地雷
「いよいよ『いいね』を送るフェイズだな。そもそも、マッチングアプリって分かってるよな?」
「まぁ……はい、なんとなくは」
歯切れが悪いな。念には念をで説明しておくか。
「マッチングアプリは、名前の通り出会いを求める男女がやり取りするアプリだな。中には暇つぶしのメッセージ相手を探してる、現実で誰にも相手にされない可哀想な人種も混ざってるけど……恋人であれセフレであれ、出会いを探してるやつがほとんどだ」
ヤリモク男子に関しては、どのアプリにも出現するものの、アプリによって成功率が大幅に左右されるため、結局は淘汰されていく。
「んで、ユーザーは自分の持っている『いいね』を送り、相手がそれを確認。お互いに『いいね』した場合、見事マッチングしてメッセージが送れるようになる。このアプリでは、自分が送られた『いいね』が確認できるから、相手が自分をアリかナシか判断してマッチするわけだな」
説明では「ユーザーは」と言ったが、実際のところ「いいね」もメッセージも、基本的には男の方から送ることになる。
もちろん女子から送られてくることもあるが、多くの女子は受け身だ。たとえ良い相手だと思っていても、自分から行動を起こせなかったり、相手からアクションがくると過信している。
お互いのレベルが離れすぎていたり、相当に好みに合致している場合でもない限り、男は能動的に動かなければならない。
「どうして女性ユーザーは自分から行動を起こさないんですか? 高くない料金を払っているのに、もったいなくないですか?」
「アプリによって男は4000〜8000円くらい払うことになるけど、女子に課金要素はほぼない」
えっ、と生島が驚きを表す。
「これが現代恋愛における男女の、中間層の価値の差だよ。女子は中間層でもひっきりなしにアプローチがくるけど、男子は中間層どころじゃ雑魚扱い。このシステムにしないと女性ユーザーが入ってきてくれない」
「……あんまり知りたくない事実ですね」
「このシステムをとっぱらって、自分のポテンシャル以上の相手と添い遂げられる可能性があるのがナンパだけど、生島にはまだ早い。法律関係の知識を入れる必要もあるしな。とりあえず、アプリに関してはこんな感じだ」
「自分から『いいね』を送って、マッチングしたらメッセージを送るんですね。まずは相手を探さないと」
そう言って、生島は画面を操作する。
女性たちの写真が一覧となって表示される。
「顔も大事だけど、生島は内面重視だろ?」
「そうです、よく分かりましたね」
「大体のやつがそうだからな。内面を見たいなら、プロフィールはしっかり読むといい。男子と同じように、女子のプロフィールにも地雷が埋まってる」
「反対に、僕が背景を読むわけですね」
そう言って、女性のプロフィールを何件か覗いた生島は、そのうちの一つを見せてきた。
清楚系と可愛い系の中間っぽい服。セミロングの茶髪。かなり量産型だが、写真を見る限りはいい子そうだ。
「おお、二人で歩いてても違和感が――この子はダメだな」
「なんでですか!?」
プロフィールの一文を指でさす。
「ここに『仲良くなったら会いましょう!』って書いてあるからだ」
「そんな……仲良くなったら会うって、当たり前じゃないですか?」
「当たり前なんだよ。だからこそ、書く必要がない。お前、プロフィールに『お互いお腹が空いてたらご飯に行きましょう』って書いてあったら、どう思う?」
「……そうだろうなぁって思います……」
「そういうことだよ。仲良くなったら会うのは当然として、もし相性を確認してから会いたいのであれば、電話に言及があるはずなんだ」
わざわざ他のツールを交換せずとも、アプリで通話をすることができる。
それによって合う合わないをジャッジし、個別の連絡に繋げていくわけだ。
「こういう文を書く子とメッセージを重ねて、会おうと誘っても『仲良くなってからがいいです』だし、それならと電話に誘っても『仲良くなってからがいいです』の返事。電話っていうのは、仲良くなるためにするんだよ」
「上手く切り抜ける方法はないんですか?」
「数ヶ月単位でメッセージを続けるとかだな。ただ、恋愛はタイミングなんだよ。若者の恋愛は、悠長にしてると競争相手に持っていかれる。この文から、この子はタイミングの重要性を理解していないし、男が月額課金してることを知らないか、知ってても気を遣えない地雷わけだ。ガードが硬いのは良い事だけど、自分の価値と釣り合わない守りは、自分を苦しめる」
「ぜんぜん普通そうに見える子でも、実は非常識な面がある……的なことですよね」
「そうだな。心から真摯に向き合えば、この子もオープンになってくれるだろうけど、割には合わない」
この子に一球入魂、命を賭けるという意気込みなら分かるが、そうでないなら恋愛は効率重視だ。男も女も腐るほどいる。




