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愛が重いだけじゃ信用できませんか?  作者: 歩く魚
第1章

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リアルな

 凛と別れてやや時間が経った頃。

 今日は電車も空いていたし、帰路にも人が全然見当たらない。

 電柱に設置される防犯灯は妙に数が少なく思えるし、からんからんと灯が消えかけている。


「不気味だな」


 意図せず口から感想が漏れてしまった。

 この雰囲気に呑まれてしまわないよう、無意識に発したのだ。

 夜道を歩くのは怖くない。

 自慢じゃないが、その辺の男よりは鍛えているし、何故だか今日はイヤホンを外して歩きたい気分だったから、足音にも気付ける。

 歩くたび、俺の存在を確かめるように足音が鳴る。

 しかし、その音が表しているのは俺ではなく、足元から伸びる影のような気がした。

 影は段々と俺から独立し、その証拠に足音がズレて――違う。

 足音がズレてきたのではなく、元からもう一人いたのだ。


「――っ!」


 俺は立ち止まり、勢いよく背後へ振り返る。

 もしそれが何の関係もない人間ならば驚かせてしまうとか、そんなことは頭になかった。

 ただ、ゆっくり振り返るより考える時間が、恐怖が減るから迅速に行動した。


「………………」


 しかし、背後には誰の姿もない。

 それどころか、俺が歩いてきた足跡でさえ、抹消されてしまったように感じる。


「……ふふっ」


 ものすごい速度で、背筋に冷たいものが走る。

 背後――つまり俺の進行方向から声がしたからだ。

 そんなはずはない。さっきまで前方に人の姿はなかったし、少なくとも十m先まで横道もない。

 この短時間で、俺に気づかれないように近づくことは不可能なはず。

 しかし、振り返るとそこには、確かに人間が立っていた。


「…………ふふっ」


 嬉しそうに笑う声の高さから、相手が女だとわかる。

 だが、まるで防犯灯が彼女を照らすのを拒否しているかのように、目を凝らしているのにその顔が見えない。


「なんだ? お前がストーカーの正体か?」


 その声が自分のものだと理解したのは少し後だった。

 思考と行動を切り離していたおかげで瞬時に声をかけられたのだ。

 だが、女は問いかけには答えず、不気味に笑いながら、左手で顔を拭う。

 それは、メガネを持ち上げているような――。


「……か……は…………」


 思考が遮断された。

 未知へ対抗するためにアドレナリンが分泌され、それによって身体が熱くなったと思った。

 しかし、吐きそうなくらいの熱を感じたのは腹の部分。

 視線を下にやると、左上腹部から何かが生えていた。

 それは人体を貫くには鋭すぎて、えらく簡単に俺の体内に侵入している。


「おま……え……」


 言葉を紡ごうとするが、震えて上手く話せない。

 張り詰めた気が強制的に消し去られ、膝から崩れ落ちる。


「大丈夫……私が……あなたを…………」


 女が耳元で何か囁いている。

 意識が遠のき、俺にはそれを聞き取ることができない。

 でも、どうしてか彼女には敵意も悪意もなく、俺は自分の口元が吊り上がっているのを感じながら、冷たい闇へと誘われていった。


「…………夢か」


 目を開くと、意識が急激に覚醒する。

 窓から差し込む不完全な光が、飛び跳ねるように脈打つ心臓に安全だと教えてくれた。

 数分ほどぼうっと天井を眺めていると、恐怖心はすっかりなくなっていき、シャツが寝汗でびしょ濡れなことに気が付いた。

 精神的な要因で重くなった身体を起こして、シャツを脱ぐ。

 一つ、大きくため息をついたあと、枕元のスマホに手を伸ばし、時間を確認するために電源を入れた。


「…………六時」


 起きるには早すぎる時間。

 俺は、なぜこんな夢を見てしまったのか考えたが、その答えは一つしか思い浮かばなかった。

 ベッドの横のローテーブルに置いてある紙切れ。

 書かれているのは『風邪をひかないように』という簡素なもの。


「……やっぱり、これだよなぁ」


 以前と同じくモノ自体に怪しい点はないが、妙にリアルな夢を見てしまったのが気持ち悪くて、もう一度眠ることにした。

毎話お読みいただきありがとうございます!


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