新たな依頼
「へぇ、好きな人か」
「よければ力を貸してほしい。もちろん、結果がどうであれ文句は言わない」
目の前の男は深々と頭を下げている。
というか、腰が綺麗に直角に曲がっているぞ。
所作がはっきりしているところを見るに、高校時代は野球部だったのかも。
スポーツ系の部活って上下関係激しいって聞くしな。
「確認にはなるが、もし失敗しても納得してもらうぞ。ダメだったからってKLに逆恨みされたら堪らないからな」
静香の時も……というか、対人関係において必ずというものは存在しない。
人間と人間の出会いなんて基本的には偶然の産物でしかないし、仮に相手の理想の形で出会いをセッティングしたとしても、その時相手に恋人がいるだとか、好みじゃなかったとか、なんなら天気が悪くて気分が乗らないからというくだらない理由で失敗に終わることすらある。
だから、こういう依頼を持ちかけられた場合、まず最初に約束してもらうのだ。
「わかってる」
どうやら、並々ならぬ意志があるようだ。
相手との仲を取り持てなかったとしても、潔く受け入れてくれるだろう。
「でも、恋愛において百戦錬磨と噂の古庵の力を借りられるんだから、期待はしちゃうぜ。全部を任せるわけじゃなくて、俺も頑張るし」
待て待て、その噂はどこから湧いて出てきたんだ。
……あのブログか。
前回の依頼の後、静香の元にも例のアンケートメールが届いた。
彼女には、俺の監修の元返信をしてもらったのだが、やはりメールだけでは知り得ない情報も記事の中にはあった。
これはまた今度考えるとして、俺の性能を盛るんだったら、その分実物の方のケアもしてほしいところである。
でも、それでストーカーが増えるのは嫌だな。
今でも手一杯だっていうのに。
「当然、俺も手を尽くす。幸運なことに女子メンバーも加入したからな。異性の視点で見れるっていうのは大きい」
そう言って、俺の横に座っている七緒に視線を向ける。
「…………」
無言でこちらを見つめていた彼女と目があった。
相変わらず眠そうな目をしているが、少しだけ口の端が吊り上がっている。
これは機嫌が良い時の顔だ。多分。
「頑張って相手の子にアプローチしましょうね」
何か言えという視線に気付いたようで、当たり障りのないコメントを残す。
とはいえ、「頑張りましょう」だけでは味気ないし、俺も何か言ってやらないと。
ちょうどいい。ここ最近の出来事を思い出しながら考えるとしよう。
静香の依頼を解決し、七緒が正式に助手としてKLに加入してから、大体一月が経過した。
ぬるくて心地良かった春の風は、だんだんと夏を感じさせるものへと変化している。
この間、七緒はメンバーとして、助手として大いに活躍してくれた。
……まぁ、これについては思い返すといろいろあった気がするので割愛するが、ともあれ、俺の生活にも彼女は馴染んできたと言える。癪ではあるが。
そして、六月まであと一息、遅れてやってきた五月病が単位に魔の手を伸ばす中、新たな依頼人がやってきた。
依頼人の名前は……なんとか蓮だったはず。
脳内を漁ってみるが、一向に思い出せない。
これもきっと五月病の影響だろう。
決して、男の名前など覚えてやるものかと記憶を拒否しているわけではない。
その証拠に、目を瞑っても目の前にいる男の姿を暗闇に描き出すことができる。
身長は180ほど、髪の片側は耳にかけ、もう片側は目を隠さんばかりに伸ばされている。
アシンメトリーというやつだ。
身に纏っているのは淡いデニムのパンツに白いシャツと、シンプルだが減点するところのないものだった。
教場の扉を開けて堂々と入ってくる様は、まるでリングに入場するボクシング選手のように見え、さぞかし苦戦させられる依頼なのだろうと思ったが……。
どんな男でも、自分が本気で好きになった相手には弱いのだ。
依頼内容を話している時の彼の顔は、少年となんら変わりない。
そして、そんな状態では正常な判断を下すことは難しい。
盲目からもたらされる黒歴史的な行動。
下手くそなポエムを書いた手紙を渡したり、家の前で待ち伏せして花束を渡したり、確実性がないのにフラッシュモブをやってみたり。
しかし、自分を客観視できないのは当事者のみである。
俺が恋をしているわけではないため、後で思い起こして恥ずかしくなる行動を実行に移す可能性は少ない。
これが、他人に弱みを見せてまで訪ねてきた理由だろう。
修学旅行の就寝前でもなければ、人に自分の想い人を告げるのは難しい。
こちらとしても、そこまでの覚悟を持ってやってきてくれた依頼者を無下にはできないし、必ずや依頼を成功させ、彼の顔を誇らしさで染めてやる。
……という思いもあるため、七緒には助手として頑張ってもらいたいのだが……。
「…………まぁうん、頑張ろうな……」
「なんでいきなり元気なくしてるんだ!?」
俺が突然弱気になったから、蓮も戸惑ってしまっている。
よく考えたら、彼女の意見を聞いたら犯罪一歩手前のアイデアばかり浮かんでしまうのではないだろうか。
とりあえず相手の後をつけてみようとか言い出しかねないぞ。
一抹の不安が胸に残る中、新たな依頼がスタートした。




