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愛が重いだけじゃ信用できませんか?  作者: 歩く魚
第1章

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灯台下暗し

「めちゃくちゃ美味しいですねこれ。ウニのクリームってよく分からなかったんですけど、濃厚だし苦さもないんですね」

「口にあったなら安心だ。私も連れてきた甲斐があったというものだよ」


 結論から述べると、俺の心配は杞憂だった。

 そもそも、俺が庶民ど真ん中だということは彼女も知るところだし、内心焦っていたことも見透かされていたのだろう。

 料理が運ばれてくると、凛は何も言わないが、毎回ゆっくりと、見て覚えられるように食事をしてくれた。

 そのおかげで俺も恥をかかず、かかせることもない。

 ここに来るまでのエスコートで、心配の必要がないことに気付くべきだった。

 灯台下暗しというか、興味のない異性から向けられる行為には敏感になれるのに、意中の相手が自分をどう思っているか分からないのと似ているな。


「そういえば、前に言っていた演技プランの話し合いはどうなったんですか?」

「あぁ、あれなんだが、無事にうまくまとまりそうだよ。瑠凪が事前に話を聞いてくれたおかげで、私も話すべきことをまとめられたよ」

「先輩が人の気持ちに寄り添える人だから上手くいったんですよ。演技といえば――」


 今日は何から何まで凛の世話になりきっているし、せめて会話くらいは俺が楽しませようと、いつにも増して頭を回転させる。

 大学生活の話、サークルの話、彼女の悩みや気付きなど、話題を二転三転させていく。

 その甲斐合って、互いに料理を愉しみながら屈託のない笑みを浮かべ、心を通わせていた。


「いやぁ……本当に瑠凪は私のことを分かってくれるな。こんなに楽しく、心を開いて話せる相手は他にいないよ」

「そうですか? 俺もですよ」

「そ、そうか……? それは嬉しい、な」


 あまり異性に関心を覚えない俺ですら、彼女の博識さや清廉潔白なさまには惹かれてしまう。

 人間は総じて信用ならないが、それでも彼女なら信じられるかもしれないと、無価値な幻想を抱いてしまいかねないほどだ。

 頬をかく姿でさえ、映画に出てくる女優のように麗しい。


「っていうか、こんなに高いところに連れてきてもらって申し訳ないです。どのくらいか検討もつかないけど、数万円くらいなら臨時収入があったから自分で――」

「いや、大丈夫だよ。私がここにしたいと言ったんだし、金なんてある方が払えばいいだけのことさ。私にはさして金を使う趣味もないし……そうだ」


 彼女は思いつきで何かを言おうとしているが、あまりに落ち着いているから、事前に用意してきた台詞を口から再生しているように見えた。


「それなら今度、私の服を一緒に選んでくれないか?」

「服……ですか?」


 同年代と比べて、俺はそれなりにお洒落している方だと思う。

 流行りだのなんだの、会話の糸口になる情報収集も怠っていない。

 しかし、その目で見ても凛がファッションに疎いとは思えない。

 黒のセットアップでフォーマル感を出しているが、ジャケットの丈が短いお陰で適度にそれが緩和されていて、気になるところなどないが……。


「俺が先輩に教えられることなんてないと思いますよ? 今日だってすごく素敵ですし」

「そ……れは嬉しいんだが、なんて言うんだ? 今時の若者のファッションをだな……」

「先輩も若者じゃないですか」

「いや、そうではなくてだな……」


 珍しく慌てた様子の凛。

 目線を忙しなく動かして上手い言葉を探しているようだった。

 数秒後、良い表現の仕方が見つかったのか、芯の通った声が鋭く吐き出された。


「……そう! 流行というのは常に変わっていくものだろう?」

「去年はかっこいいって言われてたのに、今年になると誰も着てる人がいない……的な感じですね」

「それだ。私はあまり流行云々は好きじゃなくてな」


 流行を追うことは悪くない。

 ファッションであっても食であっても、常に最先端に立とうとする姿勢を俺は尊敬している。

 だが、いざ自分もそうなりたいかと言われると……正直疑問だ。

 自分がその価値を分かっていないのに、他人にもてはやされるから着る。

 果たしてそれは、本当にお洒落な人間なのだろうか?

