オシャレ男子への道
代々木公園の近くには、数多くのアパレルショップが存在している。大学生向けの安い店から古着屋、少し値が張るもののデザイン性に優れた店もある。
公園の手前で曲がり、一本裏の道へ入る。
「まず聞こう、どこのショップがいいと思う? 候補は四つだ。一つ目、この先にある『smile red』。価格帯が低めで、デザインとしてもまずまず。大学を卒業して着るのはダサいけど、今ならアリだな。二つ目は、smile redの手前で曲がったところにある『ame』。安くはないけど高くもない、その割にデザインは優れてる……っていうか、流行りをいち早く取り入れる店だな。二、三十代で着ててもおかしくない。三つ目は、この十字路を左に曲がって真っ直ぐにある『lot musician』。有名な男性アイドルとかミュージシャンがライブで着ることもあって、デザインも形もかなり良い。俺も好きだ。でも、値段はameの数倍する。最後に、同じく十字路を曲がったところにある『3rd road』。古着屋だな。値段はピンキリだけど、安いのは100円で買える」
メリットとデメリットを長々と説明してしまったことで、生島は少なからず悩んでいるようだ。
「えっと……まず、先生が好きって言ってたところは除外します」
「どうして?」
「先生やアーティストが着るような服を、今の僕に着こなせるとは思いません。それに、そんなに手持ちもないですし……」
「1セット揃えると8万くらい飛ぶしな。ジャケットまで合わせると……その倍くらいか」
よっぽどバイトをしているならともかく、大学生で突発的な十万円以上の買い物は厳しいだろう。
「これは正解だ」
「でも、残りの三つが難しくて……」
「ヒントをやろう。古着屋は除外だ」
なぜ、と聞いてくる生島に説明する。
高めのブランドもの以外も扱う古着屋には、ユニークな商品が多く並んでいる。しかし、そのほとんどがマトモに着るのが難しい、おしゃれ上級者向けのものだ。これを普通に着ても、ただのダサ男にしかならない。
「あと、大学生が選びがちなのが柄シャツだな。古着屋にある安い柄シャツって、他の店舗にも大量にあるし、微妙にデザインがダサいんだよ。これを着れば量産型大学生にはなれるけど、洗練はされない」
「何か買うにしても、土台ができていないとダメなわけですね」
「あぁ。逆に土台ができてるなら、古着屋は安くオリジナリティを得られる狩場になる。じゃあ、残りの二つから選んで」
またもや考え込む生島だが、二分ほど思考を巡らせたあと、真っ直ぐ指を指し――左に曲げた。
「えっと……ameがいいと思います」
「理由も聞いておこう」
「たとえば、価格帯で言うならもう一つの店の方が魅力的だと思いました」
「1コーデ完成させる時の額が倍くらい変わるからな」
「デザインに関しても、どちらも悪くないと先生が言っていたので悩みました。でも、smile redは大学生向けなのに対して、ameはそれ以上の年齢でも着ることができる。つまり、どちらもデザインで優れていても、ameの方がより大人びてるんじゃないかな……と」
「……さすが、一年長く生きてれば、それだけ思考力もつくわけだな。正解だ」
軽く肩を叩いてやると、生島は試験に受かったかのように顔を綻ばせた。
「よかったです! ちゃんと学べてるってことを、少しは先生に伝えられたかな」
「飲み込みの早い生徒で嬉しいよ。じゃあ、ameを見にいく……前に、一応smile redも見ていくか。二つの違いを実際に感じてほしい」
十字路を真っ直ぐ歩く、途中で左への分岐路があるが、真っ直ぐ進むとsmile red、左に曲がるとameだ。
予告の通り俺たちはストレートに進み、口を開けて待っているsmile redに入店する。
店内には多くの若者がいて、木の温かみを意識しているであろう内装に悪印象を持つ者は少ないだろう。
「こ、こういうお店ってあんまり来ないから、緊張します」
「最初はそうだよな。俺も、昔は一人で行くのが怖かった」
「先生にもそんな時期があったんですか?」
「もちろん、俺に赤ん坊の時期がないと思ったか?」
「……なんか、先生は生まれた時からずっとそのままな気がします」
独特なイメージに苦笑する。
「まぁ、二人で来るなら怖さも薄れるだろ。まずは服を見てみろ」
頷いて服に手を伸ばそうとする生島。しかし、その動きには迷いが見える。
「それもモテない原因の一つだぞ」
「それって……どれですか?」
俺は生島より先に、ラックにかけられている服を直接チェックする。
「あんまり服屋に来ないやつは、果たして自分がこれを触っていいのか分からない。斜めになった服に軽く触れて、見た気になってるんだよ。それで自分に似合うかわかると思うか? もちろん、丁寧に扱うのは前提として、服はしっかり全体を確認しろ。質感から洗濯表記までだ」
「わ、わかりました!」
見本として動く俺に合わせ、生島も服を確かめていく。
「色が同じでも、質感が違うだけで一気にダサくなる時がある。たとえば、これを見てみろ」
指さすのは茶色いチェックシャツ。
「ブラウンのチェックシャツは、合わせ方によってオタク感を消すことができる定番のアイテムだ。この時、パンツは黒か同色が基本となるが、同色の場合は質感が変わることで統一感が失われやすい」
続きを言う前に、少し声のボリュームを落とす。
「なら同じ色、同じ質感のものを探そうと思っても、この店の服は全部色味が絶妙に他店のものと合わない。言い換えれば、色に深みや上品さがないんだ。この店で全部揃えるならいいけど――」
「他の店の服と組み合わせることを考えると、候補から外れるんですね」
「一つのブランドに惚れ込んでるならいいが、普通は色々なブランドの商品を組み合わせることになる。慣れてないうちは、自分の手持ちと組み合わせることを考えないと、シャツがあるのにパンツがない、パンツはあるのにアウターがない、それで着れなくなる可能性がある」
別に、母親が買った服も、他のものと組み合わせればカッコよく着れるんだよ。そう言うと、生島はいくぶんか嬉しそうな顔をした。
一通り店内を回ったあと、俺たちは店を出てameに行くことにした。