写真
「自分のメッセージが下手だってことが、よく分かりました……」
「じゃあ、これから何をするのかも分かるよな」
「マッチングアプリでメッセージの練習……ですよね? でも、それならどうして写真を撮るんですか?」
彼の言いたいことはわかる。メッセージの練習がしたいなら、そのままメッセージをするべきだ。写真を撮る意味が分からない。
だが、これこそがメッセージへの第一歩なのだ。
「見た目はアレだけど、勇気を出してみたら美味しかった……なんてことも、あるにはあるよな」
「ゲテモノとか、割とそういう感じですよね」
「でも、それって余裕がある人間とか、ギャンブルが好きな人間がやることなんだよ。大抵の人は、見た目が美味しそうだけど味は微妙な料理と、見た目は良くないけど味は美味しい料理の二つがテーブルに並んでいる時、前者を選ぶ」
「料理って、味だけじゃなくて食感とか匂いでも楽しめますもんね」
「ということは、だ。マッチングで異性と話したい場合、どう思われる必要がある?」
「……この人と話したい……とかですか?」
今日何度目か分からない頷き。
「第一印象は見た目だ。マッチングアプリでは写真だな。その写真から読み取れる生島の人間性が、その子からお前に対する評価になる」
爽やかな笑顔なら清潔感を、汚い部屋を写していると、まとまりがない私生活、最悪の場合は人間関係にもマイナスイメージを持たれてしまう。
「だから、載せる写真には最大級の注意を払う必要がある」
「じゃ、じゃあ……こんな感じですか?」
足を組み、指先を顎にかける生島。
「まぁ、気を使ってない写真と同じくらいイメージが悪いな」
「何でですか!?」
「キメすぎなんだよ。『今からマッチングアプリやります、どうです僕かっこいいでしょう?』って滲み出てるんだ」
自分をよく見せようとする意識は正解だが、他人からどう見られるかは考えられていない。
「マッチングアプリ用に写真を撮ったとバレれば、マッチングアプリを使わないと異性とデートに行けないと思われる。それと同じで、自撮りしか載せてないと、写真を撮ってくれる友達がいないと思われる」
そもそも、多くの男は自撮りが下手だ。
日頃から自分磨きを怠らず、盛れる角度を研究している女子と、表面の表面だけ真似しようとしている男子では、骨格から評価基準まで全てが違うのだ。
「俺たちより上の世代になると、イケメン俳優でも自撮りがおじさんっぽいって馬鹿にされることがある」
「カッコ良い写真もダメで、自撮りもダメ……。じゃあ、どんな写真がいいんですか?」
「それはな――自然な写真だよ」
「自然……?」
自分のスマホのカメラロールを開き、数枚を見せる。
「たとえばこれとかこれみたいに、話している最中の横顔とか、飲み物を飲もうとしてる瞬間、ふとした時の笑顔なんかだな。これは全部指示して撮ってるものだけど、かなり自然に盛れてるだろ?」
「本当に、偶然良い写真が撮れたみたいに見えます」
「マッチングアプリで使える写真っていうのは、日常の1ページを切り取った写真なんだよ。これにはもう一ついいところがあって、異性に対して、この人とデートしたらどんな感じなんだろうっていう想像をさせやすい」
ゲームとかでも、ストーリーの予告だけ出されるより、どんなアクションがあるとか、プレイ映像を見せてもらえる方がワクワクする。
「一枚の写真で、冗談じゃなくマッチする率が10倍くらい変わるんだよ」
「多くの練習を積みたいなら多くマッチする必要があって、多くマッチするには写真が必要ってことですね!」
「そして、マッチングアプリではすぐに関係を切られる可能性があるから、球数が重要。手札がいっぱいあれば、色々な戦略を試すこともできるし、傾向が掴めてくる」
「傾向! 人間観察の時にも言ってましたよね!」
メッセージの温度感や内容にも傾向が出てくる。
本を読まない相手に本の話をしても無駄だし、真面目な相手に単位を落としたとは言わない方がいい。
「他にもアプリには注意点がいろいろあるけど……俺がその都度言っていくから、とりあえず写真を撮るぞ」
「わかりました、お願いします! 僕が気をつけることは……リラックスして先生と話すことですね!」
その後、公園で一枚、野良猫の写真を一枚、カフェで数枚の写真を手持ちに加え、アプリをインストールさせた。