 むしろ、どんな時代、流行であっても堂々と胸を張ってまとえる服こそが真のお洒落なのだと、そう思う。

 彼女の言っていることも、おそらくそういうことだろう。


「わかります。俺もそうです」

「だろう!?」


 力強い頷き。

 北欧のお土産みたいに首がブンブン動いている。


「私的には、瑠凪は流行にとらわれず、自分の着たいものを着ている気がするんだよ」

「嬉しいです」

「だから、瑠凪に服を選んでもらえば、私も流行に縛られない格好ができるというわけだ。具体的には……そ、その、瑠凪の好みの服装をな?」


 生きている以上、完全な客観視というのは無理に近い。

 何かを選ぶ時、何かを評価する時、そこにはその人間の主観が入ってしまうからだ。

 だから、俺が凛に似合うと思った服でも、他人から見たら似合っていない可能性がある。

 好みなんて人それぞれだからな。

 まぁ、彼女のことだからそんなことは承知の上なのだろう。


「わかりました。頑張って、先輩を俺色に染め上げてみせます」

「る、瑠凪色に……!?」


 比喩表現だったのだが、彼女は顔を真っ赤にして狼狽えている。

 表現が少々下品だったのかもしれないと、訂正しようと慌てて口を開く。


「いやあの、すみません先ぱ――」

「わかっている! 少女漫画で流行っているフレーズだろう? 私もちゃんと知っているんだぞ、間違ってもときめいたりはしていないからな!」

「はぁ……?」


 流石に彼女がこの程度でときめくとは思っていない。

 どんな男なら、凛の心を掴めるのだろうか。

 少なくとも今の俺には無理そうだ。


「と、ということで、是非とも今度私の服を選んでくれ。その……る、瑠凪色にな?」

「分かりました。毎日良い服をリサーチしときます」

「よろしく頼む、な。そうだ、お礼に何かプレゼントしようか。時計なんかはどうだ? 瑠凪は普段、時計を付けないだろう?」

「いえ、時計はあまり得意じゃなくて。というか、お礼なんて良いですよ。普段からよくしてもらってますし」

「そ、そうか……なら、その言葉を信じるとするよ」


 やる気が満ちてきた俺と、自分の調子を整えているような凛。

 二人の会話はその後も続き、話題は思わぬ方向へと足を進めていった。


 

「……なに?」


 食事も終わりが近づいてきて、二人の話もあとは着地点を見つけるだけ……という状況だったのだが、俺が笑い話として何気なく言った「お見舞い」を聞いて、凛の目つきが険しくなる。


「つまりそれは、ストーカーに狙われているということか?」


 極めて茶化して伝えたはずなのだが、彼女の目には、俺が真剣に悩んでいると映ったのかもしれない。


「そんな大袈裟なことじゃないんですけどね。笑い話ですよ」

「笑えるはずがあるか!」


 場所が場所のためテーブルこそ叩かなかったが、その顔には明らかに怒りが滲んでいた。


「私の大切な瑠凪にそんなことを…………どこの誰が犯人か、今すぐ見つけ出してやる」

「い、いや! 大丈夫ですから!」


 俯き、肩をわなわなと振るわせる凛を必死で止める。

 相手が誰かはわからないが、彼女の様子を見るにタダでは済まないだろう。

 俺に直接的な被害が出ているわけでもないし、二度と同じことが起こらないかもしれない。

 そう思って宥めた甲斐あってか、段々と彼女の怒りは治まっていった。


「…………本当に大丈夫なのか?」

「はい。これが女の子だったら危ないけど、俺は、自分の身は自分で守れますから」

「……なら、良いんだが」


 最後にお礼を付け加えると、渋々引き下がってくれた。

 こんなにも取り乱して心配してくれるなんて、やはり後輩として大切にされているのだ。

 悪いことをしたなと、俺は申し訳ない気持ちで――。


「そういえば、最近一人の女子生徒と親密な関係にあると聞いたんだが、それは本当か?」

「…………え?」


 雰囲気は和やかに戻ったはずだが、彼女の発した何気ない一言によって、再び俺の心には戦慄が走った。

 どれだけ俺の個人情報流出してるんだよ。


「あ、あれだぞ。たまたま小耳に挟んだというか、サークルの後輩が教えてくれたんだ。なんでも、長い髪でメガネをかけた、アンニュイな雰囲気の女子生徒と仲睦まじげに話していたと……」

「仲睦まじくはないです」


 長髪メガネアンニュイまではあってたんだけど、どうして最後間違えちゃったかな。

 楽しげな態度を出したつもりはないんだが。


「一緒にいるのは事実なのか……」


 先程まで怒りで震えていた肩は、今度は力なさげに落とされている。

 感情の振れ幅が激しいな。


「でもあれですよ? 同意の上じゃなくて、その子が一方的に付いてくるだけで」

「それはもしやスト――」

「大丈夫です危険な存在ではないです!」


 実際はストーカーと大差ないが、凛に追い詰められるのは可哀想だと思い、つい庇ってしまった。


「そうか……。やはり、そのくらい積極的にいかないと瑠凪の心は……」


 中盤あたりから声が小さくて聞き取れなかったが、背骨がなくなったと錯覚しそうなほど落ち込んでいるのは確かだ。


「ま、まぁいい……また近いうちに誘うから、続きを聞かせてくれ。今日はちょっと心の準備というか、覚悟ができてない……」


 覚悟……?

 選択肢を間違えたら消されるんだろうか。

 最後の言葉が俺に若干の恐怖心を植え付けつつ、この日は解散することになった。

 あぁ、料理はとんでもなく美味しかった。


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