メッセージ
「メッセージ……ですか?」
「あぁ、生島にはメッセージ術を学んでもらう。世の中の男子のほとんどが、適切なメッセージを送ることができない」
そう言うと、生島は恐る恐るという感じに口を開く。
「えっと……僕は最低限のメッセージは送れてると思います……」
その言葉に、思わずため息が出てしまう。
「みんなそう言うんだけど、中身は酷いもんだよ。じゃあ、試しに例を見せてくれ」
「え、えぇ、それは……」
「なんだ、口だけか。それとも、まさか一人の女子とも連絡をとってないわけじゃないよな?」
少し煽ってやると、生島は観念してスマホを渡してきた。
メッセージアプリを開いて、直近の女子との会話を確認する。
「岬さんこんにちは。今日もいい天気ですね」
『そうですね〜』
「今日は何してるんですか?」
『これから講義です!』
『生島くんは?』
「僕は授業の後にサークルに行きます。スイーツを食べるサークルに入ってるんです」
『スイーツ!』
『いいですね!』
「この前は、大学近くで有名なプリンを食べました。かなり濃厚で良かったです」
『そうなんですね』
『ちょっと、最近サークルとかで忙しいんですよね』
スマホを彼の方へ向けると、会話相手のアイコンを指差す。
「この子は、一年生の時に気になってたけど上手くいかなかった他大の子だな?」
「えっ、なんで分かったんですか?」
「そりゃあ分かるだろ……。日付が去年だし、ということは一年生の時だ。サークルの話から、二人が違う大学に入っていることも、お前の話がつまらなくて切られたことも分かる」
「これって、岬さんが忙しくて連絡できないわけじゃないんですか!?」
衝撃を受ける生島だが、俺はその思考に同じく衝撃を受けている。
「そんなわけがあるか。生島の返信一回につき、最低でも一つはやっちゃいけないことをしてるぞ」
「そ、そんな……本当なんですか? ぼ、僕をいじめたいわけじゃないですよね?」
「生島をいじめてどうなるんだよ」
再びスマホを操作して、メッセージを見せる。
「まずはこの『岬さんこんにちは』だな」
「あ、挨拶ですよ!?」
「なんでわざわざ挨拶するんだよ。もっと仲良い時の『おはよう』ならまだしも、堅苦しすぎる。次に『今日もいい天気ですね』もダメだ」
「全部じゃないですか!?」
全部だよ、と告げるが生島は納得いっていないようだ。
「て、天気の話のどこがいけないんですか?」
「メッセージする時は、着地点を決めて逆算していくんだ。たとえばデートに誘いたかったら、できる限り最短で電話か予定を立てるところまで辿り着く必要がある。そんな時、天気の話はノイズにしかならない。そもそも、天気の話を振られても困らないか?」
「ええと……今日は暑いとか、雨が降ってるとか、応えられますよ……?」
「そこから得られるものが何もないんだよ。もう少し踏み込んだことを言えば、表面的なことを話した相手より、踏み込んだ話をした相手の方が印象に残る。だからほら、見てみろ。相手の返事もそっけないだろ」
これは返事に困っているのが半分、だるいのが半分だな。
「次の『今日は何してるんですか?』はまぁ、今はいい。問題はその後の『僕は授業の後にサークルに行きます。スイーツを食べるサークルに入ってるんです』だ」
「これもダメなんですか?」
「ここでは三つの失敗をしてる。一つ目が、言葉を合わせないこと。人間っていうのは、同じコミュニティなり趣味、言葉遣いの相手に親近感を覚える。細かい部分だが、相手が『講義』と言ってるなら自分も『講義』、相手が絵文字を使うなら自分も使うべきだ」
「な、なんだか、宇宙人が人間に化けて紛れ込むみたいな感じですね……」
「そうだな。まともなコミュニケーションもできないし、まさしく宇宙人だ」
ボケのつもりで言ったつもりなのかもしれないが、カウンターが強すぎて凹ませてしまった。
「二つ目は文量を合わせないこと。岬さんは一文ごとに分けて送ってるけど、生島は全部繋げてるよな? これも親近感のために合わせた方がいい」
「なるほど……。最後はなんですか?」
「三つ目は、自分の話をしていることだ。女子との会話で必要なのは、相手に話してもらうことなんだよ。それなのにスイーツサークルの話をする必要性は薄いし、するにしても、その後に『岬さんはなんのサークルでしたっけ?』って聞くべきかな。あと、同年代なら時期をみてタメ口にした方がいい。敬語フェチでもない限り、距離を感じられる」
湯水のように改善点が湧き上がってくる。
「極めつけが『この前は、大学近くで有名なプリンを食べました。かなり濃厚で良かったです』だな。あまりにどうでもいい情報すぎて、ついには向こうから切られてしまった」
「……本当に忙しいって線はないんですか?」
「本当に忙しくても、人間は気になっている相手にはどうにか時間を作って連絡するし、会うよ」
本当に時間がないのであれば、その人間は怠惰過ぎるし、それでも連絡はできる。
「最後にもう一つ、インターネットを使えば簡単に出会いを増やせるようになった現代では、繋がりが希薄になっている。ボタンひとつで簡単にブロックして、関わりを切れるんだよ。この子も生島を切ることを決めたわけだけど、そのままブロックせずに納得できる理由をくれただろ? こういう子は、他の子に比べてあまり擦れてない」
「いい子ってことですか?」
「そういうことだ。そして、そんないい子を逃したことこそが1番の損失になる。メッセージの重要性がわかったか?」
生島にスマホを返す。