マッチングアプリのすすめ
「――おお、いいねぇ。次はもう少しアンニュイな表情で……顎下げて」
デートで戦える服を手に入れたら、次にするのは写真撮影だと相場が決まっている。
俺たちは代々木公園に向かった。
「こっちは逆光だな。次はベンチに座ってみよう」
「は、はい……。ちなみに、今はどうして写真を撮ってるんですか?」
せっかく新しい服で新しい自分になれたというのに、生島の顔には困惑しか浮かんでいない。
「そんなの、マッチングアプリに使う写真が必要だからな決まってるだろ」
「ま、マッチングアプリ!? どうしてアプリを始めることになってるんですか!?」
生島がこちらに駆け寄ってくる。
「あぁっ、せっかくいい位置だったのに……。何を心配してるんだ?」
「いやいや……マッチングアプリなんてやったことがないですし、そもそも僕には佐藤さんがいるし、アプリでの出会いなんて……」
「はいはい生島、お前は今、モテない男が言いがちなことを全て、一息のうちに言ってくれたな。とりあえず座ろう」
自販機の近くにあるベンチに彼を座らせ、俺も隣に腰を下ろした。
「……仕方ない。受験や人生はさておき、今まで恋愛市場でぬるま湯に浸かってきた生島に、マッチングアプリのあれこれを教えておく」
彼の疑問点を一つずつ潰すべく、順番に指を立てて説明していく。
「一つ目、今の若者は……特に女子は、遊びであれ真剣であれ、かなりの確率でアプリを入れたことがある。多分だけど、佐藤さんもな」
「そ、そんなの信じられないです……」
「俺たちが生まれる前ならまだしも、今はSNSで出会うなんて普通だろ? それが会話がメインでも、ゲームがメインでも、出会うことがメインでも、ネットから出会うことには変わらない。大抵の女子は男子と違って、どのルートでも簡単に異性と出会うことができるから、足取りも軽い」
気になるあの子が不特定多数と出会うアプリをやっているなんて……という気持ちはわかるが、現実は残酷だ。
「もちろん、清純でアプリなんて一生やらない子もいるだろうが、アプリに対して過剰な嫌悪感を示すことで、相手は自分が否定されていると感じてしまい、生島を遠ざけていく」
「好きな作家を下げられたらムカっとくるのと同じこと……ですね」
そういうことだ、と頷く。
「二つ目、マッチングアプリでの出会いが悪いという風潮は、会えない人間か自分のいる世界を理解できていない人間の言葉だ」
彼の顔見ずとも、どういうことですか、そう聞いているのがわかる。
「新しく出会いを作ることが悪い、そう思ってはいないだろ。ってことは、出会いを目的とした場所に自ら赴くことに拒否感を抱いているのかもしれない。でも考えてみてほしい、たとえば小学校や中学校のクラス分け、高校の部活、大学の新入生オリエンテーションやサークル、すべて出会いを促進する要素が含まれてるよな?」
特に新入生オリエンテーションなんか、学校側が友達を作ることを目的にしている節がある。
「単位を落とす覚悟で行かないならまだしも、一度でもそこで他人と話した時点で、そいつは出会いの場を利用してることになる」
「……ちょっと極論すぎる気がします」
「なら、一生狭い場所でチャンスを待つつもりか? たまたま入ったサークルに運命の相手がいるっていう奇跡が起こらなきゃ、一生恋愛できないのか? 言っちゃえば、合コンも街コンも相席屋も、マッチングアプリと変わらないんだよ」
マッチングアプリなんて、正しい戦略で使うことができれば利点しかない。
それが分からないやつは、客観視ができないか他人の気持ちを理解できない、ただ頭が悪いだけだ。
「そして三つ、生島がどれだけ頑張ったところで、今の段階では正常な相手とマッチングしない。仮にマッチしてもヤバ目の女子だったり、メッセージの段階で切られたり、デートに漕ぎ着けるのは20人に1人がいいところだろうな」
「5%くらいしかないんですか……?」
「まともな相手を望むなら、さらに下がる。男子の中には、自分磨きはしていないけど、とりあえずアプリを入れるやつが多い。それと同じ分類に入れられたら、もう終わりだよ」
「で、でも、僕は先生に色々教わって、成長してますよね?」
「もちろん。それに、アプリには良い側面もある。関東中のイケメンたちが同じ場で戦っているから、一見すると勝ち目がないように思える。でも、女子の中にはイケメンが信じられない子、自分の立ち位置を理解している子もいて、ある程度気を使っているだけでも戦えるし、なんならイケメンにも勝てる」
「い、イケメンにも……先生みたいな人にでも、ですか?」
「生島以上に努力してる俺には勝てないけど、少なくともミスターコンに出るようなイケメンには勝てるようになる。なぜなら、彼らには足りないものがあるからだ」
「足りないもの……」
そう、外見に気を遣っていても忘れてしまいがちなこと。
そして、先天的に容姿に恵まれているからこそ疎かになってしまう分野がある。それは――。
「――メッセージだ」