西堂凛
「お待たせしました、凛さん」
「いや、私も今来たところだから大丈夫だ。むしろ学校終わりに来させてしまって申し訳ないな」
俺が声をかけると、西堂凛はパッとこちらへ振り向く。
反応の速さが、常に彼女が周囲に気を配っていると告げているようだ。
対して俺はというと、彼女が振り返った際に広がる髪に、不覚にも見惚れてしまっていた。
時代が時代なら、宝として賊に狙われそうな銀色の髪。
都会のギラギラとした光を受けても、透き通るような美しさは損なわれない。
むしろ、不純なものは彼女の髪をすり抜けてしまっているのかと錯覚してしまう。
白いシャツに短丈の黒いジャケット、同じく黒いスカート。
見るからに「お嬢様」という感じだ。
「いえいえ。今日はどこ行くんでしたっけ? この間の美術館、楽しかったですね」
「そう言ってもらえて嬉しいよ。今日は、ビルの上階にあるレストランだよ。夜景が綺麗だから、一緒に来たいと思ってね。……もちろん友人として……ね?」
俺が勘違いしてしまわないように、凛がウインクをする。
先ほど目にしたあざといものと、自然さは同格であったが、先輩のそれには圧倒的な風格があった。
宝塚の女優のような凛々しさだ。
「わかってますよ」
「なら、いいんだが……」
落ち着いた雰囲気の並木道を並んで歩く。
凛は、同じ大学の一つ上の先輩だ。
毎年ほとんどの科目を最高評価でパスし、一方で空手の黒帯という文武両道。
その上、実家は名家だそうで、仕草一つとっても叩き込まれた教養の深さが滲み出ている。
将来が約束されているどころか、たとえ家が没落したとしても、彼女の力で容易に復興できそうな万能さ。
今の俺たちを客観視すると、街でも最下位の、チャラチャラした不審な男と名門お嬢様。
立ち姿の時点で、両者の育ちの違いが一目瞭然である。
普通に考えれば二人の接点などなく、ともすれば、ホストと騙された世間知らずかと勘違いしてしまいそうだが……。
何を隠そう、彼女はKLに依頼を持ち込んだことがあるのだ。
去年の学祭シーズンのこと。
演劇のサークルの座長として日夜演技の研鑽に励んでいる彼女から、アドバイザーとしての依頼を受けた。
演技に対しての知識があるわけではないが、なんでも、恋愛物をやる上で、若者間の経験が豊富な者を探していたらしい。
自分に白羽の矢がたった経緯は定かではないが、学内でも一二を争う有名人に頼られるのは悪くない。
というわけで、実際に演劇を見て気になる点を述べたり、サークルメンバー一人一人と話し合ってフィードバックしたりで発表を大成功に導いたわけだが、その依頼が終わった今でも、俺と凛の親交は続いていた。
親交と言っても、彼女の悩みを聞いたり他愛のない話をしたりと、普通の友人と何ら変わりない。
凛は、その環境も相まって「強い女」として見られがちで、今まで周りに相談できる相手がいなかったらしい。
その点、サークルや学部、学年の全てで関わりがない俺は、ストレス発散の相手として都合がいいのだろう。
俺からしても、夕飯の会計は彼女が払ってくれるし、歩いてる時にエスコートしてくれるしで居心地は悪くない。
エスコートは俺の役目な気がするが。
「歩かせて済まないな。だが、もう五分もしないうちに……おっと、こちらに寄るといい」
腰をそっと自分の方へひいてくれたお陰で、俺は自転車に轢かれずに済む。
車道側を歩いてもらっているだけでなく、さらに気を遣われてしまった。
「ありがとうございます。かっこいいですね」
「な、何を言っている。これくらい瑠凪だって当たり前にしているだろう?」
「まぁ、はい」
身長は、数センチのヒール込みで俺と同じくらいだ。
そのため目線は同じだが、俺よりも視野が広い。
ちらりと彼女の顔を盗み見ると、名前の通り、凛とした顔立ち。
可愛いというよりは綺麗や美形という言葉が似合うのだが、その表情はなぜか少し悲しそうだった。
彼女にエスコートばかりさせてしまっているから、落胆しているのかもしれない。
男らしいところの一つでも見せておいた方が良いだろう。
「だから気にするな。今日は私が……ひゃっ!?」
俺は、凛がやったように彼女の腰をひき寄せ、自らは一歩下がって車道側に回る。
なんだかすごく可愛らしい声が聞こえた気がしたけど、凛のものではないと思う。
彼女の声はどちらかと言えば低く、浮つきの感じさせない声だ。
前方には、淡いピンクの花柄レーススカートが印象的な女性が、肩幅のあるスーツ姿の男性と腕を組んで歩いている。
ああいうタイプはキャピキャピしていて、ちょっとうるさいことが多いし、先ほどの奇声は彼女のものだろう。
「い、いきなりどうしたんだ? 驚いたぞ」
その声で意識を引き戻すと、凛は胸に手を当てて呼吸を整えていた。
息を吸うたびに、盛り上がったシャツがさらに苦しそうに形を歪める。
他の女子とデートする時には習慣のように行う行為だが、彼女に対しては初めてのため、驚かせてしまったようだ。
それか、自分的にはスマートにできたと思っていたが、何か減点ポイントがあったのかもしれない。
「先輩にばかり気を遣わせるのは申し訳なくて。不快だったならすみません」
「そ、そういうことじゃない。ほら……あまり私に対してこ、こういうことをする男はいないからな。……心臓が、そう、度胸があるなと思ってな!」
「あぁ、そうだったんですね」
きっと褒められているんだろう。
言われてみれば、俺も昔は、女子相手に何をするにも恐怖を感じていた。
それはある種、未体験に対する喜びのように貴重な感情なのだが、いつの間にか消えてしまっていたようだ。
今はただ、流れ作業のように無心で行う淡白な行動。
そんなことを考えながら、二分ほど無言の時間が続いた。
「……ここが目的地だ。もしかすると来たことがあるかもしれないが、容赦してくれ」
「いやいや、来たことないですよ。俺なんて毎食ファストフード店ですから」
「それならよかった。でも、ちゃんとした物を食べるべきだぞ……?」
来たことないですよというか、一生来ることないと思いますよが正解だ。
案内されたのは、極めて庶民的な「何階建てだよ」なんて感想しか出てこない、視界に収まらない巨大なビルだった。
まるで巨人や神様の建造物のようで、ゲームだったらこの最上階がラスボス戦だろうなと、違う世界のことのように感じる。
「さぁ、入ろうか」
既に外観に気圧されている俺を知ってか知らずか、凛は柔らかな笑みを浮かべ、左手を差し出した。
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