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愛が重いだけじゃ信用できませんか?  作者: 歩く魚
第2章

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会話

 くじ引きの結果、次の俺の席は2番……つまり最初に座っていた席の隣になった。

 

「お、調子はどうだ?」


 前の席に楽人が座ると、爽やかな笑みを浮かべながら声をかけてくる。


「まあまあかな。そっちは?」

「いやぁ……ギャルって良いな」

「その言葉だけで十分だよ。楽しめてるならよかった」

「マジで、誘ってくれてありがとな」


 こんなところで過去1番の真面目感謝をされてもなぁ……。

 喜んでいるなら何よりだが。


「隣は紫ちゃんか」


 俺の右隣には紫が座っていた。

 彼女は先ほどと同じクジを引いてしまったらしい。


「……よろしく」


 後で白峰の隣に座る機会もあるだろうし、今回は休憩だな。

 俺の左には蓮がいて、彼のために席を代わってやりたいところだが、あからさまにアピールさせるのは逆効果な可能性があるため、隣同士になってもらうのを待つことにした。

 しばらく周りの様子を観察していると、右肘のあたりを軽く叩かれる。


「古庵君、グラス空いてるね。何か頼む?」

「烏龍茶にしようかな」


 それを聞いて、紫は店員さんを呼んで注文してくれた。


「ありがとな」

「ううん、気にしないで」


 彼女は七緒のように感情の起伏が薄く、基本的に誰に対しても塩対応……だが、俺には割と会話を振ってくれる。

 このメンバーの中では好かれているのかもしれない。

 いや、単純に俺が一番会話したことがあるからか。


「最近どう? なんか良いことあった?」


 特に話すこともないが、無言でいるのは気まずいので適当に話を振ってみることにした。


「最近? ……サークルメンバーが増えたのは良かったかな。演奏できる楽器の種類が増えたからいろんな曲できるし」

「静香ちゃんの友達か。そりゃあ良かった」


 彼女の所属サークルは人数が少ないから、特定の楽器を扱える人間がいないなんてこともあったのだろう。


「あれ以来、静香はいろんな人にKLの事言ってるみたいだよ。評判が上がって良かったね」

「そうだな。友達ができたのは静香ちゃんが頑張ったからだけど」


 彼女が努力できる人間であったことが成功の要因だ。


「古庵君は何か良いことあった?」

「俺は……特にないかな。なんでか分からないけど肩痛いし」


 スマホやゲーム機を操作する時の姿勢が良くないんだろうな。

 早いうちから意識して治さないと慢性化してしまう。

 そう考えながら自分の肩を叩いていると、珍しく紫が笑っていた。


「ふふっ……おじさんみたいだよ。私が揉んであげようか?」

「え、いいの? じゃあお願いしようかな」


 必要以上に異性に触れるのが嫌なタイプかと思っていたので、この提案は少々意外だった。

 しかし、やってくれると言うのだからありがたく受け取ろう。

 ただでやってもらうマッサージは身体だけでなく精神も健やかにしてくれる。

 

「お待たせしました。こちら烏龍茶お二つになります〜」


 俺の肩に伸びかけていた手が止まる。

 タイミング悪く、先ほど注文したドリンクが届いたのだ。

 小さいお礼と共に彼女はドリンクを受け取り、左手に持った一つを差し出してくれる。


「ありがとう」

「…………」

「ん? どうした?」


 グラスを掴んでいるのに手を離してくれない。


「両手で持たないと落としちゃうよ。……グラス濡れてるし」

「そうだな。わざわざありがとう」


 左手をグラスに添えると、その重みが両手にかかった。

 余計な気を使わせてしまって申し訳ないな。

 だが、彼女の言葉にはなぜか別の意図が含まれている気がした。

 それがなんなのかは分からないが、大切な――。


「なにぼけっとしてるの? 肩、揉んであげるよ」

「あ、あぁ……。よろしくな」


 背を向けて待っていると、両肩に優しく手が置かれる。

 男のものとはまるで違う細さ。

 力はなくとも、鋭い指先に力が集中するため、もどかしさは感じない。


「どう? 気持ちいい?」


 耳元で声がして若干驚いてしまった。

 わざわざ寄らなくても声は聞こえるんだけどな。

 

「めちゃくちゃ良いよ。極楽だ」

「ん」


 再び施術が始まる。


 「……んっ、んっ」


 等間隔で力を入れるから仕方ないことだが、妙に艶かしい声に心が乱される。

 そういう場所でなら平静でいられるのに、全く関係ない時には意識してしまう。

 笑っちゃいけない時に限って面白くてたまらないアレだ。


「よくマッサージとかするのか?」


 あまり意識しないように話しかけてみることにした。


「うーん。高校生の時までは親にしてたかな。今は一人暮らしだし、ちょっと練習してるくらいかな」

「練習? あ、彼氏は社会人なのか?」


 友達にマッサージしてあげるために練習することなんてないだろうし、フリーで一人暮らしなら、マッサージをする相手はいないはず。

 だから彼氏がいるのではないかと思った。

 しかし、大学生で肩が凝っているやつなんてそうそういないし、そう考えると社会人と付き合っている説が濃厚か。

 ちなみに、ここで「彼氏いるの?」と聞くより、すでに彼氏がいるものとして話を進める方が自然である。

 質問の回数が減るから質問攻めになる事を防げる上、効率的な情報収集ができるのだ。

 しかし――。


「いや、彼氏はいないよ。っていうかいたことない」

「そうなのか? そんなに可愛いのに、意外だな」


 顔もスタイルも良いし、少し派手な見た目で敬遠する男子もいるだろうが、大学生のファッションほどに自由が認められているものはないため、マイナスポイントにはならない。

 むしろ、独自の世界観に惹かれて恋に落ちる男子は蓮以外にも多いと思っていた。


「……っていうか、なんか力強くなってない?」


 肩に刺さる指からギチギチという音が聞こえているんだが。


「……強くないよ」

「そうか? 明らかにさっきより――」

「いいから。こっち見ないで前向いてて」


 頭を強引に戻されてしまった。

 このまま、紫のマッサージは次の席替えまで続いた。

 その時ちらりと彼女を見たが、いつも通りの澄まし顔だった。

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