進展
最寄駅に着く。
結局、七緒の最寄りまで送って行くことになったため、予想以上に帰りが遅くなってしまった。
都会とはいえ、日付が変わりそうな時間帯には人が少ない。
人通りの少ない道をのんびり歩き、自宅マンションに到着。
ポストを確認し、休んでいたであろうエレベーターを叩き起こす。
機械の駆動音を聞きながら目を瞑っていると、自室が目前まで迫っていると、エレベーターの音が知らせてくれた。
箱から出て、ぎりぎり人二人が通れる通路を進むと、見慣れたドアが見えてくる。
――が、しかし。
「はぁ…………またか」
ドアノブには、同じく見慣れてきた「差し入れ」が、つまりビニール袋がかかっていた。
袋を手に取ってみると、ずっしりとした重さが右手にかかる。
「いって」
プラスチックが変形する音。
思わず手を下げたことで袋を落としてしまった。
手首の調子はだいぶ良くなったと思っていたが、重いものを持つのは厳しかったみたいだ。
毎回のように2lの水が入れられているのを忘れてしまっていたのも良くない。
「あぁー腰が痛い……」
通路にはビニール袋の中身が散乱してしまっている。
それをかき集めようとかがんだ時、一枚の紙切れが目についた。
手にとって、両面を確認してみる。
「これは……やっぱりあるよな」
お約束となっているメモである。
今までの内容を思い出してみるが、どれも俺の身を心配するものだった。
ならば今回も……と考えるのは当然だが、実は俺は、このメモに書かれている言葉の予想がついている。
ゆっくりと四つ折りのメモを開き、美しく書かれているであろう文字を目に入れた。
「…………」
紙をもう一度四つ折りに戻してポケットにしまう。
左手でビニール袋を持ち、鍵を開け、家に入った。
翌日。
俺がKLの教場に着いた時には既に、七緒と蓮の姿があった。
「こんにちは先輩。いい天気ですね」
「元気か古庵。俺はこの上なく元気だ」
七緒はもとより、今後の方針についての話し合いを行うべく、蓮にもKLの教場に来るようメッセージを送っておいた。
俺より早くに着いて待っているとは関心である。
「おはよう。さっそくだけど、今後の方針について話し合おう」
適当な椅子に座ると、二人も近づいて来て席に着く。
「……七緒、近い」
そりゃあ話をするんだから遠くではいけないが、隣に来てほしいとは言っていない。
「良いじゃないですか。むしろ先輩の上に座りたいです」
「それはやめてくれ」
「積極的だな……」
蓮が若干引いている。
もう少し周りの目を気にしてくれないものか。
「まぁいいや。時間が勿体無いし始めるぞ」
くだらないやりとりに興じるのも良いが、今日ではない。
一息ついて気持ちを入れ替える。
「次の目的としては、櫂康晴に直接話を聞きに行こうと思う」
「それが一番手っ取り早いですからね。でも、本当のことを話してくれるとは限らないですよ」
「まぁな。多分、人一倍外分を気にするタイプだろうし」
浮気をしているのかと問い詰められて素直に頷くような奴は、そもそも浮気をしない。
「直接聞きに行っても成果は薄いかもしれない。警戒される可能性もある。でも、自分の目と耳で確かめるからこそ分かることもあると思うんだ」
「確かにな。古庵は観察眼凄そうだし、浮気がバレちまった以上、今更警戒したところで穴がありそうだ」
普段から細心の注意を払っていてこれなのだろう。
櫂の危機回避能力は高くはない。
穴を塞いでも別の部分に新たな穴が開き、そのループに陥るのが目に見えている。
「それじゃあ、俺は櫂を探して話を聞きに行く。七緒ちゃんは安田先輩と夕莉にもう少し話を聞いてみてほしい」
「わかりました。行ってきますね」
七緒は軽く頷いた後、テキパキと荷物をまとめて教場から出て行った。
今日の彼女は機嫌が良いようで、表情が少し柔らかかった。
「敏腕助手だな。それで、俺は何をすればいい?」
「……そうだな、櫂の周囲を探ってほしい。本人が尻尾を掴ませなくても、友達に自慢して話している可能性があるからな」
ミスターコンに出るやつなんて、大体が自己顕示欲の塊みたいなものだ。
友達にマウントを取るべく、どんな異性と遊んだか、何をしたかを包み隠さず解説しているはず。
「了解だ。……ちなみに、今更なんだけど一つ聞いていいか?」
「なんだ?」
バツが悪そうにしている。どうしたのだろう。
「あのさ……櫂の顔、調べ忘れちゃって。どんなやつか知らないんだよな……悪い!」
「なんだ、そういうことか」
調べておけよと思わないわけではないが、忘れることは誰にでもある。
アプリを開き、検索履歴に残っている櫂のアカウントを出すと、スマホを上下逆さに持ち替えて蓮に渡す。
「ほれ、これが櫂康晴。かっこいいけど安田先輩に釣り合うかって言われたら微妙だろ?」
「あぁ……本当だ」
静かに画面を見つめていた蓮だったが、だんだんと瞬きの回数が多くなっていき、落ち着きのないのが見てとれた。
「どうした?」
「……あのさ、こいつなんだけど――」
彼が恐る恐る続けた言葉を聞いて、俺の脳内には一つの方程式が組み上げられた。




