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愛が重いだけじゃ信用できませんか?  作者: 歩く魚
第2章

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決戦2

「なぁ蓮、一つ聞いてもいいか?」


 五人で電車に揺られている最中、瑠凪が声をかける。


「ん? なんだ?」


 激しいとまでは言わないものの、両の足で自然に立つには大変なくらいに車内は揺れていた。

 しかし、瑠凪と蓮の二人は吊り革を掴まずとも自分の身体を安定させている。


「紫ちゃんのことなんだけど」


 七緒は持参した本を読み、安田はスマホでメッセージの返信をし、夕莉は死んだような顔で虚空を見つめていた。

 各々が集中、または意識を飛ばしているため、会話を聞かれる心配は少ないが、ヒソヒソと続ける。


「蓮は紫ちゃんのことが好きなんだよな?」

「そりゃあもう、これまで生きてきて恋をしたことはあれど、あんな気持ちになったのは初めてだよ」


 何も疑問に思うことはない。自分は恋に落ちているのだと、そう確信している言葉。

 だが、反対に瑠凪の瞳には疑念にも似た思いが浮かんでいる。


「強烈な体験だったわけだな。じゃあ、この依頼が完了して、いざ紫ちゃんとデートできるってなったらどこに行きたい?」

「どこに行きたい?」


 蓮は質問の意図を汲み取りかねているように首を捻っている。

 

「そういえば聞いてないなって思ってな。恋愛はタイミングが重要なんだよ、今のうちからデートプランを考えておいた方がいいだろ? だから希望を教えてほしくて、服を見に行く以外でな」

「他にか……えっと…………」


 いくら待てども、彼の口から具体的な案は出てこない。


「……あれ、出てこないな。まぁでも、俺、彼女のことを見てるだけで満たされてるんだよな」

「満たされる?」

「あぁ。俺さ、あの時本当は、足が止まりそうだったんだ」


 あの時というのは、彼が紫と出会った時。

 つまり、静香をナンパしている男に立ち向かおうとした時である。


「俺はさ、いつも大事な時に何もできないんだよ。昔、好きだった女の子が泣きながら走ってる姿を見たことがあったんだ。追いかけて行って話を聞いてあげたいと思った。慰めてあげたいと思った。でも、心は走り出してるのに、身体が動かなかったんだ」


 瑠凪は無言で聞いている。


「今回もきっとそうだったんだ。ナンパ男と比べて絶対俺の方が強いし、多分一歩踏み出せれば、そのまま行けたと思う。でも、最初の一歩が途方もなく遠くて、時間をかければ行けそうなんだけど、静香ちゃんはその間にも困った顔をしていたんだ。いつも時間が決意を流しちゃうんだよ」


 トンネル内を走る電車。

 窓の外は闇に包まれているのに、蓮はそれを寂しそうに眺めている。


「心臓は走った後みたいにドキドキしてるのに、一歩も動けてないんだ。だからだよ、紫ちゃんが自分よりも強い相手に軽々向かって行ったのが凄いなって。俺は彼女に惹かれたんだ」

「なぁ、蓮。それって――」


 窓に映った蓮の顔を見て、続きを言うのをやめた。

 伝えるべきでない言葉を排出することをやめた。

 それは彼のためを思ってか、呆れていたのか。

 理由は瑠凪の心の中にあれど、なんとも口惜しそうな表情をしていた。



「次降りるから。みんな準備してくれ」

 

 少し時間経って、全員が個人的な暇つぶしに勤しんでいた頃、瑠凪が口を開いた。


「……次降りるの?」


 安田が不思議そうに確認する。

 それもそのはず、瑠凪が口にしたのは、乗降客数の多い駅から二駅ほど離れた、大した魅力のない駅だったからだ。


「あぁ、ここであってる」

「……どこ向かってるわけ? ヤスくん、こんなところで降りるとは思わないんだけど」

「櫂は降りないだろうな。俺も普段は降りないよ。なんていうか、せめてもの防犯上の理由だ」


 皆一様に怪訝そうな顔をしていた。

 瑠凪が何を言っているか、意味がわからないという風に。

 しかし、ただ一人七緒だけは、その言葉が自分に向けられているのを理解し、嬉しそうに笑った。


「ついてきてくれ。道は俺が知ってる」


 電車を降りると瑠凪が先導する。

 話題になることはほぼない駅とはいえ、都内の大都市に近いだけあり構内は広い。

 いくつかある出口のうち、より都市部に近い場所へと出るものを選んで進む。

 階段を登り、細い通路を歩き、また階段を登っていく。

 不安や思考に支配されているためか、私語すらも起こらなかった。

 


 外に出ると、太陽の光が降り注いでいた。

 大きな一本の道路が通っていて、その両側にさまざまな店がある。


「次はこっち」


 淀みなく歩いていく瑠凪についていく一行。


「とりあえず、後15分くらいで着くから説明しておく。あんまり時間はないから、到着したらみんな黙って俺についてきてくれ。順番は俺、蓮、安田先輩、夕莉、七緒でいく」

「私が最後ですか? それは――」

「違う、そういうことじゃない」


 返事が予想できていたように会話を打ち切る。


「七緒は俺の助手なんだろ? なら、動きやすい一番後ろで、その時最も良さそうな行動をとってくれ」

「……わかりました。本当は一番前が良かったんですけど、今回は先輩の好感度上げに止めておいてあげます」

 

 七緒は前を歩く瑠凪の横まで小走りで寄って行って、彼の顔を見上げながら聞く。

 

「……私を信用してくれてるってことですか?」

「いや、信用はしてない。期待もしてない。最低限出来ることが分かってるだけだ」


 道路上にある赤信号と青信号の間を見ながら、当然のように彼は言った。


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