現実
「要は、油断せずに頑張ろうってことだ。佐藤さんに突っ込むのはまだ早いし。それで、約束の内容は?」
「ひとまず、先生の助言の通りカフェデートにしました。本当に、面白いくらいに言った通りの流れになりました」
「だろ? 会話とか相手の気持ちっていうのは、ある程度固定化できるからな」
その傾向を掴むためにも、多くの経験は欠かせない。
「カフェに行くなら、その下見と会話のテンプレートは必須だな。後でメッセージで共有するから、夜に電話を繋いで確認しよう」
「分かりました! 何から何まで、先生には頭が上がりません」
「いいんだよ。その代わり、このサークルの宣伝を積極的にしてくれれば」
「もちろん、全力でやらせてもらいます!」
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「こうして、生島はデートに漕ぎ着けることができたわけだ」
「……ふむ。興味深い」
凛先輩は、俺の話を聞きながら何度も頷いている。
「そうですか? 先輩ほどの人なら、腐るほど経験してるんじゃ?」
「……買い被りすぎだよ。私にも苦手なことくらいある」
彼女苦手なことがあるとは、間違っても思えない。
「それに、参考にもなった。人の傾向を掴んだ上で会話をコントロールするというのは、社会に出てからも多いに使える技術だろう」
「気に食わない相手でも、ぐっと堪えて接する必要がありそうですからね」
そういう相手を先んじて操れるようになれば、社会生活のストレスは大幅に減るはずだ。
「なに、気に食わない相手がいるのか? 言ってみろ瑠凪、私がその不届きものを――」
「あくまで仮定の話ですよ。俺はまだ二年ですし、そんな相手はいないです」
「そ、そうか……とんだ早とちりをしてしまった」
後輩のためには力を惜しまない彼女だ。
俺のことを後輩の一人として心配してくれたのだろう。
「でも、ありがとうございます。そんなふうに思ってもらえて嬉しいです」
正面から感謝を伝えると、凛先輩は照れくさそうに顔を背け、横から舌打ちが聞こえてきた。
隣は無視して、そろそろ話の続きを――。
「――おっ、瑠凪じゃんか!」
食堂に飛び交う声の中でも一際大きく、よく通る声。
今度は誰かと振り返ると、我らがKLのメンバーである楽人が立っていた。
今日も無駄にガタイがいい。
「よぉ楽人。この時間に会うなんて珍しいな」
「今日は他校との練習試合があってな、その精神統一も兼ねて食堂に来てみた」
「……練習試合ができるほど競技人口が多いのか……」
「まぁ、関東のいろんな大学から寄せ集めてやっとだけどな!」
彼はピチュランダとかいう、どっかの国のマイナーすぎるスポーツに命をかけている。
「それより、こんな美女達を侍らせて何話してたんだよ?」
「生島の依頼の件をな。ほら、覚えてるか? KLを立ち上げて最初に受けた依頼で――」
「あぁ、覚えてる! あのヒョロい先輩だよな」
申し訳ない気持ちもあるが、確かに生島はヒョロい先輩だった。
「んで、その時の依頼内容って確か……」
「簡単にいえば恋愛相談だな」
「うおいっ! なんで俺を呼んでくれないんだよ!」
無駄に素早く距離を詰めてくる楽人。
そういえば、万年女子と縁がなかった楽人にも、最近いい人ができたんだった。
「呼びたい気持ちは山々だったけど、楽人にはピチュランダがあるだろ。あんまり邪魔したくなくてな」
「いや、そうだよな。お前が俺のことを応援してくれてるのも、KLのメンバーでいさせてくれてるのも感謝でしかないわ。ありがとな」
こいつほど青春してるやつはそうそういないし、細々とした力仕事なんかは率先して引き受けてくれるから、俺としても感謝なんだけどな。
「――でも! どうしても瑠凪の、いや瑠凪先生の講義は受けたい! どんな講義よりも真面目に聞く所存だ!」
「そこまで拝み倒されたらしょうがない。競技に支障がない程度に聞いてってくれ」
「もっちろん! 最悪、二人に分身してどっちもこなすわ。ピチュランダで鍛えた肉体が火を吹くぜ」
一体どんな競技なんだ、ピチュランダ。
永遠の謎はおいておいて、俺はこれまでの内容を改めて、簡潔に説明する。
「……おいおい、おいおいおいおい。この時点で参考になりそうな内容しかねぇよ……」
楽人は大袈裟に、天を仰ぎ見ている。
「この講義はレジュメとかないのか? 後で配信は?」
「ないよ」
「クソっ! 毎週きっちり受けるべきだった!」
講義云々の部分は冗談なのだが、あまりの熱量に女子陣が完全に引いている。
しかも、楽人は全く気付いていない。
まぁいい、時間もないことだし続きを話していこう。
「ええと、約束を取り付けたあとはもちろんデートに行くわけだが――」