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愛が重いだけじゃ信用できませんか?  作者: 歩く魚
第1章

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デート

 今日はもう一つやるべきことがある。

 全くと言って良いほど乗り気しないんだが、約束してしまったからには仕方がない。

 約束を破ることに躊躇はない。

 だが、破ったこと、で後々不利な状況に陥る可能性はある。

 たとえ正しいのがこちらでも、他人からの評価が悪ければ正しさは逆転してしまうかもしれない。

 足取りは重かったが、俺の意思とは関係なしに走る電車のせいで、なんとか待ち合わせの駅へ到着した。


「あ、先輩。この時を指折り数えて待ってましたよ」

「……待たなくていいよ。指折ってやろうか?」

「今日はカフェデートだから可愛さ強めにしてみました。どうです?」

「スルーすんな」


 純白のブラウスにブラウンチェックのサロペットスカート。

 メガネを外してブラウンのカラコンを入れ、目元に赤いアイシャドウを使っていることで、ふんわりとした印象を受ける。


「正直、一瞬誰かわからなかったよ。やる気出すとここまで変わるんだな」


 普段のダウナーな七緒とは全くの別人。

 都会の大学生活を満喫しているキラキラ女子大生そのものだった。


「普段もやる気出してますよ? ただ、先輩がどんなのが好みか調べたくて」

「それを調べて何になるんだよ。バイト代出るのか?」

「バイト代は出ないけど、先輩に好きになってもらえる可能性は上がります。千里の道も一歩から、ですね」

「歯の浮くようなセリフをサラリと言えるやつは信用できない」


 基本的に、こういうことをさも当然のように言えるのは、日頃から練習しているやつだ。

 例として俺が挙げられる。


「……本当なのに」


 不機嫌そうに頬をぷくりと膨らませる七緒。


「今日はいつもより感情が読み取りやすいな」

「そりゃあもちろん、デートですからね。わくわくもしますよ」


 そういうものか。

 見慣れない彼女を一瞥し、カフェへ向かうことにした。

 

