活動
各テーブルに均等に置かれるスイーツに期待の眼差しを寄せる女子と、それを見つめる男子。思惑というには軽すぎるそれを孕みながら、サークル活動が始まった。
大きな長机を二つくっつけ、六人がけにする。
来島と話しながら徐々に位置取りしていた俺は、無事に佐藤さんと同じグループに属することができた。
俺は手間側の真ん中に座り、右隣には来島、左隣にはギャル。目の前に佐藤さん、その両端を男子が固めている。
各テーブルの声量が徐々に大きくなると、男子たちがそれぞれ働き蟻のように餌を分けていく。その蟻の中には生島も含まれていた。
「もしかして、新入生?」
「あ、そうです。生島先輩に誘われて見学に来ました」
オドオド周囲を確認するフリをしていると、案の定ギャルが声をかけてくる。
「あーそうなんだ。うちは緩いからさぁ、兼サーもOKだよ」
中身のないサークルがいいがちな文言をスルーして、今のうちに場を整えるとしよう。
「えっと……先輩は何年なんですか?」
「2年、私とそこの茶髪の子がそうだよ。ほら、モカ新入生だよ」
モカと呼ばれた生徒……佐藤さんが俺を認識した。
佐藤でモカって、どれだけ甘いんだよ。
「よろしくねぇ」
「こちらこそです。やっぱり2年生って大人っぽいですね」
「え、あたしたち大人っぽく見える?」
「見えます。俺、一人っ子なんですけど、お姉ちゃんいたらこんな感じなのかなって」
照れくさそうに言うと、ギャルが「年寄りみたいに言うなぁ」と笑う。
「でも、実際一年生の時より色んなこと経験してそうですよね、二人とも」
「えぇ、そう?」
一度会話に加わった佐藤さんをここで逃すわけにはいかない。無理やり会話に連れ戻すと、両者共に満更でもなさそうな反応をしている。
大学生なんて承認欲求の塊だ。こうやって少し過大評価してやれば、簡単に乗ってくる。
「なんか、お酒が飲めるようになったとかじゃなくて、結構すごい経験してそうです」
「なによそれぇ!」
「先輩の大人エピソード聞かせてくださいよ!」
「大人エピソードかぁ……うーん――」
ギャルは、自信満々にクラブに通っていることを話し始めた。
「――でさぁ、いきなり肩に手回してくるやつがめちゃくちゃ多くて。そういうやつに限ってかっこよくないんだよね」
「クラブかぁ、俺も二十歳になったら行ってみたいなぁ」
「いいじゃん、君モテそうだし」
「ありがとうございます。えっと、モカ先輩の方はそういうエピソードあるんですか?」
「ええっ、私?」
「ほら、あるじゃんモカも――」
「ちょっと、違うから!」
すでに友達がエピソードを語ってしまった場合、自分も話さなければならないように感じるのが人間の心理だ。
今回欲しかったのは佐藤さんのパーソナルな――好きな食べ物のような一分話せば聞けるような内容ではない――情報だが、彼女は表面上のガードは硬いように見える。
だから、最初は口の軽そうなギャルを煽ててやり、空気感を形成することで佐藤さんのガードを下げる。
このタイミングで働き蟻が会話に入ろうとしてくるが、時すでに遅し。距離感が測れない彼らでは、会話の温度に合わせることができず、あぶれてしまう。これは予想済みだ。彼らと適当に話しておくよう生島に指示を出しておいたため、邪魔される心配もない。
作戦が順調に進んでいることを確認すると、意識を会話に戻す。
ギャルの「あるじゃん」という言葉から、佐藤さんは見た目に似合わない事をする可能性が上がった。ギャルが知っているということは、二人は同じ場所にいた可能性が高い。
大学生は、クラブに行ってどうこう、という話のランクを高く感じてしまう。その認識を持つギャルが「大人エピソード」と感じるくらいなのだから、やらかしでないわけがない。
同じくクラブで何か……出会った男とその日にホテルに行ったとか、ギャルと三人でとか、そういう感じだろう。
反対に、クラブ以外での出来事なら相当というか、性質が悪いエピソードのはずだ。こちら方面に鎌をかけてみるか。
「めちゃくちゃ気になります! 恋愛系ですか?」
「えーっと……そう、かな?」
言いにくそうにしていた佐藤さんだが、徐々に守りに綻びが生じてくる。
「そういえば、モカ先輩のネックレス可愛いですね。どこのなんですか?」
「Viorだよ」
「マジですか! なんのバイトしてるんですか!?」
「バイト? バイトは普通にカフェだよ〜」
「めちゃくちゃ頑張ってるんですね! すごいなぁ」
いやいや、と謙遜するような仕草を見せる。聞きたいことは大体聞けたな。
あとは、彼女の人間性の裏付けがほしい。
こういう時に使えるのが――。
「そういえば、生島先輩ってバイトなにしてるんでしたっけ」
「えっ、ぼ、僕? 薬局で働いてるよ」
「へぇ、先輩方はなにされてるんですか?」
先ほどから分離状態にあった三人を引き込む。
生島だけじゃなく、意気消沈していた残りの二人も目を丸くしていたが、自らの内に潜む衝動を少しでも解消できるとあって、すぐに会話に加わってきた。
「俺は居酒屋でバイトしてる」
「あれ、お前花屋じゃなかったっけ。俺はもう三年くらいタックで働いてる」
「三年はすごいですね。休みの日ってみんなで遊んだりするんですか? なんか、誘う流れにもっていけないんですよね」
「あーあるある。俺も一年の時そうだったわ。意外とそういうの苦手そうだよね」
力量差もわからない哀れな上級生に内心では冷笑していたが、表に出さないよう心細そうな表情を心がける。
「まぁあれだよね、思い切って誘うしかないよね」
「結局な」
「相手の好きそうな場所をリサーチするとかね、男女どっちにも使えるよ」
「確かに……やってみます! ちなみに、サークルメンバーで遊ぶこともあるんですか? このテーブルのメンバーとかで」
全員に軽く視線を送ると、反応は二つに分かれた。
ギャルだけが表情を崩さず、残りがなんとも言えない苦笑。
言わずとも……という感じだが、ギャルは誘われれば行くタイプ。実際、他のメンバーに誘われて飲みにでも行くのだろう。
残りのメンバーのひきつった笑みだが、男子陣はそもそも誘えないか、誘われないか、断られているか。佐藤さんは断る側の、適度に申し訳なさそうなフリをしている。
引き出せる情報は引き出したため、俺は適当に場をフォローし、このタイミングで席替えのアナウンスがされた。