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愛が重いだけじゃ信用できませんか?  作者: 歩く魚
第1章

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振り出し

 平和はそう簡単には続かないもので、翌日。


「おい、七緒」

「いきなり乱暴に呼ぶなんて、先輩はそっちの趣味があったんですね。わかりました、先輩のためならどんな性癖にだって――」

「いや、そういうのいいから」


 俺は七緒をKLの教場に呼び出し、ある出来事について問い詰めていた。


「ストーカーみたいな真似はやめてくれって、昨日言ったばかりじゃないか?」


 机を軽く叩いて威圧してみるが、萎縮した様子は微塵もない。


「先輩に十分おきにメッセージ送ってた事ですか? あれでも少なくしたつもりなんですけど……」

「それじゃなくてな」


 マジで十分ぴったりでメッセージが送られてくるんだよな。

 お陰で時計を見なくてもスマホの振動回数で時間がわかるようになってしまった。

 流石に途中から面倒になって通知をオフにしたが。


「いや、俺が何言いたいかわかるよな?」

「…………もっと頻繁に連絡がほしい?」

「今、『もっと頻繁に連絡がほしい?』って聞こえたけど、聞き間違えだよな?」

「一言一句間違ってませんけど……」


 首を捻っても思い出せないということは、もしかしてあの行為をストーキングの一種だと思っていない……?

 なら、今からでも、やってはいけない行為と理解させなければ。


「あのな、家まで来て差し入れするのはやめてくれって言ったよな?」


 口にすると疲労感がのしかかってくるため、あまり言いたくなかった。

 今朝の出来事。

 コンビニにアイスでも買いに行こうと家を出た時、見つけてしまったのだ。

 ――ドアノブに引っ掛けられた差し入れを。

 中身にあまり違いはなかった。メモにメッセージが残されていたことも。

 思い返すだけでもどっと肩が重くなる。

 でも仕方ない。七緒に理解してもらうため、それは間違ってるときちんと伝えなければ。


「…………なんの話ですか?」

「は?」


 俺が喫煙者なら、さぞかし綺麗な丸い煙が出せただろう。

 我ながら見事な間抜け顔だ。

 しかし、目の前にいる犯人の目もまた驚きに見開かれていて、余計に意味がわからない。


「私、先輩の家なんて知りませんよ? いや、知りたいですけど、法に触れそうなことは出来るだけ控えてるんです」

「できるだけじゃなくてしないでくれ…………」


 って違う。無意識で突っ込んでしまったが、重要なのはそこじゃない。


「あの差し入れって、七緒がやった事じゃないのか……?」

「そもそも差し入れってなんですか?」


 差し入れという言い方が独特すぎたのかもしれないと思い、彼女にビニール袋のこと、内容物のことを説明する。

 すると、彼女の顔にはまたも驚愕が滲み、ずり落ちたメガネの位置を直していた。


「それ、ストーカーじゃないですか」

「そうなんだって!」

「先輩って一軒家ですか? 住んでるの」

「いや、マンションだよ」


 ……これ、間接的に情報を引き出されてないか?


「なら監視カメラで誰が犯人がすぐにわかりません?」

「いや、それくらい俺も考えたさ……」


 もちろん考えた。そして、管理人に電話してみた。

 しかし、返ってきた答えは犯人の情報ではなく、何らかの理由で監視カメラが故障しているようで、修理までしばらくかかるらしいというものだった。


「……つまり、こういうことですか? 先輩のマンションの監視カメラに細工をして、その隙に差し入れをしたと……?」

「いや、監視カメラについては俺が入居する前から調子悪かったみたいだし、偶然だと思う」


 それにしても、自分が訪れた時にちょうどカメラが故障しているなんて、とんでもない幸運の持ち主だ。

 または、どうにかしてカメラが止まっているのを知ったのか……?


