これが青春だ
「……あの、私、一目見た時から先輩のことが――」
顔を真っ赤にした女子生徒が、目の前の男子生徒に告白している。
瑠凪は二人から少し離れた高い場所でそれを見ていたが、想いを告げられるのが容易に想像できる状況において、男子の反応は芳しくない。
いや、わざわざ呼び出しに応じているし、二人が恋人の一歩手前まで意識しあっているのは理解していた。
男子生徒のそれは拒否からくるものではなく、踏ん切りがつかないといった風だった。
特段、外見が劣っているわけではないが、自分に自信がないのか、他にもう一人くらい遊んでいる相手がいるのか。
しかし、押せばいけるくらいの手応えはある。
「好きです! 付き合ってください!」
女子生徒の上ずった声が響く。
あたりには誰もいないため――瑠凪が仕向けたのだが――互いに人目を気にする必要はない。
「よく言った」
瑠凪は呟いてガッツポーズする。
「……俺で、いいの……?」
対して男子生徒は、やはり、自分がこの子を幸せにできるだろうかと勇気が出ない様子。
「だから告白してるんだろうか……でも、想定内。よし、ここだ――!」
頃合いを見計らっていた瑠凪は、足元に置いていたバッグからスプレー缶を取り出す。
それをシャカシャカと振ると、二人の頭上から、気付かれないように噴射ボタンを押した。
・
想いを伝えた女子の熱い眼差し。高鳴る鼓動。浅い呼吸。
想いを伝えられた男子の戸惑い。高鳴る鼓動。息を呑む。
二人の温度を同じにするには、何かが足りない。
春の夜の切なさでも、街灯に照らされた儚い少女の眼差しでも、あと一歩足りない。
告白は失敗に終わるのかと、女子生徒が諦めかけた瞬間、奇跡は起こった。
「――わぁ」
人間は「運命」というものを信じる。
偶然の再会を、たまたま同じ本を手に取ることを、何か大きな因果が働いていると勘違いする。
「これって……雪……?」
四月だというのに、彼らの頭上には雪が降っていた。
突然の贈り物。季節外れの代物。
しかしそれは、二人の心を繋ぐには十分すぎるもの。
「ダメ押しだ」
空を見上げる二人の死角。
瑠凪はそこから、男子生徒の手のひらに向かって何かを投げ込む。
不意に触れた冷たい感触に、男子が下を向く。
眼鏡の奥の目が見開かれる。
「……雪の、結晶だ」
ご丁寧にも、雪の結晶を模したものを氷で作っておいたのだ。
肉眼でも確認できる大きさのそれは、彼にとって吉兆と言うほかない。
この瞬間、彼女は「運命」に成ったのだ。
男子生徒はすぐに相手の方へ向き直り、肩を掴む。
突然のスキンシップに驚くが、眼鏡の奥の真面目な瞳を見て、心を決めたようだ。
「伝えてくれてありがとう。俺、君のことを幸せにできるか分からないけど、二人で頑張っていこう」
「……は、はい! よろしくお願いします!」
氷が水になるように、二人の心は溶けて水になり、友達から恋人へと変わった。
手を取り合い、笑い合うカップル。
「――これが青春だ」
瑠凪は満足気に笑うと、テキパキと荷物をしまい、二人にバレる前にその場を後にした。