オシャレ男子への道2
smile redからameまでは徒歩一分もかからない。ということは、当然客層もある程度はかぶることになる。しかし、前者に訪れる客よりも、後者に訪れる客の方が見た目のランクが高い。
「何がどう違うか、分かるだろ?」
試しに聞いてみると、生島は興味深そうに頷く。
「はい。半信半疑の部分はあったんですけど、一目見たら違うことがわかりました」
白とグレーで落ち着いた雰囲気を醸し出す店内で、1着1着丁寧にラックにかけられている服。smile redよりも点数は少ないが、それがかえって希少性を示している。
生島は控えめに服に手を伸ばしたが、先ほどの俺の言葉を思い出したのか、服の肌触りなどを確認し始める。
「ちゃんと考えて商品を見てるな。いま、なに考えてる?」
「このシャツ、合わせやすそうだなって思って。白がベースで清潔感もあると思いませんか?」
「おお、かなり目の付け所が良くなってる」
彼が目をつけたのは、白をベースに薄いブラウンやグレーが――言い方は悪いが色付きの煉瓦を乗せているような――入ったものだった。
「その意見が、あと一年早く出てれば合格だったんだけどな」
「あと一年……?」
「この柄、去年の流行りなんだよ。生島の言う通り、白をベースにしてて清潔感もあるし、ところどころに色が入っててのっぺりするのも防ぐことができる良いデザインだ。でも、これが流行りすぎたことで、今着ても量産型の大学生になるだろうな」
「着やすい服は間違いないけど、オシャレにはなれないわけですね」
「そうだな。理想としては、少し合わせづらい服を着こなすことだな」
服装を突き詰めすぎると、本当にそれが似合っているのかどうか分からなかったり、世間一般から見たらダサくなってしまう可能性がある。自分が表現したい世界があるのであれば他人の目を気にする必要などないが、恋愛においては落第。
「全体六割主義を掲げるといい」
生島が首を傾げる。
「人間はたくさんいる。だから好みも人それぞれだ。ただ、一部の人にだけ分かればいいスタイルを取ってしまうと、本来取れる層を取りこぼすことになる。それでも当人に魅力が溢れていれば、それこそ本当のオリジナルなんだが、パンピには無理だ。だったら表現の基準を下げて、周囲の人間に刺さりやすい自分を作り上げる。これが初心者が目指す領域なんだよ。土台もできてないのにユニークな家を建てようとするな。まずは土地を固めろ」
「わかりました! ちなみに、先生のおすすめはありますか?」
「おすすめかぁ……」
店内をぐるりと見ると、1着の服が目につく。ネイビーの襟付きシャツだ。
「これなんか良さそうだな。落ち着いた色だし、腕の部分に少し余裕があるからフォーマルになりすぎない。黒いワイドパンツにタック――シャツインすれば、上品なチャラさが出せる」
店内には、ちょうど良いワイドパンツも置いてあった。その2着を手に取ると店員に声をかけ、生島を試着室にブチ込む。
「さぁ着てみろ。これも評価基準になるぞ」
カーテンの向こうから「わかりました」と返答がある。五分という春の試着には遅すぎる時間経過、室内から悩む声が聞こえる。
「もうそろそろいいか?」
「――はい! 大丈夫です!」
カーテンが勢いよく開けられ、新しい自分になるために格闘していた生島が姿を現した。
「ど、どうですか……?」
俺の予想通り、ネイビーのシャツもワイドパンツも、彼に良く似合っている。元から持っている柔らかな雰囲気に少しのチャラさを足すことで、ちょうど良い塩梅だ。だが――。
「ダメかな」
「ええっ!?」
「まず、肩の部分が合ってない。サイズはちょうどいいけど、自分の身体に合わせる努力をしよう。それだと服を着てるんじゃなくて、服に着られてる。次に、シャツをパンツに入れろとは言ったが、少しのゆとりを出してほしい」
服装自体は良いものだが、生島の着こなしが悪いせいで、だらしない印象を与えてしまう。赤ん坊に大人の服を着せるのとはわけが違う。
さらに、パンツにシャツを無造作に入れるだけでは美しくない。彼のシャツの裾部分を掴んで、整えながら軽く出してやる。
「こんな感じでフワッとさせた方が綺麗だろ?」
「……本当だ。形が良くなりました」
「基本的に、どんな女の子でも身だしなみに気を使ってるんだよ。人間は、自分が出来てることは人にも同じレベルを求めてしまう傾向にある。爪が綺麗な女子は爪が汚い男が嫌いだし、服に気を使う女子は似合わない服を着る男子が嫌いだ」
その後、俺は生島にさらに何着かの服を試させ、アクセサリーもつけさせた。
最終的に彼は、ネイビーのシャツと黒いワイドパンツ、シルバーのリング、小さいスクエアバッグを購入し、記念すべき1コーデが完成したのだった。
・
「だいぶ準備も進んできましたね」
「どれも他の服と合わせやすいし、グッと幅が広がったね」
「そうだな。生島も服選びの楽しさに目覚めたみたいで、ちょくちょくメッセージを送ってくるようになったんだよ」
先ほど、生島に会ったのは久々だったが、メッセージ自体は続いていた。自分で新しいものを探るきっかけになったのなら、俺も店に連れて行った甲斐がある。
「――ほう、服の楽しさか。ぜひ、私にも教えてほしいな」
俺を捕まえていた2匹の蜘蛛たちが、警戒心をあらわにする。
声だけで相手が誰かは明確だ。俺は警戒しているわけではないが、やはり緊張はしてしまう。
「凛先輩、会えて嬉しいです」
「私もだよ。たまたま食堂に行ってみたら、まさか瑠凪がいるとは」
彼女は今日も、透き通るような銀髪を僕のように従えている。その美貌、立ち姿に、普通の食堂が高級レストランに感じられるほどだ。
「私は嬉しくないです。どうもこんにちは」
「……どうも」
あからさまに敵意を剥き出しにする七緒と、同じ場所にいたくないオーラを全開にする紫。
二人に注意するものの、全く意に介してくれない。
「気にしていないよ。私も考えた、それだけ警戒されるということは、チャンスでもあるんじゃないかと」
先輩の言っていることがイマイチよく分からないが、二人には理解できるようで、七緒が小さく舌打ちするのが聞こえた。
「ただ、今は二人とも仲良くするつもりだし、瑠凪が興味深そうな話をしているんだ。聞かせてもらっても?」
「もちろんです。ほら、席どいて」
「絶対に嫌です」
七緒は頑として動かない。紫は何も言わないが、同様だろう。
空いているのは、俺の対角線の席だけだ。
「申し訳ないんですけど、そこでもいいですか」
「もちろん。少しだけ、あらすじを聞いてもいいか?」
これまでの出来事を簡単に説明すると、凛さんはさらに興味を示してきた。よし、情報共有は済んだし、続きだ。
「服を変えたら佐藤さんの反応が少しだけ変わったみたいだ。でも、まだまだ戦いには勝てない。次に生島に挑戦させたのは――マッチングアプリだ」