追加依頼
……さて、どこから片付けたものか。
一度俯瞰的な視点で整理してみよう。
まず、ここにいるのは俺、七緒のKLメンバー。
俺の横には、依頼人の蓮が呆けたように立っている。
寝不足だからではない。
学内を何十周もして探してきた相手が、全く前触れなく目の前に現れたからだ。
次に、目の前には三人の女子。
一人は、以前静香の依頼の付き添いとしてやってきた紫。
その隣で立ち上がって口論を繰り広げている二人の女子に視線をやる。
どちらも並以上のルックスを持っているが、そのタイプは正反対とも言えるものだった。
俺から見て左側にいるのは、夜の六本木で遊び歩いていそうなキラキラ女子。
薄紫色のドレス風味の服装に、毛先の巻かれている茶髪。
垂れ目を強調するようにふんだんにラメが用いられていて、唇なんてグロスでつやっつやだ。
右側にいるのは気の強そうな女子で、黒いオフショルダーのトップスに、あられも無く足を露出しているショートパンツ。
ブロンドの髪をかき上げながら、機嫌が悪そうにもう一人の女子を睨みつけている。
どちらもキラキラ、またはギラギラという擬音の化身のようだが、片方は港区女子、もう片方はギャルと好みは分かれそうだ。
三人が近しい位置どりをしているということで、おそらく彼女らはまとめて一つの依頼なのだろう。
内容は大方想像できるが、どんな経緯で知り合ったのかは謎だ。
「……紫ちゃん、久しぶり」
「…………ん」
なんだその反応は。
絶妙に嬉しくなさそうだな。
だが、話を聞かないことには何も始まらない。
「えっと、今日はどうした?」
「依頼持ってきたよ。ちょっと、二人とも一回静かにしてもらえますか?」
よく堂々と撃ち合いに入っていけるな。
鬼の形相で戦っていた二人は口を止め、俺の方を見る。
「古庵くんから見て左にいるのが安田香穂さん。経営学部3年で、去年のミスコンで一位になった人」
通りで綺麗なわけだ。
しかもその顔には、自分が選ばれた者であるという自信が滲んでいる。
少なくない人数が通っている大学内のコンテストで頂点に輝いたという自負だ。
……実際には目立つことを嫌って前に出ない女子もいるが。
「右にいるのが白峰夕莉さん。心理学部の2年生」
「……ふんっ」
俺がまじまじと見つめると、だるそうに顔を背けられる。
もっとやってくれて構わないぞ。
「……は?」
七緒からナイフを突きつけられている気がしたので、早々に視線を逸らす。
「二人のプロフィールは分かったよ。でも、接点のなさそうな二人だよな」
「それなんだけど、二人はお互いの彼氏を取り合ってるの」
「いや、私の彼氏だけど?」
「はぁ〜? 頭打っちゃってるわけ? どっからどう見ても私の彼氏だし」
再び戦いが始まりそうだ。
止めたところで言葉の節々に反応して再燃しそうだし、もう放っておこう。
「……で、お互いの彼氏ってどういうこと? はないちもんめでも流行ってんの?」
「なんていうか、どっちも同じ人を彼氏だと思ってるんだよね。3年生の櫂康晴って人なんだけど、知らない? 去年のミスターコンで3位になった人」
「全然知らない」
今開示されている情報で言うと、本命は安田のほうだろう。
個人的に彼女はあまり好きではないが、顔は良い。
また、ミスターコンとミスコンの参加者は合同で宣伝にあたることが多い。
顔面のランクも対等なため、その中でカップルができることは珍しくないのだ。
とりあえず続きを聞いてみるか。
「香帆さんと櫂さんが付き合ってるっていうのは前から知ってたんだけど、白峰さんも櫂さんと付き合ってるって言ってるんだよね」
「言ってるんじゃなくて事実だし」
「付き合ってるのは私だから。だっておかしくない? 私の方が綺麗なのにあなたに靡くわけないよね」
理由を聞くだけでどんどん火種が大きくなっていっている。
女子ってやっぱり怖いなぁ……。
紫は若干苛つきながらも会話を続ける。
「私と香帆さんは前から知り合いなんだけど、この間会った時にKLのことを話したら、第三者の意見が欲しいから依頼したいって。で、三人できたってわけ」
「はぁ……」
とりあえず、新たな依頼については理解した。
春や冬はそれぞれ出会い、別れの季節だ。
そのため、恋愛関係の依頼が多いとは言ったが……。
「これは大変だな……」
脳内にとどめて置けない、ため息のような言葉が漏れてしまう。
蓮のような一方向からの依頼ならまだ良い。
調査し、対策を立てて実行するだけだからだ。
それに対して、紫が持っていた依頼はどうだろう。
鬼神のように怒り狂っている二人を宥め、それぞれの話を聞き、櫂とかいう奴にも事情を聞きにいく必要がある。
さらに、場合によっては俺が彼女らの関係に結論を出さねばならない。
決断に反発されることも容易に想像できるし、精神的な負担が半端ないのだ。
一度修羅場からは目を離し、隣の置物に話しかける。
「それで…………蓮が探してたのは紫ちゃんなんだな?」
「紫……素敵な名前だな……」
もう会話になっていない。
俺の言葉が耳から入って、紫に関する情報だけ抜き取られて残りは反対の耳から出て行っている。
幸か不幸か、二つの依頼は部分的に重なっている。
どちらも同時に進めることができる可能性はある。
しかし――。
「じゃああんたはヤスくんと何したわけ? アタシは海に行く約束したけど?」
「海とかまだ先すぎない? そんなに時間空けないと会ってもらえないとか、遊ばれてるんじゃないの?」
変わらず言葉の応酬を繰り返す女子二人。
「紫…………赤と青で紫…………ははっ」
色を混ぜ合わせている蓮。
教場内は収集がつかなくなっていた。
「はぁ…………」
頭が痛くなってきた。
七緒は既に帰り支度を始めているし、俺も耐えられそうにない。
「はい、今日はとりあえず解散で……後日! 飲み会を開きます!」
過剰な労力は後々のコンディションに悪影響を及ぼす。
今日中の解決は諦めて、俺は逃げ帰ることにしたのだった……。




