過去の亡霊
その後は、昨日と同じように、静香の友人候補を校内で探していた。
彼女の出した条件を満たしていそうだと目星のつく生徒が数人。
菜月と同様の流れで全員と連絡先の交換をすることができたので、本日のサークル活動は終了とし、大学の最寄りの駅で七緒と別れたのだが――。
「暫定助手なら、連絡先を聞いても大丈夫ですよね?」
早くも条件を逆手に取られている気がするが、不要な連絡はしないということを条件に、彼女と連絡先を交換することになった。
・
「ふぅ……」
発車直前の電車に駆け込み、一息つく。
スマホを見ると、時間は六時を回っていた。
普段なら街に出て好みの異性に声をかけるか、はたまた家に帰って録画したアニメを見るところだが、今日はもう一件予定がある。
待ち合わせの駅まではまだ二十分ほどかかるので、俺は少し、目下の悩みについて考えることにした。
まずは「お見舞い」。
あれ以降――といってもまだ一日しか経っていないが――とりあえず怪しい動きはない。
渡されたものに不審なところは見当たらないし、やはり、本人的には善意の行動なのだろう。
今のところ解決策は、家の前に張り紙をしておくことくらいか。
だが、変に相手を刺激するのもそれはそれでまずい。
相手はこちらの行動をくまなく見ていて、逆にこちらは相手が誰かすらわかっていないからだ。
俺の交友関係についても理解しているだろうが、軽率な行動は避けるべき。
そして、待てば、アプローチの回数が多くなれば多くなるほど、特定するヒントは増えるだろう。
そのため、今俺にできることは何もない。
ため息をついてスクリーンを確認すると、二駅が経過していた。
ドア横に身体を預け、目を瞑って意識を内面に向ける。
次は「日向七緒」について。
俺は別に、彼女を嫌っているわけではない。
外見だけで言えば、間違いなく優れているからだ。
大学どころか、繁華街を一日かけて歩き回っても、あのレベルは一人いるかどうか。
顔の良い女は好きだし、その上出るところは出ていてスタイルも良い。
服装の系統が毎回違うのは気になるが、どれも着こなしている。
統一感のない見た目は精神の不安定さを表しているとも考えられるが、彼女の場合は計算のうちだろう。
頭も回るようだし、俺の行動から依頼の内容を当てたときなんかは、シャーロックホームズが現代転生して、転性して現れたのかと思ったほどだ。
そんな相手に好意を伝えられて嬉しくないはずがない。
しかし、俺は異性が信じられない。
七緒がどうこうではなく、異性そのものが信じられない。
街に出て声をかけるのも、サークル活動の一環で仲を深めるのも、全ては俺の「青春」のため。
友人以外の人間は、全て俺が這い上がるための踏み台に過ぎない。
具体的な将来のビジョンなんてものは、曇りの日の高層ビルの屋上くらい見えないが、それでも利用価値があるものは手元に欲しい。
好きになるまでのバックグラウンドがあれどなかれど、一目惚れでもなんでも関係ない。
根本的に、俺は異性を信じることができないのだ。
不信を上回るほどのメリットを提示してもらえれば、彼女を助手として認められるかもしれない。
だが、自分で言うのもなんだが、俺は頭が切れるほうだ。
七緒に圧倒されているため、最近はろくな成果も挙げていないように感じるが、この一年間、俺は一人で多くの生徒を救ってきた。
不埒な軽音サークルを潰したこともあるし、三年生のプロデュース、四年生の卒業を助けたり、学祭のステージを成功させたこともある。
その成果とプライドが、簡単に七緒を認めるなと告げているし、「異性を信じない」という信念が、手を組むことを否定していた。
電車の音がうるさくて、ポケットから取り出したイヤホンを装着した。
・
同時刻。
瑠凪の住む部屋の前に、一人の女が立っていた。
都内のマンションということもあり、もちろん入居者にしか教えられていない暗証番号を入力しなければ、ここに来ることはできない。
しかしなぜか、彼女は何事もなく、部屋の前に立っていた。
一つのフロアには十ほどの部屋があり、ほとんどの部屋に入居者がいる。
それが幸運なのか不幸なのかは分からないが、今は女一人だけ。
「………………」
口元は固く結ばれていて、感情を読み取ることはできない。
女は視線を下に落とす。
手には大きめのビニール袋がぶら下がっていた。
内容が何かは不明だが、袋の張りから、中身が詰まっているのは明白。
それをドアノブに引っ掛けると、耳をドアにつけて、室内の音を確認しようとする。
しかし、一分ほど経っても何も聞こえなかったようで、扉から離れた。
「…………やっと会えたから……少しくらい……」
女は手を顔に当て、何かを拭うような仕草をした後、右肩にかけていたバッグから真っ白い紙を取り出す。
そして、扉を下敷き代わりにして、ボールペンで何かを書き始めた。
途中で間違えたのか、ボールペンを反対に持ち変えると文字を丁寧に消し、再び書き始める。
あまり時間をかけずに書き終えると、紙を四つ折りにして、ドアにかけた袋の中に放り入れた。
「……たとえ認められなくたって、私はあなたに……」
青かった空は朱へと色を変え始め、そのグラデーションが夜の訪れを告げる。
自動車の駆動音が通り抜けていく。
だというのに、女が立っているフロアだけは静かで、ただ彼女の声だけが宙に取り残されていた。
まるで、過去の亡霊のようだった。
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