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愛が重いだけじゃ信用できませんか?  作者: 歩く魚
第1章

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始動

第1章終わりです!

 散った桜が元気をなくして萎れるように、空の色がオレンジ色に染まる。

 この後の予定を話す者、陽が落ちるまで続く講義に恨み言を漏らす者、一人で黙々と歩く者。

 眼下を歩く生徒たちの様子は様々だ。

 そして、それを眺めていた白髪の男子生徒――俺、古庵瑠凪は、大きく伸びをして、机に寝転がった。

「あぁ〜。疲れたなぁ」

 俺は、いわゆる「何でも屋」に相当するサークル、通称「KL」に所属している。

 何者かによって運営されているブログの宣伝効果もあり、KLは「カッコよくて応用力のある先輩」がいるということで、公式サークルを差し置いて学内でも屈指の知名度を誇っている。

 カッコよくて……なんて言われるのは照れ臭いが、真実だから仕方ない。

 自己肯定感はいつだって最高でいたいからな。

 今日は、「良いバイトが見つからない」という一年生のため、時に求人サイトを眺め、時に同校の生徒にアンケートをとり、時に面接の練習をし、ついに合格させる事に成功した。

 そこまでの努力をすれど、対価として金銭などはもらわず、「困った時に助けてもらう」だけに留めておいているのが、評判の良さを手助けしているのだろう。

 そして、設立されてから二年目を迎え、つい最近まで実質一人で切り盛りされていたものの、先日。

 晴れて新しいメンバーが加入した。

 まさに順風満帆。

 ……だというのに、俺は相当に不服だった。

「はぁ……」

 音をたてて地面に転がりそうなほど重いため息。

 視線の先には、件の新メンバーがいる。

「……どうしました?」

 背中まである長い黒髪は、これから迫り来る夜の闇でキャンバスを塗りつぶしたようだ。

 全てを見透かしているかのような眠たげな目は、黒縁の眼鏡に覆われている。

 七緒は、右手で眼鏡を持ち上げながら、俺に問いかけた。

 それを聞いて、もう一度深いため息が漏れ出す。

「……依頼者の前では節度ある行動をしてくれって言ったよな?」

「そういえば一昨年くらいに聞いた気がします」

「いや、昨日な」

 とぼけるのが分かっていたから、即答してやった。

「私、節度の塊じゃないですか? 節度を節度で固めて、さらに溶かした節度をかけてます」

「お前は節度のパティシエか。そうじゃなくて、近いんだよな」

「……近い?」

 きょとんとした顔で、聞いた言葉をそのまま繰り返す。

「なにかと俺との距離が近いんだよ。俺が求人雑誌見てる時もかなり顔を近付けてきてたし。依頼者に変な誤解をさせたくないんだわ」

 距離感が近い人のそれを遥かに超えている。

 頬がくっつきそうなくらい、彼女の香水が普段と違うことが分かるくらいの近さ。

 依頼人も「この二人、もしかして……?」って顔してたし。

「もうすぐ唇だったんですけどね。近いのに遠い……これが恋ってやつですね」

「勝手にロマンチックにするな」

 他人にどう思われようが、全くのノーダメージ。

 むしろ、依頼者に勘違いされた方が良いという考えまで透けていた。

「……あんまり言うことを聞かないようなら、サークルから脱退してもらうからな」

「えぇー。なんでそんな酷いこと言うんですか? 私はただ、少しでも先輩と近づきたいだけなのに」

「やるならせめて依頼者がいない時にしてくれ」

 その言葉を聞いて、フレームの奥の七緒の目が煌めく。

 反対に俺は、失言に気付き、苦虫を噛み潰したような顔をしていたことだろう。

「二人っきりの時ならなにしてもいいんですか!?」

「なんでそこまで極端なんだよ!?」

「だって今、依頼者がいないならやってもいいって」

「違う違う。せめてってことね? やらないでほしいけど、それでもどうしても、死んじゃうような理由があってやるとしても、人がいない時にって――」

「もう死んじゃいそうです。やっていいですか?」

「ダメだって!」

 迫る七緒の肩を両手で必死に止める。

 ようやく進撃を諦めると、彼女はため息混じりでつぶやいた。

「先輩成分が足りなくて脳みそが回らないっていうのに……」

「そんな未知の物質を取り入れないと動かない出来損ないの脳みそなら取り出した方がいいぞ。良い医者知ってるから紹介してやるよ」

「あと、節度のパティシエってなんですか?」

「知らんわ! 蒸し返してくんなよ!」

 突っ込んだものの、自分が吐いた意味のわからない言葉を恥ずかしく思ってしまい、頬をかく。

 羞恥心を消し去るように何かを言おうとするも、その時。

 教場の扉を叩く音が耳に届いた。

「すみません! KLに用があってきたんですけど!」

 少し遅れて声が聞こえる。

 ハキハキとした男子生徒の声。

 しかし、そこには微かな焦りがあった。

「入っていいよ」

 声を張ると、数秒後、扉がゆっくりと開いた。

 姿を見せたのは、目鼻立ちがくっきりしていて、上下グレーのジャージ姿の男子生徒。

 おぼつかない足取りで教場の中に入ってくる。

「あ、あの……どうしても助けてもらいたいことがあって……。知り合いに、ここでなら助けてもらえるって聞いたんです」

 ここに来るまで心のうちに溜めてきたものがあるのだろうか。

 男子生徒は、肩を落としながら、声を振るわせながら言葉を発した。

 その姿を見て、俺たちは目配せしてうっすらと笑い、同時に口を開いた。

「「ようこそ、KLへ」」

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