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First。

 嵐のあった翌朝だった。

 それが海岸の岸壁にあったのは。


 地上は牙のある獣がいっぱいいるから、あたしたちは普段近づかないのだけど、そこにいるのは人に見えたから。

 あたしはゆっくり砂浜に上がり、尾鰭を足に変化させる。


 海を泳ぐには魚のような下半身が適しているからって、人はそうやって体の一部を変化させることによって生きてきた。

 学校ではそう習ったっけ。


 地上の森の奥深くにも別の種族が住んでいるけど、あたしたちはそちらとはあんまり交流がない。

 羽をはやし空を飛び、樹上で生活しているんだっていう話は聞いているけど、それはそれ、空を飛ぶなんて羨ましいなって思うけれど、「落ちたらどうするんだ」ってお年寄りの人たちがいうからあんまり羨ましいとか言っちゃいけない雰囲気で。

 どちらにしても彼らは海のそばには近づいてこない。

 潮風があまり好きじゃないのかな?

 こんなに気持ちがいいのに。

 ね?


 でも、あの岸壁に人の頭が見えるのは間違いなかった。


 もしかして、そんな森の人の迷い人かな?

 あのまま倒れていたら、野獣がやってきたらご飯にされちゃうよ。

 そんなふうに思って、あたしは急いだのだ。


 地上を歩くのは、あんまり慣れていないから。足が痛かったけど。

 それでも。


 助けなきゃ。

 そんな思いにかられて岩をのぼった。



 そこにいたのは、まだ子供、だった。

 成人前、かな。

 大人になりきっていない手足。

 細い体。

 だけど、男の子だっていうのはわかる。

 金色のポワポワとした髪が、ちょっとかわいかった。


 息は、ある?

 生命力は随分と弱っているけど、外傷はそんなにない。

 血もそんなに流れていない。


 でも。

 心臓の鼓動は随分と弱っていて、呼吸も弱い。

 このままじゃ助からないかもしれない。

 そう思ったあたし。

 自分の中のマナを彼に、もうそれしか思いつかなくて

 彼の口にあたしの口をつけ、そこから息を送った。

 マナをキュアっていう回復の魔法に変え、彼の体に送り込んだのだった。


「ん、ん」

 小さな吐息。

 何度かそんなふうに彼にマナを送り込んでいくうちに、命の鼓動が回復して行くのを感じて。


「ねえ、大丈夫? 気がついた?」

 囁くようにそう声をかけ。


 彼がその青い瞳を開く。


「ここは……?」

「ここ、海岸よ? 海のそば。あなたは森からきたの?」

「森? いや、ぼく、いや、私は……」

「あたしはエミリィ。あなたは?」

「私は、フランシス……ここは、フランデル聖王国じゃ、ないの?」

「聖王国? 王国? 聞かない名前ね」

「ここは、どこの国?」

「国? 国って、なあに?」

「え? 国って言ったら国だよ」

 そう言って彼はおき上がってあらためて周囲を見渡して。そうしてあたしを見て目を丸くする。


「き、君、なんで裸なの!!? 女の人なのに!」


 そう真っ赤になって両手で目を塞いだ。


「裸? ああ、フランシスみたいに布を巻き付けてないってこと? だって、泳ぐのに邪魔でしょう?」


「だって、だって、そんな! その胸、隠して!」


 彼はそう言って、羽織っていた布を脱いでこちらに寄越す。


「もう、しょうがないなぁ」


 そう言ってあたしはその布で体を覆った。


 まあね、お家にいるときはこんな布を纏うこともある。

 水に触れている時よりも、空気に触れている時の方が体温の調節はしにくいから、そのためだけど。

 大きな布に穴をあけ、すっぽりと被り腰を縛る、そんな感じで、あたしたちはそれをキトンって呼んでる。

 彼のこれのように、なんだか色々糸で縫い付けてある凝ったものじゃないけど。


 あたしたちの一族は基本女ばかりだ。

 彼のような男の子は珍しい。

 まあ何百人に一人? くらいの割合で男の子が生まれることはあるけど、皆短命なのもある。

 男の子は、弱いのだ。

 それでも無事成人できた男の人は、そりゃあ大事にはされる。

 長老様なんかもう生き神様なレベル。

 だから。


 あたしは彼をあたしたちの(みやこ)に連れ帰るべきか、ちょっと迷って。

 でも、この子、見たところ羽もない。

 妖精族ではないってことだよね?

