鎖鎌
呼吸を整えたタイミングで、生島が口を開く。
視線は左右を行き来しているが、これはキョドッてるのとは違うな。
店内を観察して、それに関することを話題に出しているのだろう。
女子側も続いて顔を動かしているのが証明している。
会話の基本、序盤は共感を得ること。
お互いに同じ視点に立っていること、同じような価値観を持っていると理解させることで、この後の深い話をするフェーズになった際、円滑にコミュニケーションを進めることができる。
この「共感」については、多くの初心者が天気を尋ねることでクリアしようとするが、大きな間違いだ。
正確に言えば間違いではなく、立派な共感を引き出せる話題の一つではあるものの、話に拡張性がない。
天気を聞かれても「はい」か「いいね」のどちらかになることが多く、そこから相手を楽しませるのは難しい。
不可能ではないとはいえ、そこに労力を割くくらいなら、相手が初めて見るであろう店内で共感をとるほうが効率が良いのだ。
時間は有限である。一度のデートでどれほど距離を縮められるかは重要だ。
一回目で仲良くなって、二回目で手を繋ぎ、三回目で告白。
こういった「ログインボーナス戦法」は型にハマらないと何もできない弱者の妄想であり、現実の恋愛はこの通りに進めないことがほとんど。
流動的すぎる恋愛において、三回目まで待つのはリスクだ。
そういう意味で、やはり生島には行けるところまで行ってほしいものだが、とりあえず今は軌道に乗れているようだ。
女子の肩が揺れていることから、笑っているのがわかる。
これくらいで良い。デートの時にウケを狙うことは、実はあまり重要ではない。
爆笑を一つ取るより、小さい笑いを十個取るほうが簡単だし、印象に残る。
店内の話はほどほどに、生島が次に何を話題にしたのか探る。
表情は自信のそれではないが、戸惑ってもいない。
女子が……腕を組んだな。
これは、彼女についての質問があったことのサインだ。
腕を組む動作が引き出されるのは、自分について聞かれている時や悩みを打ち明けられている時。要は「考えている時」だ。
趣味などのパーソナルな情報を聞かれて、すぐに答えられる若者は少なくないが、もう一歩踏み込まれたり予想外の質問をされると、意外と考え込んでしまう。
男女の視点は言わずもがな違うし、そこを聞くのかと思うような質問が飛んでくる。
とはいえ、相手に興味を持つことは良いことだ。相手の女子だって嬉しいはず。
彼が一体何を質問したのかは分からない。
話初めで腕を組ませるなんて、よっぽど……と思ったが、一度は電話をしているんだった。
電話の時に気になった要素があったのかもしれない。
もしこれが合っているのであれば、さらに高ポイントだ。
以前の会話を覚えてくれているというのも、女子は加点として受け取りやすい。
男は論理で女は感情というのは有名で、喧嘩した時に論理で詰めるのは悪手。
しかし、細かいところで論理的だったりマメなところをアピールするのは良い手なのだ。
――と、その時。
店内から声をかけられた。
思考に熱中していて気が付かなかったが、ひと席空いたようだ。
しかしも、空いたのは生島達の席から通路を隔てたところ。素晴らしい。
席に通されたタイミングで、生島がチラリとこちらを見る。
目が合うと、彼は女子にバレないくらい小さな微笑を浮かべた。
今日、俺が様子を見ていることを彼は知っている。
だが、こんなに近くに位置取ってしまったことが緊張になるのか、はたまた心強く感じるのかは五分五分というところ。
現実には、変に固くなることもないし、俺を意識して良いところを見せようとはやることもない。良いところは見せてほしいが、安心だな。
一瞬の反応があったものの、生島は会話の最中。再び会話に戻っていく。
「……つまり、刀で斬るよりも銃で撃つほうが良いと思われがちなんだけど、接近戦では五分五分なんだよね」
「でも、鎖鎌の時はどうなんだろ。私は多分――」
……なんの話をしてるんだ?
接近戦で刀が強いか銃が強いかなんて、デートの話題としては稀も稀だ。
しかし、なんでか二人とも敬語じゃなく打ち解け合っているようだし、女子も本心で楽しんでいる風に見える。
鎖鎌とかいうゲームでしか聞かないような武器を出しているし、彼女の趣味に合わせているのか?
だとしても渋すぎるだろ、鎖鎌。