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悪役令嬢。

 あたしが一番尊敬してる人。

 それは魔女、アリエル。

 かっこよくってしゃっとしていて、とても何百年も生きているとは思えないほどお若くて。

 綺麗なお姉様って感じの彼女。


 あんなふうなかっこいい人になりたい。

 そう思っていた。


 なかなかできないんだけどね?





 天井には豪華なシャンデリアがいくつも並び、ホール全体を煌々と照らしていた。

 本日は年に一度の懇親会。学園の生徒だけでなく大勢の父兄もこの場にいらっしゃる。

 楽団が軽やかなワルツを奏で、中央ではこの日の為に綺麗に着飾った紳士淑女が華麗に舞っている。


「エミリア公爵令嬢よ! この私、マクロン・フランデルの名において、そなたとの婚約を破棄させてもらう! 異議はあるか!」


 そんな大勢の人の目のある中、そんなふうにいきなり目の前で大声をはりあげたのは、この国、フランデル聖王国の第二王子様。

 ふわふわのひよこのような金色の髪に、青い聖なる色の瞳。

 さっとこちらに注目する好奇の目が痛い。


 彼はほんとかなり可愛い感じの王子様で、アイドルのようなその容姿に、お嬢様方のあいだではファンクラブまでできているって噂もある。もちろん非公式だろうけど。

 流石にこのあたしを差し置いて勝手にそんな事おおやけにはし辛いよね。

 あたしだって、あたし自身に別に好きな人がいるんじゃ無かったら、この婚約もアリだったんだけどな。


「申し訳ありません。理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」


 一応、そう聞いてみる。


 まあ知ってるけど。


「ふん、白々しい。お前が散々やってきた悪事をとぼけようとしても無駄だと知れ。私は全て把握しているぞ」


「ですから……」


 どれを理由にされているのか、おっしゃってほしいのですが。


「とにかく! もうこれで私達は婚約者同士では無くなった! ふっ。これで私は自由だ!」


 満面の笑みをこぼす王子。


 あぁあぁ。

 つめが甘いなぁ。

 あたしだからいいようなものの、これが他の御令嬢だったら逆に問い詰められて大変なんじゃないだろうか。

 ちょっと心配になったりする。


 あたしは別にこの王子の事嫌いじゃないし、できれば幸せになってもらいたいとも思ってる。


 たぶん、だけど。


 あたしが物心ついたかつかなかったかの頃に、お父様に。


「あたし、王子様のお嫁さんになたいの」


 なんておねだりしたのがいけなかったのだ。


 そんな事をついつい言っちゃったものだから、お父様。


「エミリアが望んでいるのだから」


 なんてその気になって、このマクロン王子さまとの婚約を王家にねじ込んできちゃった。


 あたしが、その間違いに気がついた時にはもう遅かった。


 流石にね?


 なんの過誤もなしに今更この婚約を解消することは、公爵家側からじゃぁちょっと難しくて。

 なんとか穏便に婚約解消できないかずっと考えていたんだけど。


「承知致しましたマクロン様。ところでうちのお父様やお母様、国王陛下や王妃殿下にはもう根回しもされているのでしょうか?」


 ここ、大事。

 あたしもなるべくおおごとにならずこの婚約破棄がスムーズにすすめばいいと思ってるから。


「父上だって、こうして大勢の前でこう宣言してしまえば反対もできないだろうよ」


 え?