 だったら……。


「ねえ、あなた、帰り道がわかるまで、あたしの家にくる?」

「いいの、ですか?」

「まあ、ね。仲間のみんなに歓迎されるかどうかはわからないけど、ここにこのままいたらあなた野獣のご飯になっちゃいそうだし」

「野獣のご飯!!?」

「そ。野獣さん。牙が鋭くって怖いのよ? あんたみたいなやわっちい肌なんか、あっという間に食いちぎられちゃうわ」

「!!!」

 あは。ごめんね。

 ちょっと脅かしすぎちゃったかな。

 ブルブルと震え出したそのこを抱きしめて。

「ごめんね、脅かしすぎちゃった。じゃぁ行こうか?」

 そう言ってそのこの手を引いて海岸まで歩く。


「ここは、海?」

「そうよ。あんた、泳げる?」

「少しは……でもそんなに自信はないです……」

「正直ね。大丈夫よ、あたしにしがみついていればいいからね」


 そういうとあたしは下半身を魚のそれに変化させる。

 びっくりして言葉も出ないフランシスを促して海に入ると。


「いい? あたしの腰にしっかりとしがみついてるのよ。じゃないと溺れちゃっても知らないから」

 そう、ちょこっとだけ脅かして。

 あたしはそのまま海を滑るように泳ぐ。

 うん。腰にしがみついたフランシスはちょっと重いけど、大丈夫だ。


 そのまま海岸から離れたあたしたち。

 お日様が真上にくる頃には(みやこ)についていた。


 ♢ ♢ ♢


姫様(ひいさま)、なんてことを!」

「だって、あのままじゃ野獣に食べられちゃうじゃない。あの子」

「よそものをこの(みやこ)につれていらっしゃるなんて、ああ、長老方がなんておっしゃるか」

「カナリエったら大袈裟ね。よそものって言ったってまだ子供よ?」

「子供でも掟に反します。ああ、どうしましょう」

「もう、とにかくあの子に何か食べ物を。この屋敷から出さなければいいんでしょ。他の人の目には触れないように手配してくれればいいのよ」

「もう、そういう問題ではありませんのに」

 そう文句を言いながらも、あたしの側仕えのカナリエは食事の準備をしに行ってくれた。

 そうよ。

 このお屋敷の中だけなら、他の人の目につかないように匿えば、大丈夫?

 ああ、でもそれよりも。


 あたしはずっとあたしにしがみついてて疲れたのか、屋敷に着くなり倒れるように寝てしまった彼の寝顔を眺めながら。


 これからどうしようか。

 お母様、怒ってるかなぁ。

 なんてことを考えていた。



「エミリィがなんか拾ってきたんだって?」

「あらあら、子供じゃないの」

「かわいいわね。っていうかこの子ったら男の子?」

「ふふ、面白そうね、おもちゃにしちゃおっか」


「バカ! ばかばかばか!! 姉様たちのばか!」


 お母様がやってくる前に、姉様たちが部屋を覗き込んでいた。


「おもちゃなんかじゃないの! この子、帰る道がわかんなくなっちゃっただけなんだから!」


「だってエミリィ。男の子なんて珍しいじゃない」

「そうよ。っていうかこの子ったら何族なのかしら?」

「わたしたちの一族じゃないのは間違いないわよね。誰もこんな子産んだなんて聞いてないし」

「隣の(みやこ)だって、もう何年も男の子なんか生まれてないでしょ?」


「随分遠くから来たみたい。国、って言ってたかな」


「国?」

「クニ?」

「くに?」

「国って言ったらあれでしょ、太古の昔にあった人の集団の事でしょ?」


「え? ランカ姉様、知ってるの?」


「知ってるも何も、歴史の教科書に載ってるでしょ? あ、エミリィは歴史が苦手だったかしら?」


 そっか。

 昔はあたしたち人族も、国っていうのを持ってたのか。

 それが知れただけでも、なんだか嬉しくなった。


 あの子のことが、少しだけ理解できるような気がしたから。



「っていうかエミリィ、地上に上がったんだって?」

「地上は怖いのよ。知ってるでしょ?」

「あんたはもう、まだあんたの歳だと疫病の薬を全部飲めてないでしょ?」

「地上には怖い野獣だけじゃなくって、怖い病気も住んでるんだからね。だめよ勝手に」


「もう。過保護すぎなのよ姉様たちは。あたしはちゃんと野獣の匂いとかわかるから。大丈夫だっていうのに」


「そういう問題じゃないの!」

「長老たちに怒られるわよ!」


「だって……」


 あたしは、あの海岸の砂浜が、好きなのだ。

 いくら地上は危ないんだって言われても、どうしても近づきたくなっちゃうんだもの。


「エミリィは罰として、一週間外出禁止、ね!」


「母様!?」


 いつの間にかやってきていた母様が背後からそう告げた。


「そして。この屋敷もその期間隔離します。ランカ、あなたたちもよ」


「えー? ひどい母様」


「ランカたちはこの部屋にまでは入ってないようだけど、念のために別室待機。エミリィ、あなたは責任を持ってその拾ってきた子の面倒を見なさい」


「え? あたしだけで?」


「もちろんです。カナリエにも別室待機を命じました。厨房は使用しても構いませんが、なるべく各自接触を防ぐように。いいわね」


 そういうと、そのまま声が聞こえなくなった。

 っていうかあのお母様ったら思念映像?


 そのまま。

 あたしたち姉妹とフランシスはこの屋敷に隔離されることになった。

 側仕えの人たちも、数人巻き添えにして。

 地上の病気を万一にも持ち込まないために仕方のない処置だって、そう後から聞いた。

 あたしは自分のしでかしたことがそんなに危険なことだったなんて気が付かずにいて。

 その一週間を、フランシスとつきっきりで過ごした。

 彼のその可愛らしいお顔を眺めて、幸せな気分に浸りながら。

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