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02.大学の女友達(恋人ではない)

マンションのドアを開けると、そこには胸にバスタオルを巻いた女がいた。


「おかえりー」


自分の格好を気にする様子もなく挨拶をしてくるそいつに、俺は頭を抱える。


「お前なぁ……」


こいつは葵、大学の同級生で俺の数少ない友人のひとり。


ショートボブの黒髪と中性的な顔立ちは男装したらよく似合いそうだが、バスタオルにできた結構なふくらみがそれを打ち消している。


ちなみになんで俺の部屋にいるのかといえば、合鍵を持っているからなんだが……。


「風呂入ったら脱衣所で着替えて来いって言っただろ」


「えー、そうだっけ?」


なんて一言でコイツのいい加減さが十二分に表されていて頭が痛くなる。


「俺が入ってくる時後ろに誰かいたらどうすんだよ」


「んー、だって伊織は同じ階の人が通りかかったらそのまま通り過ぎるまでドア開けないでしょ」


人のことよくわかってやがる。


なんとなく、人が後ろにいるのに部屋のドアを開けたくないんだよな。


気にしすぎなのはわかっているが防犯的な意味でなんとなくやっている癖のひとつ。


そしてそんな理解はいらないんだよ、と言ってやりたい。


「それに誰か知り合い連れてくるのもあり得ないし」


「うるせえ」


実際に葵以外の友人を招くことなんてほぼないのだが、それを人に指摘されるとそれはそれでムカつく。


「いいから、はやく服着ろ」


「はーい」


と答えつつ、洗面所ではなくリビングへ歩いていく葵の後ろを歩く。


胸に巻いたバスタオルの裾がチラチラと揺れるが、特に感慨はない。


鍵を渡して(というか奪われて)から数か月で、もう諫めるのも諦めたからだ。


ちなみに俺と葵の関係は恋人同士、などではなくただの友人である。


まあ鍵を渡しても問題を起こさないと信頼している程度の関係ではるけど。


個人的に恋愛にはちょっとしたトラウマがあるのだが、こいつは男友達と同じ枠に入っているのでセーフと俺の脳が認識してるので問題なく友人関係をしている。


まあそも、恋愛対象としてはなから見たことがないのもあるんだろうけど。


初対面からしてちょっと普通の出会い方じゃなかったしなあ。


「伊織ー、アイス持ってきてー」


「んー」


オーダー通り、冷凍庫から個別梱包のお徳用棒アイスを二本取り出して一本をトスする。


「さんきゅ」


「お前夕飯は?」


「もう済ませた」


「ならなんか作るかー」


二人ともまだならどこか近くの飯屋に食いに行く流れになることもあるのだが、今日は冷蔵庫の中身を片付ける日らしい。


と言っても大したものは作らないが。


世間には自炊をすれば勝手に料理がうまくなると思っている人もいるかもしれないが、毎日似たようなものしか作らなければレパートリーは増えたりせず、料理への理解も深まったりしないのだ。


まあレシピサイトでも見れば出来ないこともないけれど、普段の料理は肉と野菜を切って、弱火で焼くか中火で焼くか鍋で煮るかのどれかに収まっている。


ちなみに料理のさしすせそもその内2つしか常備してないゾ。


というわけでいったん冷蔵庫の前まで戻って中を確認してから部屋に入ると、シャツとショートパンツというラフな格好の葵がソファーに座っている。


時刻はもう九時過ぎだが初夏の今はそんな格好でも十分に過ごせる気温だ。


もう少ししたら冷房が必須になって逆にぴちっとした格好でも快適な室内になるけど。


それと同時に電気代の上昇が始まって、PCのファンの音が気になるようになってくる時期の到来だ。


なんてことを考えながら座布団に腰を下ろして、財布とスマホと家の鍵をポイポイとテーブルに載せる過程で思い出す。


「ああ、そうだ」


「ん、どったん?」


「俺変な匂いするか?」


言うと、葵に怪訝な目で見られる。


「なによ、急に」


「実はバイト先の後輩に良い匂いがするって言われてな」


「それは変ね」


「だろ? だから遠回しに変な匂いがするって注意されたのかと」


その場合は嫌味とかではなく、自分の匂いに気づかない人間への純粋な心遣いという可能性もあるが。


このまま解決せずに寝ようとすると気になって七時間くらいしか寝れない可能性があったので、意を決して聞いてみたわけだ。


あと葵になら臭いって言われてもショックじゃないしな。


「んー、んん?」


顔を近づけて鼻をすんすんと鳴らした葵が、眉をしかめる。


もしかして、マジで臭かったのか?


「どうした?」


「アンタ、タバコ臭いわよ」


と言われて腑に落ちる。


「あー、それは店長に捕まったからだな」


店長というのはもちろんバイト先のファミレスの店長。


退店時に通る店員専用の裏口の近くでよくタバコを吸っているので、帰り際に捕まったりするのだ。


今日は帰り際に少し話ただけだったが、その時に匂いが移ったんだろう。


「他は?」


「わかんない」


「そうか」


なら真相は闇の中か。


まあでもあれくらいの時間で付いたタバコの匂いで分からなくなるくらいなら、問題はない、かな?