「年に一度の学園主催のこの懇親会。父兄も含めてこれだけ大勢の人間が証人だ。もうひっくり返せないさ」


 ああ。

 最悪。


「もしかしてそれって、なんの根回しもしていないって事でしょうか?」


 まさかのまさかだ。

 いくら貴方が王子様だったとしても、うちの家がどんな力がある名家か、知らないわけじゃないだろうに。


 100年と少し前。

 当時の王室が断絶したとき。

 後継者も何もお決めにならずお亡くなりになったアレクサンドライト陛下の忠実な部下であった現王室の祖、アントニヌス様と。

 傍系ではあったけれど力のあったうちの実家、ハイデンブルク公爵家が王位を巡って争った。

 国内を二分するその争いは、しかしそんな血で血を洗うような悲惨な戦争を回避するため。

 ハイデンブルク家に近い血筋の令嬢アンナマリアがアントニヌスに嫁ぐことで手打ちとなり、王位についたアントニヌスをもりたて国を再興したと言う歴史があった。


 今でも、ハイデンブルク公爵家は筆頭公爵としての地位を維持したまま。

 王室といえど、そう簡単にうちを軽んじることなどはできない、はずなのに。


 ほんと、最悪、だ。

 顔色を悪くする国王陛下のお顔が目に浮かぶ、よ。


「根回し? なぜ? そんなことをしたら反対されるに決まってるのに。だからこうして先に既成事実を作ってしまった方がいいじゃないか」


 あちゃぁ。


 もう、どうしよう。

 この子、何にもわかって無かったよ。


 困った。


 このままだったら確かに婚約は解消できるだろう。

 でも。

 それって公爵家と王室の間に思いっきり溝を作ることになる。


 まずうちのお父様、アルデバラン・フォン・ハイデンブルク公爵は激怒するだろう。

 あたしの悪行、と、この子は言ったけど、その全てが実はあたし自身の捏造で証拠も実害もないものだ。

 それだってそもそもあたしがそんな噂を広めた張本人だってことも、誰も知らない秘密。


 要はこのまま殿下が婚約破棄を強行すれば、『根も歯もない噂を元に理不尽な婚約破棄をそれも大勢の前で発してあたしを侮辱し蔑んだ』ということになり。

 それは誰よりもあたしの事を猫可愛がりしているお父様にとって、許し難い事となる。

 もう少しくらい分別があると思ってたのに。

 せっかく口実を与えてあげたんだから、それでなんとか陛下やお妃様を説得して、なるべく穏便に婚約解消、っていうのが理想だったのに。


 大体、これで公爵家と王室が争うことにでもなったらほんとに困る。

 叔父様に会いに行けなくなっちゃうのは嫌だ。


 あたしは、一瞬だけ殿下に近づいて。


「ねえ。マクロン? これは従姉としての忠告よ。お願いだから今すぐ『これは余興だ』とかなんとか言い訳して、ここを穏便におさめましょ。あたしだってお互いが望まない婚約をこのまま続けるのは本意じゃないけど、こんなふうに騒ぎを起こしての破局は互いの家同士にいらない軋轢を生むわ。あなたもそれは望んでいるわけじゃないでしょう?」


 そう耳元で早口で囁いて。すぐに距離をとる。


 元々、あたしのお母様フランソワは今の陛下の妹姫だったから、殿下とは従姉になる。あたしの方が一個年上のせいか、この子はずっとかわいい弟のように思っていたのだけど。

 それが余計に彼の自尊心を傷つけていたのかも知れなくて。


 途端に。


 フルフルと震え出したマクロン。

 怯えて? ううん違う。

 怒りを堪えてる感じ。


 せっかくのかわいいお顔も真っ赤になっちゃってる。


「だから。だからそなたは嫌いなのだ。年上ぶって、まるで姉のように私を下に見る。もう懲り懲りだ。元々望まない婚約だった? だったらなんでお前の父はお前と私との婚約を申し込んできたのだ! まだ幼い頃に何もわからないうちに婚約者を決められて、私がどんな思いをしてきたのかわかっているのか!」


 ああ。


 半泣きになっちゃった。


 遠目でこちらを伺う御令嬢たちの視線が痛い。

 まるであたしが彼をいじめているように見えちゃってる?


「ごめんってばマクロン、そんなふうに泣かないで」


 フワッと彼を包み込むように抱きしめる。

 もう、王子としての威厳とか、そういうものが台無しになっちゃう。

 もともとかわいい系で通ってたからお嬢様方にもそんなふうにアイドルっぽく見られているし、今更イメージダウンとかいうほどでもないのかもだけど、だめだ。


 王子がこんなふうに女々しいとか、やっぱり対外的には許されない。

 王子がよくっても、きっと周囲での足の引っ張り合いが始まる危険があるもの。

 そうしたら、せっかくの叔父様の気持ちも無駄になっちゃう。


 あたしが抱きしめたことで目を白黒させちゃっておどおどしだした王子。

 流石に、女性にこんなふうに抱きしめられるなんて経験はないのかも。

 反発して手を払われるかとも思ったけどそんなこともなく、大人しくなった。


「ねえ、マクロン。あっちで休もう」


 そう耳元で囁くと、真っ赤に泣き腫らした目を拭って、うんと頷いて。


 そのまま何とか広間から移動して控室に行く。

 ソファーに座らせてハンカチで涙を拭ってあげると、ちょっと落ち着いた、かな。


「ごめん、エミリア……」


 そう上目遣いに覗く、その青い瞳。


 か、かわいい……。


 ああ、だめだ、心が揺らいじゃう。

 今のマクロンは、ちょうどあの時の叔父様と同い年くらい。

 あたしが彼を助けたあの嵐の夜の、あの時、と……。

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