電話の理由
「でも、電話をする理由ってあるんですか? 女の子と電話したことなんて、要件がある時以外はなくて……」
「電話は必須要素の一つだ。電話を挟む理由だが……写真と実物のギャップをなくす目的がある」
「声でギャップをなくすんですか?」
「もう少し分かりやすく言えば、境目を曖昧にする感じだな」
人は、相手の容姿や行動から背景を想像する。
これは声や話し方にも適用されるものであり、見た目を知れば無意識に「こんな声かな」とか「こんな仕草をしそうだな」と決めつけてしまう。
実際に想像通りということはほとんどないのだが、人はその時に失望にも近い感情を抱く。
自分で勝手に美化しておいて、現実が違うからと興味をなくすのは如何にも勝手だが、それが人間のシステムの一つなのだ。
「だから、先んじて電話をしておくことで、現実と虚構の自分をある程度重ねてもらう。そうすることで、実際に会った時の落胆を減らして、デートを円満に進めることができるってわけだ」
「言われてみれば、僕も好きなアーティストの性格とか話し方とか、無意識に想像しちゃってたかもしれません」
「それで実際に話しているところを見て、あれって思ったりしただろ?」
「……はい」
こればっかりは誰が悪いとかいう話ではない。
リアルの自分をそのまま想像してくれる人もいるからだ。
とはいえ、相手に全てを委ねるのではなく、減点ポイントになりそうな部分はできるだけ削ぎ落としていくことが重要。
「電話でも会話の練習になるし、自分がどのくらい会話が下手かも痛感できるし、良いことしかないぞ」
「ちなみに、どのくらいメッセージをしたら電話に誘って良いですか?」
「ラリー数じゃなくて、理由を作るのが大切だな。たとえ100ラリーしてても理由がないから断られ可能性が高いし、2ラリーでも理由があればできる」
だが、アプリ上でラリーが続けば続くほど、メッセージが埋もれて連絡が返ってこなくなるリスクにもつながる。
早いうちに理由を見つけて電話をするのが吉だ。
「一番手取り早い方法としては、お互いの趣味で共通点を見つけて誘い、その前に電話してお互いを知りたいって流れにすることだな」
「ライブを口実にデートに誘う時と同じフォーマットなわけですね。ライブに行きたいけど、初回は不安だからカフェデートを挟もう。デートしたいけど、いきなり知らない状態で会うのは怖いから電話を挟もう……って感じで」
「あぁ、それが分かってれば誘うまでは大丈夫だな。あとは、電話の時に話す内容か」
「世間話じゃだめですか?」
「仮に話が盛り上がっても、次はないだろうな」
心理的な話だが、人は盛り上がっていたとしても、ありきたりな話をした人間のことは記憶できない。
逆に、多少盛り上がりに欠けるとしても、他の人間としないようなパーソナルな話をした方が覚えていられるのだ。
「メジャーなところで言えば恋愛トークだな。いつまで彼氏がいたとか、どこが好きだったとか、なんで別れたとか。好きなタイプを聞くのもいい」
「好きなタイプに近付いて、元彼の良くなかったところを真似しないってことですよね」
「惜しいけど違うな。好きなタイプに近付くのはいいけど、元彼の良くなかったところも真似した方がいい」
「ど、どうしてですか!?」
「一度好きになったからだよ」
クズが嫌いという女子は、一度クズに騙されている。
女遊びが少ない人がいいという女子は、女遊びが多い男に惹かれる。
そこでよくない思いをしているから、言葉では反対の相手を求めている。
しかし、人間はそう簡単に変わらない。自分の遺伝子は同じ相手を欲しているのだ。
「もちろん、モロに出していくのはNGだ。あくまで滲ませる程度じゃないといけない」
「む、難しいですね……」
「最初のうちは恋愛トークだけ意識しておけばいいよ。あとは、その子の返信しやすい時間帯とか、どんな目的でアプリをやってるかを掘っていけばデートの作戦が練れる」
「分かりました。メモしておきます」
生島がスマホに打ち込むのを身終えると、その日やることは無くなった。
彼が誰かしらと電話をして、デートの約束を取り付けることができれば次へと進むことができる。