1.自殺屋
大通りの木々は、街の道路と空を紅や、黄金色で彩る。その鮮やかさは、東京のビルの林立や、人々の賑わいさえも、忘れさせる。
その通りをすっかり白くなった息を吐きながら、小さな少女が歩いている。
パチクリと開いた瞳で、手元のスマートフォンを見ては歩き、見ては歩くことを繰り返す。
少女は白いブレザーに、茶色のニットを羽織っている。その、お淑やかな色合いが赤みを帯びた耳と、真っ赤な頬を際立たせている。
しばらく歩くと、ビルとビルの間で立ち止まった。パチリパチリと瞬きをする。キョロキョロと、大通りを見回すと、そーっとその隙間に顔を出した。
その瞬間、表の社会の陽の光が閉じて、影が消え失せた。少女の身は極夜の空間へと繋がった。地面は湿っており、萎れた雑草と無造作に散らかったゴミが「路地裏」という三文字を体現している。
少女は、懐から懐中電灯を取り出して、暗闇に灯りを投じた。左右にそびえ立つビルの壁は表の世界に見せている、輝かしさはなく、なんとも汚い色をしている。
小さな、赤い靴はこつこつと音を立てていく。
少し歩くと、左右の分かれ道があった。少女はポケットから、ハガキのようなものを取り出すと、その文字を読む。
『ツキアタリヲミギ』
その文字に従うまま、路地裏の奥へと進む。暗闇に溶けた、蜘蛛の巣に絡まった。蜘蛛が身に絡まった思いで、気持ち悪くてしょうがなかい。目の前に突然、薄暗い灯りが見える。その灯りに照らされて、白いドアが見える。
少女は目の前に立つと、大きく息を吸った。後ろをふと振り向くと、秋の陽光が一本の線になって見える。
ビル風が少女の顔を叩いた。それに呼応するように、一回頷くと、小さな手でそのドアを叩いた。
「コツンコツン」
物音一つない、路地裏で少女の小さな手が音を弾ませる。寂しく、か弱げな音であった。
「入りなさい。」
しばらくして、部屋の奥から聞こえた声は低音で、それでいてはっきりとしたものだった。その声にビクッと反応するが、小さな唇を噛み、その震える手を抑えながら恐る恐るドアを開けた。
そこに現れたのは齢20後半であろう男だった。
(怖い、この人の目逝ってる…。)
少女がそう思うのも無理はない。黒い髪、はっきりとした骨格、髪の色よりも深い漆黒の瞳。軽く、180はありそうなひょろりとした立ち姿。
その瞳で、少女の姿を見据えた。
机の上には、大量の資料と、エナジードリンクの空き缶、チョコレートの紙包が錯乱している。
男はすぐ横にあるエナジードリンクを飲むと、ばさりと音を立てて椅子に座った。
「なんだい、お嬢さん?ここはどこかわかるか?まだ君が来るところじゃぁない、帰りな。」
少女の手は小刻み震えている。
(言わなきゃ、言わなきゃ…。)
この齢にして男の雰囲気に圧されないのは無理がある。
「早く帰りな。ここは君が来るような場所じゃない。」
ドクンドクン、少女の心臓が弾けそうになる。手の震えはやはり止まらない。汗がじんわりと感じる。
(頭が真っ白になってる…。)
「あ、あの…。」
少女は覚悟を決めて声を張った。男は、黙って資料と睨めっこをしている。
(なるべく、勘付かれないように…)
「お願いします。私を殺してください。」
『殺して』という、言葉に反応した。そして、なぜか呆れたような顔で少女の方に向き直った。わざとらしい溜息をつくと面倒くさそうにこう言った。
「僕は殺し屋じゃぁない。自殺屋だよ。」