紫はこの隙を見逃さなかった。

 思い切り櫂の右足を踏むと、痛みで腕の力が緩む。

 そして、壁を背にして左側に倒れ込むように逃げ出した。


「チッ! 殺す!」


 紫を取り逃したことに感触で気付いた櫂は、彼女を捕まえるより先に、自分に攻撃を仕掛けてくるであろう瑠凪を消すことに決めた。

 無理やりに目を開け、わずかな視界で瑠凪の方にナイフを伸ばすが――。


「い、いないっ!?」


 そこに瑠凪の姿はない。

 その時彼は、宙を舞っていたからだ。

 櫂が目を閉じた瞬間、瑠凪は壁際に走り出した。

 彼はそのまま三角飛びの要領で壁を蹴り、櫂が目を開けたときには空中にいたのだ。

 そして、あたりを見回して瑠凪の姿を捉えたときにはもう遅かった。


「ぐぼらぁっ!」


 壁を蹴って勢いを増した拳が櫂の左頬に突き刺さり、凄まじい勢いで飛ばされる。

 その先には布団が畳んで置かれていたため、これ以上のダメージにはならなかった。

 しかし、とてつもない威力の攻撃は彼の戦意を折るには十分だった。


「……終わったな」


 ぴくぴくと痙攣する櫂を見下ろしながら、瑠凪がため息をつく。


「あ、大丈夫か!?」


 一息ついて紫の存在を思い出したのか、勢いよく彼女の方へ首を曲げる。


「……うん。大丈夫だったよ。ありがと」

「無事みたいで良かった」

 

 その時、玄関で一部始終を眺めていた七緒が部屋に入ってきた。


「警察への電話、完了です。あと十分くらいで来るみたいですよ」

「一連の録画はできてるか?」

「はい、大丈夫です」


 本性を暴いて依頼人に見せることもできて、あとは伸びている櫂を引き渡すだけ。

 彼らを取り囲む空気は穏やかなものになっていた。


「……あーあ」


 安田が唐突に口を開く。


「なんていうか、康晴も私と似たようなものだったのかもね」

「……いや、そんなことないぞ。安田先輩は――」


 瑠凪の言葉を手で遮る。


「いいの、私もちょっと考え直すことにしたからさ。自分の格を上げるのは大切だけど、他人を使っちゃダメよね。これからは、心から好きになれる人を探すことにする。それでその人と一緒に上を目指す」

「……それがいいですね」


 少し熱っぽい視線を向けられている気がした瑠凪は、それに気付かないふりをした。


「……っていうかさぁ、なんでずっとうずくまってるわけ?」


 声をかけられた夕莉は安田をみると、みるみるうちに顔を歪ませていく。


「だ……だっでぇ……! ヤズぐんのごと……うぇえぇぇえん!」

「いやいや、そんなに泣くことじゃないでしょ」


 呆れたように笑う安田。


「もう無理ぃ……あたじ、立ち直れないよぉ……」

「流石に落ち込みすぎでしょ。良いじゃん別に、また次があるんだから――」

「それは違いますよ」


 夕莉の背中をさすりながら、瑠凪が口を開く。


「たとえば先輩が怪我をして病院に行ったとします。その怪我は、自分の人生で一番苦しいものだったとします。でも、医者には『君よりもっと酷い怪我の人を見てきたから、それに比べたら軽症ですよ』って言われました。どうです?」

「そりゃあ、その人と私は関係ないんだし、私は辛いんだから……」

「そうですよね。自分の人生で一番辛いんだから、これ以上の痛みを知らないんだから、他人になんて言われても辛いんですよ。人生一の痛みがタンスの角に小指をぶつけたのでも、腹に風穴が空いたのでも、どっちもその人の一番には変わりないんです」

「まぁ……そっか」


 一応の納得をした安田は、それ以上夕莉に言及しなかった。


「…………あたしがこんな見た目だからいけなかったのかな」

 

 泣き止んだ夕莉は、なおも伸びている櫂を見つめながらいった。


「違う違う」

「でも、ヤス君が私の化粧が濃いって……。もっと薄い方が良かったのかな、ヤス君の好みに合わせる方が……」

「……自分の目指すなりたい自分になるのも、相手のために変わるのも自分の意志だよ。自分で選んだものに自信を持ちなよ」


 柔らかい口調でたしなめる。


「それに、人を見た目で決めるような奴に負けるなよ。夕莉の努力を夕莉が否定しちゃいけないよ」


 夕莉は感銘を受けたように瑠凪の顔を見つめていた。

 だが、瑠凪が気を取られたのは紫だった。

 彼女は今の言葉を聞いて、優しげに笑っていたのだ。


「紫ちゃん、大丈夫だった?」

「……うん? 大丈夫だよ。助けてくれてありがとね」


 本当はもっと聞きたいことがあったが、遠くからサイレンの音が聞こえたので、彼は部屋から出て行った。


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