作戦
凛が出て行ってからすぐ、蓮が教場にやってきた。
「よ、よお……。なんか、来る途中にボロボロの西堂先輩を見たんだけど、何かあったのか……?」
「…………いや、特に何もなかったよ」
しっかりと姿を見られていたようだ。
まぁ、学内の有名人が死にかけで歩いていたら当然か。
KLに変な噂が立たないといいが。
「それじゃあ、今日も探しに行くか」
「悪いな。よろしく頼む」
「ただ、探し方を変えようかなって思ってな。今までは、れいの女の子を探してただろ? でも、どんなに探しても見つからなかった。もしかしたら、その子は大学をサボりがちなのかもしれない」
大体一週間は同じ場所で女子生徒を探した。
それでも見つかる気配すらないということは、大学にいること自体が割とレアケースの可能性があるということだ。
あとは就活中の四年生のパターンもあるが……。
「その子は四年っぽかったか?」
「いや、私服だったし……今思い出したんだけど、髪も染めてた……気がするし、同い年かひとつ上なんじゃないかな」
「髪を染めてた……?」
ここにきて新たな情報を手に入れることができた。
髪を染めているのなら、企業面接を控えているわけではなさそうだ。
多様性の時代なため、染髪が許される社会人も増えてきたが、ひとまず候補から除外する。
これで、全身を見る必要はなくなった。
多くの生徒の中から、頭部が目立つ者をピックアップすれば良いだけだ。
しかし、「染めていたような気がする」という言葉が気になる。
インナーだけ染めてるとか、そういうタイプなのかもしれない。
「まぁでも、あんまり大学に来ないならそもそも探しても意味ないよな」
「あぁ。だから、今日からは助けられた女の子の方を探してみようと思う。その子だったらもっと記憶に残っているはずだし、もしかしたら連絡先くらいなら交換してるかもしれない」
「おお! なんだか希望が見えてきたな!」
こうして、恋愛成就のための次の作戦が決まり、俺たちは校内を巡ることにした。
ちなみに、七緒には教場で待機してもらっている。
2度あることは3度あると言うし、今日中に誰かしら訪ねてくる気がしたからだ。
「……とは言ったものの、助けられた方の女の子も情報が少ないんだよなぁ」
「俺が覚えてるのは、顔と髪型、あとは服装のタイプだけだな」
助けた方の女子より個性が薄そうだし、こちらの方が見つけにくいかもしれない。
しかし、探してる途中に本命に出会えたら御の字だし、対象が増えれば確率も二倍……くらいにはなると思う。
「あのさ」
あの子は違う、この子は違うと観察している時、ふと蓮が声をかけてきた。
「今日がダメだったら、あとは俺一人で探そうと思う」
「え?」
彼の方を見てみると、いつにもなく真剣な表情。
「もう一週間もこうやって無駄に時間を使わせちゃってる。見返りはいらないってサークルの方針だろうけど、これ以上は悪いからさ」
分かってはいたが、根がすごく真面目なのだ。
きっと、毎日俺たちを連れ回すことに罪悪感を抱いている。
「……そうか」
七緒からストーカ……人探しの極意を聞いたことだし、きっと彼は一人でも探し出せるだろう。
依頼人が独力でやると言っているのだから、俺が引き止めるのもおかしい。
だからといって手を抜くわけではなく、今日中に相手を見つけるつもりで気合を入れる。
「なら、今日こそ見つけないとな!」
「そうだな! 古庵に手伝ってもらったのを無駄にしないためにも頑張るぜ!」
妙な連帯感が生まれ、先程以上のペースで生徒探しが進む。
「ゆるふわ系……あの子はどうだ?」
「もうちょっと背が低かった気がするな」
「じゃあそっちの子は?」
「あー、系統は同じだけど違う子だな」
「それじゃあ……」
あたりを見回している時、何かが引っかかったような感覚があった。
「あ、ちょっと待っててくれ。知り合いを見つけた」
「分かった」
一言断って、足を進める。
「よっ、元気?」
「……あ、古庵先輩! こんにちは!」
声をかけたのは、以前、友達を作りたいという依頼を持ちかけてきた静香だ。
「こんにちは〜」
隣には、その時友達になった菜月も一緒にいた。
「相変わらず綺麗な青髪だね」
「あはは、嬉しいです! 先輩も白い髪はケア大変じゃないですか?」
「まぁね。おすすめのカラーシャンプーあったら教えてほしいな」
「私は――」
白髪が黄ばまないようにカラーシャンプーを使うのだが、これがなかなか難しい。
モノによって微妙に色味が違うし、日々の研究が必要だ。
「お、おい古庵……」
背後から蓮が声をかけてきた。
話し込んでしまったようだ。
「ごめんごめん。待たせちゃったな」
「いや、そうじゃなくて……」
顔を見てみると、緊張したように顔が強張っている。
「どうした? 体調でも悪いのか?」
「違うんだよ……その子、その子なんだよ」
指差す先にいたのは静香だった。
彼女は、なぜ自分が注目を浴びているのか意味がわからない様子だったが、蓮の顔をしばらく見つめていると、「わっ」と驚いて――。
「前に助けようとしてくれた人ですよね! あの時はありがとうございます!」
「…………は?」
世界は広い。夥しい数の人間がいて、それぞれが自分の人生を歩んでいる。
個人個人がオリジナルの人間ネットワークを築いていて、予測は不可能に近い。
だが、人間社会は途方もなく広いのに、世間というものは、これほどまでかと思うほどに狭いのだ。
――そして俺は、これからそれを学ぶことになる。




