カウンター
話を聞いていけば、「優しい人」とは正反対のエピソードが湧き出てくる。
その男は一般的な言葉を借りれば「クズ」に該当する。
クズと付き合っていた過去。次は誠実な男を選びたいと思っているのは確かだろうが、実際に心から惹かれるのはクズなのだ。
未来永劫そうだと言っても間違いない。
では、クズとは無縁そうな生島は、彼女のタイプではないのではないだろうか。
それは違う。一言でクズと言っても2種類ある。
見た目がクズっぽい……ホストやメン地下に準ずる見た目が好きな場合と、内面的なクズが好きな場合があるのだ。
内面的なクズとは、解釈を広げれば余裕のある男だ。
女子に対して緊張せず、自分の要求を通すことを一番に考えている。
そういうやつは顔面が劣っていようが優れていようが、どんな女子にも同じように接することができるため、余裕があるように感じられる。
彼女が好きなのは精神的な方だ。少なくとも、この段階で引き出している情報からはそう推測できる。
今回、どうして生島とマッチングしたのか。その理由はこれから明らかになるだろう。
「見た目的にはどんな人がタイプなの?」
「頭良さそうな人!」
女子側も考えるまでもなかったのだ。
言い方によっては馬鹿にしていると受け取られそうな要素ではあるが、事実だろう。
ちょっと細くて、メガネをかけていて、軽くパーマのかかった髪型。誰がみても「頭良さそうな人」だ。
ミソは「良さそう」というところだな。
頭が「良い」のではいけない。陰キャすぎる。
「そ、そうなんだ。僕は頭良さそうに見えた?」
「見えた!」
ここで理由を明確にすることは、生島ではなく女子側に効果を及ぼす。
どうして自分がこの場にいるのか、という至極明確であるはずの理由が、たまに分からなくなる子がいる。
そういう相手に、理由を口に出させることによって、少しだけ高感度に補正をかけることができるのだ。
現に、女子の顔は三等星から二等星くらいに明るくなっている。ちょっと言い過ぎかもしれないが、まぁ明るい。
「なら良かった。えみちゃんも優しそうだからいいねしたんだよね」
「え、そうなの? 私、優しそう?」
「うん。あと、笑顔が可愛くて一緒にいたら楽しそうだなって」
「……えへへ。そう、かなぁ」
向こうからの好感を受け取り、返しで放つカウンター。
ここで一気に相手の心を刈り取るのが望ましい。
顔が可愛いと褒めるより、相手の表情や内面に触れる方が謙遜されにくく、心に残りやすい。
また、人間は自分が何かをしてあげる際に「お返し」を求める。
無意識であれ、どうしても求めてしまうのだ。
そこに予想外の一撃をぶち込むことで,承認欲求を満たしつつ、こちらの心象も良くすることができる。
彼女のはにかんだ様子を見れば、効果があったかどうかは一目瞭然だろう。
言葉を発する時にヘラヘラしていたり、言い慣れていない様子がバレてはいけないが、生島はうまく取り繕えている。内心はビクビクなんてものじゃないだろう。
さて、ここらで良いだろう。俺は指で机を二回叩き、生島に合図を出す。
「……そろそろお店、出ようか」
「もう帰るの? もう少し一緒にいたいなぁ」
「いいね。他のいいお店がないか探そう」
そう言って頷き合った二人は、すぐに会計を済ませて出ていく。
二人が今日のうちにゴールインすることはないだろうが、仲を深めるのなら、一度店を変えてリフレッシュした方がいい。
店を出た二人の距離が、店に入る前よりはるかに近くなっている。帰るまでには手を繋いでいるはず。
俺の初依頼が終わる時も近い。二人の背中を見てそう思った。
・
「お、おいおいおいおい……」
俺の話に一区切りつくと、楽人は何というか、よくわからない表情になっている。
嬉しさと悲しさと、変な成分が混ざっている感じだ。
「どうした?」
「……ははっ、灯台下暗しってやつ……なのかな」
何を言っているのか全然わからん。
「……お前がモテる男だっていうのは前から知ってたはずなのに、そのお前にメンターになってもらえばいいって、なんで気付かなかったかなぁ……」
「それは……楽人がピチュランダに恋してるからだと思うぞ」
「それはそう……そうなんだよなぁ……」
最近になって、ようやく彼の恋愛相談に乗ることが多くなってきたが、よく考えたらこれまではなかったな。
そもそも楽人のようなタイプはモテるはずだし、やはりピチュランダが障害だったか……。
いい男だと思うんだけどなぁ。今なんて、メモ用紙を持っていないから、凛先輩に油性ペンを借りて、自分の手やら腕にびっしりメモをとっている。
この後の競技でどうするつもりなんだ。
「ま、まぁとにかく、生島の初デートは成功だったわけだ。この後、彼の恋は急激に終わりに向かっていくことになる」