「なんにせよ、俺はずっと犯人を七緒だと思ってたんだよ。驚きすぎて心臓がキュッとなったわ……」

「それ、恋ですよ」

「俺のトキメキポイントを変なところに置くな」


 キュンとするタイミングぶっ壊れすぎだろ。


「ちなみに、何で私のことを犯人だと? 確かに先輩を追いかけてはいましたけど、危ないことはしてなかったじゃないですか」

「だから聞いたじゃないか。カフェでキスされた時に」

「…………聞いた?」


 正直、まだ七緒のことを疑っている自分がいる。

 今まで提示されてきた証拠があるからだ。


「あの時、七緒に『お前が?』って聞いたよな? それで、当たり前のように肯定したじゃないか」


 当然のように答えていたのが、彼女が差し入れをストーキングだと思っていないという考えに繋がった。


「……あぁ、あれですか。あれって、『私が先輩のことを本気で好きだったのか?』って意味で聞かれたんじゃないんですか?」

「………………は?」


 常識が覆される時は脳内が真っ白になるというが、まさしく今の俺はそれだ。

 だが、どうにかして調子を戻して考える。

 確かにあの時の俺は、今よりも七緒のことを信じていなかった。

 その行動理由すらも。

 しかし、食堂で出会った時のやりとりやカフェでの洞察力、打てば響くような返答など、一を言って十を理解しているような感覚があった。

 ……彼女が俺の思考を理解できていると、そう思い込んでしまっていたのか。


「……じゃああれか? 俺があの時『七緒が家の前に差し入れを置いた犯人なのか?』って聞いてたら……」

「当然否定してましたよ」

「あ、そう……」


 状況に呑まれてしっかりとした質問ができなかった自分に眩暈がする。

 だが、だが。俺にはもう一つ、切り札のような証拠があったはずだ。


「そうだ、もう一つあったんだよ」

「なんですか?」

「あのメモだよ!」


 俺は尻ポケットから四つ折りにされた紙を取り出す。

 計四枚、内容はそれぞれ――。

 一枚目は「頭の怪我は大丈夫?」。

 二枚目は「風邪をひかないように」。

 三枚目は「逗子さんは三号館と四号館の間にいると思います」。

 そして四枚目は「これからもよろしく」だ。

 メモを開くと、七緒に見えるように机の上に置く。


「これが動かぬ証拠ってやつだよ。全部七緒が書いたんだろ?」

「いや、私が書いたのは逗子さんのやつだけですけど……」


 七緒は顎に手を当てながらまじまじとメモを見つめ、何か重要な事に気がついたように口を開く。


「これ、多分使ってるペンが違いますね」

「使ってるペン? 全部ボールペンだろ?」


 どれも黒いボールペンで書かれている。


「それはそうですけど、私の書いたやつだけ、消せないやつなんです」


 その言葉を聞いて、じっくりメモを見比べてみる。


「……本当だ」


 言われてみれば、七緒が書いたと確実に言えるものだけ、インクが細く、しっかりと書かれていた。

 どちらの筆跡も美しい事に違いはないが、他のメモをよく見ると、うっすらと文字を消した後がある。


「他のメモは全部、何度か書き直されているのか……」

「そうですね。そもそも私は消せるボールペン使いませんから。試験で使えないですし」

「俺もだ……」


 見当違いも甚だしいとはまさにこの事だろう。

 自分を取り巻く謎を解決したと安心していたが、実際には何一つ真実に近づいていなかったのだ。


「……でも、先輩の話を聞く限り、ストーカーさんには悪意はありませんよね」

「あぁ、そうだろうな……」


 ストーカーに「さん」をつけるな。


「…………これは、もしかしたらライバルになるかもですね」

「ライバル?」

「だって、明らかに先輩のこと好きじゃないですか、この人」

「いや、それは……」


 おそらく彼女の言っていることは正しいのだろうが……。


「俺は相手の姿すら知らないんだぞ?」

「だから、これから何食わぬ顔で先輩と知り合う可能性があるんじゃないですか。先輩への行動は共感できますけど、私にとっては倒さねばならない敵です」


 ストーキングに共感しないでほしい。


「ともかく、ここで終わりとは思えませんし、いずれ犯人を見つけ出してやめさせないとですね」

「……そうだなぁ」


 差し入れに加えてブログ。

 突然浮上してきた謎は、まだまだ消えてくれそうになかった。

毎話お読みいただきありがとうございます!


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