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基準

 なんとも居心地が悪そうな生島を伴って席を移動する。

 今回は三年生の男子が二人、一年生の女子が二人、そして俺たちというメンバー。席に着く頃には、もうすでに会話の輪が出来上がっていた。


「え、あやちゃんってもう履修登録した? 楽単教えてあげよっか?」

「上京したばっかだと色々わからないでしょ。よかったら俺が案内するよ」


 正しく言い換えると、男子がそれぞれ獲物に狙いを定めているところだ。俺たちはお呼びじゃないし、生島への授業を開くことにした。


「左の方は失敗するな、右は五分五分ってところかな」

「どうしてそんなことがわかるんですか?」

「二人とも着眼点はいい。楽な単位を教えてあげるというのも、渋谷なりなんなりを案内するっていうのも、女子側に利点があるからな」


 ネットの掲示板で調べることもできるが、基本的に楽な講義やキツイ講義というのは先輩から聞くしかない。真面目に講義を受ける学生なら関係ない話だが、私立文系なんて遊びが本分みたいなものだ。出席点をくれる講義、小テストさえできれば良い講義、レポート提出を頑張れば助けてくれる講義。それらの情報を得られるのなら、女子側にも行くメリットはある。

 同様に、浮かれている一年生女子としては、いち早く都会に染まることはステータスになり得る。


「二人とも反応は良さそうですけど、何がいけないんですか?」

「関係構築が足りないのと、単純にダサいからだな」


 いくら攻略がイージーな一年生だからといっても、見る目がないわけじゃない。自分の地元の男子たちに比べてイケてるかどうかは重要な判断基準だし、話術に優れていれば多少の見た目のハンデは覆せるものだが、彼は誘うことに意識を割きすぎていて、関係性が希薄だ。


「この人となら楽しいかも。こう思わせることが必須なんだよ。特に、抜きん出た容姿だったりスタイルだったりを持ってないやつにはな。逆に、右のやつは相手の趣味とか行きたい場所を聞いているだろ? できるだけ相手の要望に合わせるっていう親切心、いろいろ知ってる大人の余裕なんかもアピールできる」

「同時に関係性も築けると……わかりました」

「ま、こんなの顔が良ければ一撃で終わるんだけどな」


 そう言うと、生島はガックリと肩を落とす。

 心なしか一年女子の攻略を目指す二人も落ち込んでいるようだし、聞こえてしまったのかもしれない。


 ・


 サークルが終わった後、俺たちは渋谷駅へと向かった。


「今まで渋谷なんて、乗り換えでしか使わない駅でした」

「少しずつ慣れてきただろ?」

「はい。なんか、ちょっと恐怖心が薄れたっていうか、人間観察したこともあって、みんな生きてるんだなぁって」

「それも自分磨きのメリットだな。モテる男っていうのは、いつでも自然体なんだよ。たまにいるだろ、常にキョロキョロしてたり、忙しなく動くやつが。そういうのは世界から浮いて見えて、敬遠される。逆に自然体でいれる男は、常に堂々としていて魅力的なんだ」

「サークル活動の時にも思いました。男子陣の中で、先生だけがどっしり構えてて、サークルの中では浮いてるかもしれないけど、女の子にモテるのはそっちなんだろうなって」


 いい着眼点だ、と生島の背中を軽く叩く。


「今日も人間観察ですか?」


 スクランブル交差点を渡りながら、彼は俺の顔を覗き込む。


「それも良いんだけど、時間は思ってるよりも少ない。内面を磨くことも大切だけど、1番はガワだよ」

「ガワ……容姿ですか」

「あぁ。一定の環境に長くいると、それが自分の基準になる。人を殴るグループに属すれば自分も殴るようになるし、卑屈なグループにいれば自分もネガティヴになる。つまり何が言いたいかっていうと――」


 一歩退いて、生島の上から下までを指でなぞるようにして、彼の視線を誘導する。


「――お前はかなりダサい」

「そう……ですか?」

「ほら、基準が固定化されてる。低いんだよ」


 さらに一歩退いて、生島の全体像をしっかり確認する。


「まずはシャツだな。チェックシャツはオタクっぽいからやめろ。首から上がイケてるやつが着るから許されるのがチェックシャツだ。前を全部留めてるのもダサい。パンツも、どこのブランドかわからない、微妙な太さのパンツを履くな。生島の母親が買ってきたやつだろ?」

「そ、そうです……でも、せっかく母が――」

「悪いのはそのパンツを買ってきた母親じゃなくて、着こなせないお前だ。シワだらけのシャツに色味のパッとしないパンツを合わせて、機能性しか考えてない汚れたスニーカー。首から下だけで終わってる」

「そ、そんな……」

「俺は別に生島をいじめたいわけじゃない。でも、サークルにいて気付かないか? 少なくとも女子は、お前たちより外見に気を遣ってるぞ」


 チグハグさは否めないとはいえ、女子たちは皆、服装やアクセサリーに興味を抱いている。そう思える要素があった。

 似合っていない子もいたが、自分が着たい服を見つけて着るという事は何も間違いじゃない。


「反対に男子はほとんどがお前の色変えだ。マジで格ゲーの2Pカラーレベルのそっくり具合だったぞ」

「……そう言われてみると、確かに似てるような……」


 人間観察の時にも思ったが、生島は考えて生きられる側だ。

 だから、すぐにサークルメンバーの服を思い出すことができたのだろう。考えてないやつはここで首を捻ることになる。


「戦える場所がサークルしかない奴らはそれで良いかもしれないけど、女子は至る所に出会いが転がってる。つまり生島の敵はサークルメンバーじゃなくて、大学内、バイト、地元、SNSの奴ら全員だ」

「て、敵が多すぎる……!」

「でも安心しろ。大抵の男子は服に無頓着だし、気を使ってても着たい服を着てるだけだ。生島には、生島に似合う服を着てもらう」

「僕に似合う、服……」

「体型や骨格、顔、性格にまで合わせたスタイリング。これができれば、真のオシャレ男子になれるってわけだな」

「真のオシャレ男子!」


 もはやおうむ返しするだけになってしまった生島を連れ、俺は目当ての商業施設へと歩を進める。

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