 五分ほど人混みを歩き、裏路地に入るとパッと道が広くなったように感じた。

 実際のところ、道はむしろ狭くなっていて、人が減ったから広く感じているだけだ。


「……ここの二階がカフェのはずだ。あ、看板あった」


 辿り着いたのは、最近ネットでバズっていたカフェ。

 お洒落なだけのカフェなんて都内にはごまんとある。

 そのため、待ち合わせに向かうまでの電車内でリサーチを済ませることができた。


「てっきり先輩は調べてくれないと思ってたから、私も目星つけておいたんですけど、同じくここが第一候補でした」

「俺は適当に調べた結果ここになった」

「無意識で同じのを選ぶなんて、やっぱり私たち相性いいんじゃないですか?」

「ノーコメントで」


 タイミングを合わせたりしない限り、こういうのは相手に合わせられるからな。

 俺も普段はそうやって共通点を作って距離を縮めている。


「じゃあ試してみます? 絶対噛み合うと思いますよ」

「……」

「するとしたら、まずは私が乗りますね?」

「…………」

「ギネスのくらいの高さになるの、楽しみだなぁ」

「え、肩車の話?」


 後から調べたら、ギネスの世界記録に登録されている身長は二七二cmだそうだ。

 紛らわしい言い回しに翻弄されつつ、階段を登り切る。

 カフェの扉は黒く、営業中だというのに閉ざされている。

 なんとも言えない入りにくさを感じながら扉を開けると、真っ黒な室内が目に入った。

 壁や床、テーブルまでもが黒一色。

 ところどころにある白い灯りによって足元、手元に視界が確保できるが、かなり攻めたデザインだ。

 洗練された店内に合わせてか、店員の挨拶もまた静かで、個人的には心地が良い。


「真っ黒ですね」

「あぁ。内装自体は調べた時に見ていたけど、実際自分が中に入ってみると印象も変わるな」

「そうですね。黒い服で来たら生首に見えそうです」

「…………ちょっとやってみたいな」


 首だけが浮いている様は割と気になる。

 ハロウィンシーズンとか、そういうキャンペーンやってないだろうか。

 店内はあまり混んでおらず、俺たち以外の客は二、三組いるだけだ。

 会計を済ませ、他の客や店員から少し見えにくい影のカウンターに並んで座ることにした。

 数分ほどして、店員が二人の注文を届けにくる。

 銀色のトレイにゆっくり皿を置くと、浅く一礼してさっていった。


「食べ物までおしゃれなんだな」

「どうやって作ってるんですかね、これ」


 スマホで二人分の注文の写真を撮りながら、七緒が不思議そうに言った。

 俺が頼んだのは胡麻のプリンと抹茶ラテだ。

 抹茶ラテはいわゆる「普通」のもので、緑と白に綺麗に分かれたグラス内にマドラーを入れ、かき混ぜてから飲む。

 胡麻のプリンは米枡のような容器に入っていて、色自体はグレーだが、表面に店名のプリントが入っている。

 食べ物まで店の雰囲気に合わせるとはさすがだ。


「……ん、美味しい」


 一足先にティラミスを口にした七緒が、感動したような声を出す。

 続いて俺もプリンを食べてみたが、こちらも美味だった。


「かなり当たりのカフェだな。静かだし、美味しいし」

「そうですね。インフルエンサーがネットで滑稽なくらいおすすめしてたのも納得です」

「お、おお……」


 インフルエンサーへのあたり強いな。

 言わんとしていることはなんとなく分かるけど。


「そういえば今日、静香ちゃんに経過報告してきた。ついに明日お見合いだよ」

「良い結果になると良いですね。目指せカップル成立」


 てっきり「一緒にいるのに他の女の子の話しないでほしいんですけど」なんて言われると思ったが、七緒は特段気にする様子もない。


「先輩が何考えてるか分かりますよ。確かに話はしないでほしいですけど、先輩が活躍するのは嬉しいですから。もちろん、何もしてなくても見てますけど」

「……そうか」


 思考が読めない七緒だが、この言葉に嘘がないことくらいは俺にもわかる。

 彼女が俺に向けている気持ちは、本当に好意なのだろうか。

 考えを察してか、七緒はこちらへ顔をむけて口を開く。


「前にも言ったと思うんですけど、私、先輩のことが世界中の誰よりも好きな自信があります。まだ分かりませんか?」

「…………」


 何も言うことができなかった。

 たとえ、本当に彼女が俺のことを好きだとして、だから何になる?

 俺の目的は、大学生としての青春を謳歌することだ。

 楽人は恋人がいることこそが青春だと言っていたが、俺はそうは思わない。

 思い返した時に懐かしく、愛しく思うのが青春だ。

 片時も嫌な思い出にならないのが青春であるべきだ。

 友達と馬鹿騒ぎして笑い合う記憶は、現在から未来まで美しいまま。

 だが、恋愛はどうだろう。

 人と人とはいつかは別れるもの。

 大学生のような軽い恋愛じゃあ添い遂げることなんてまずないし、円満な別れになる可能性も低い。

 だから、苦い思い出になるはずだ。残るのは後悔のはずだ。

 しかし、人はいつしか、その記憶を美しいものに改竄する。

 俺にはそれが許せない。

 自然に美しく感じてしまうのか、自分が望んで美しくしているのか。

 どちらかは分からないが、俺はそれが気持ち悪くて仕方がない。

 成功の結果、得られるものが美しいのは当然だが、失敗は苦いものでなければならない。

 でも、自分がいくら気持ちを強く持っても、おそらく最終的には過去を慈しんでしまうのもわかっている。

 だからこそ、俺の青春に恋人は必要ない。

 だからこそ、友情ではなく、愛情に準ずる想いを持った彼女に心を許してはならない。

 一時の感情に支配されるのが、怖いからだ。


「……わかってますよ、先輩が何考えてるか。今は一緒に入れるだけで満足です」


 はぁ、と七緒のため息が聞こえる。

 呆れているのかと思ったが、その矛先は俺ではなく自分に向いているかのようだった。


「せっかくのデートなのに、嫌な気持ちにしてごめんなさい。気分を変えたいので、一回外に……あっ」


 カウンターの上に置いていたスマホをカバンにしまおうとした七緒だが、手が滑り、スマホが宙を舞う。

 しかし、俺が無計画に出した手が、偶然にもスマホをつかむ。


「おぉ、良かった。……俺も悪かったよ。とりあえず出るか――」


 手に力が入っていたからだろう、意図せずスマホの電源がついてしまう。

 つい、視線が画面に引き寄せられる。


「……え?」


 直後に七緒の手によってスマホの画面が隠されたが、俺は見逃さなかった。

 

 ――そのロック画面が、俺の写真だったのを。


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