憧憬
「あと、会話を広げるのが下手だったろ? 佐藤さんは」
そう聞くと、生島は言いにくそうな顔をしていたが、こくりと頷いた。
「……その、僕がこんなこと言っちゃダメなのは分かるんですけど……全部受け身であんまりでした」
「いいと思うぞ。それは生島が成長したから分かることだ」
個人的にはあまり好みではないが、佐藤さんは好かれやすい容姿ではある。
好かれやすいということは、それだけアプローチをかけられる機会があり、自分から行動を起こさねばレベルアップが見込めない男と違って、女子は生きているだけでも経験値が溜まっていく。
それに対して、イケメンが多いから遊びにちょうどいい、といったアプリでもない限り、その女性ユーザーは恋愛市場においてドロップアウトしてしまっている割合が多い。
自分からある程度の積極性を持たねばならない点では男と同じ、女性の優位性を失っている状況である。
つまり、たとえば佐藤さんとえみちゃんを比べた場合、間違いなく佐藤さんのほうが強い。
それなのに、どうして生島は佐藤さんとのデートに楽しさを見出せなかったのか。
擦れているからだ。
人間の精神は擦り減っていく。最初は泣くほど辛いことでも、何度も経験していると涙が出なくなる。心が慣れてしまう。
面白いと思った映画でも、何度も観ているうちに集中力が削がれていく。
恋愛でも同様で、数多くのデートをこなせば新鮮さが失われ、楽しませることができない。良い反応、良い言葉、良い何か。
恋愛そのものに学問のように向き合い、改善点を常に探しているような人間であれば、擦れはすれど技術面でカバーすることができる。
だが、佐藤さんのように若さを売りにし、自分は何もしなくても甘い蜜が吸える状況に慣れてしまうと、自らの内面の価値を放棄することとなる。
俺の見立てでは、デートに誘うところまでは佐藤さんが動いたはずだ。
しかし良かったのはそこまでで、生島を楽しませることはできない。
ただ振られた話に、つまらない返事をするだけ。
まともに恋愛と向き合うことをしないと、最終的に過去の好待遇を忘れられず、かといって全盛期の魅力のない化物に成り果てるのだ。
今の佐藤さんはそのことに気付いていない。
きっと、生島とのデートも「楽しかったから次もあるな」と思っているだろう。
その「次」はこない。生島とアプリで会ってきた女子たちは、自らの手で未来を掴もうともがいている。
少しずつレベルを上げ、相手に対して心からの興味をもつ。
そうやって徐々に力を付けた結果、今では佐藤さんよりも恋愛の総合力が高まっているのだ。
生島のデート評が証明している。容姿や生まれ持った素質は大切だが、努力で覆すことだってできる。
努力で幸せを手にすることこそが青春。
「もう追い抜かしてるんだよ、生島は。くだらないだろ?」
「くだらない……ですか?」
「憧憬っていうのは、持っている時が一番幸せなんだよ。心は磨耗せずに、自分の妄想に浸っていられる。実際に自分がその場面に立ってみると、大抵はガッカリするもんだ」
「そう……ですね」
俺と生島では、佐藤さんの見え方がまるっきり違っていた。
しかし、今は同じだ。
「背が伸びれば、大き過ぎた世界は小さくなる。でも、それでいいんだよ。何度も何度も成長して、切ない気持ちになって、それを突き詰めて行った先に、自分だけが到達できる幸せがあるんだ」
「先生……」
自分が本当は何を求めているのかなんて、そう簡単には分からない。
多くの努力と失敗の先に、ようやく朧げに見えてくるものなのだろう。
俺はいくぶん、生島や同年代の人間に比べれば先に進んでいる。
だが、それでもまだ終わりは見えてこない。いや、そもそも俺の道は崩落してしまっていて、あとは落ちるだけかもしれない。
ならば、道がある奴らの力になってみせよう。
俺には見つけられないゴールを、彼らは見つけられるかもしれない。
期待を込めて生島の肩を叩いた。
彼は俺を見た。俺の目を見た。
その瞳は真っ直ぐで、俺の心を満足させるには十分だった。