「どっちにしても、先にお風呂入ってきなさいよ」


「んー」


本当は面倒だが、タバコ臭いと言われれば拒否権もない。


バスタオルは洗面所に葵が使ったのとは別のやつがあるはずなので、着替えだけカラーボックスから取り出していると、背後から質問が投げられる。


「明日何限からだっけ」


と聞かれて脳内で曜日を確認。


「金曜だから、三限からだな」


ちなみに二限までが午前中の講義で、三限は午後一時から。


ここから大学までは歩いて15分程度なので昼前に起きれば余裕で間に合う。


「あー、毎日昼からならいいのに」


「それな」


まあ高校生と違って毎朝七時とかに起きなくていいというだけでも、大学生の特権としてとてもありがたいものだけど。




シャワーを浴びて夕食と洗い物を済ませると、葵がタブレットで漫画を読みながらベッドに横になっている。


「寝るなら自分の部屋帰れよ」


「えー、まだ寝ないって」


と言いつついつの間にか寝てるのが葵の常套手段。


ちなみに同じマンションの別の階に住んでるので帰ろうと思えば100秒もかからないのだが、逆にそれなら起きてから帰ればいいと思っているフシがある。


もういっそ、俺が葵の部屋に行けばいいのではと思うのだが、「それは嫌」と本人談。


「こっちの方がゲーム揃ってるし」という合理的な理由も言っていたが、あれは単純に自分の部屋を溜まり場にされたくないだけである。


まあいいけどな、別に困ってないし。


何か用事があると言えば葵は概ね素直に撤収するので、困ることといえば不意にオナニーしたくなった時くらいだ。


時刻は午後十時。


大学生にとってはまだ寝るには早い時間だし、明日の講義が昼からなら尚更である。


ちなみに早く寝て早く起きればいいなんて理屈は堕落した大学生には存在しない。


ベッドの下のソファーに座って、ついたままのテレビのリモコンを操作すると、葵がベッドからもそもそと起き上がってキッチンの方へ消える。


ちなみにこの部屋の間取りは入口のドアから洗面所、お手洗い、キッチン、ドアをまたいでリビングだ。


「伊織も何か飲むー?」


と言う葵は人の部屋の冷蔵庫を開けることに微塵の遠慮もない。


まあ中身のいくらかは葵が持ってきたものなので文句はないが。


「じゃあグレープで」


言うと缶がカクカクしてるグレープのジュースが渡される。


果汁とは別の数字で7%って書いてあるのがイケメンだ。


そして葵が自分用に持ってきた缶には9%って書いてある。


強い。


美味しく楽しく飲むのが一番大事だから数字なんて飾りですけどね。


「そんじゃなにする?」


だらだらとテレビを流し見ていた俺に葵が聞いてくる。


ふたりですることといえば対戦ゲームが一番多いが、協力プレイしたり、シングルプレイを順番に遊んだり、もしくは映画やドラマを見たり、たまにアニメも見たり配信を見たりで特に内容が決まってたりはしない。


「じゃあいつもの」


と葵が選んだのは格闘ゲーム。


特に新作というわけではないが一応シリーズでは最新作で、ふたりの時には一番遊んでいるゲームだ。


最初に対戦したゲームもこれだしな。


あれから何度かverupはしてるから環境としては別物だけど。




「ちょっとその捲り卑怯でしょ!」


俺のキャラの飛び込み攻撃のガードを失敗して葵が抗議の声を上げる。


「はー?見えない奴が悪いんだがー?」


「このっ!」


「おい、昇竜ぶっぱやめろ!」


「ぶっぱじゃないですー、小足見てから昇竜余裕なんですけどー?」


「そんな人類いねーよ!舐めんな!」


格ゲー×アルコールで一瞬でゲージがマックスになり、お互いに煽りあいが加速する。


ちなみにこれくらいなら日常風景だ。


「コンボ落ちろーーー!!!」


「落としませんけどー?あっ」


「あーっはははっ、落としてるじゃねーか!」


「うるさい!」


「あ、ずるっ」


俺が笑ってる間に置かれた攻撃が当たって、コンボでミリ残っていた体力がそのまま削れる。


「いえーい、あんた雑魚ー!」


「うるせえ、もう一回やるぞ!」


「何回やっても負けませんけどー?」


なんて夜が更けていくのもよくある光景だった。




ひとりでコントローラーを握って黙々とゲームをプレイして、ひと段落したところで休憩を挟むとベッドに横になっている人影が完全に沈黙していることに気付く。


またかと思うと同時に、もう何度目かも忘れたような日常にとがめる気も起きない。


そもそも格好からしてそのまま寝れる服だしな。


一応寝る直前まで弄っていたであろう枕元に落ちているスマホを拾って、枕の上側の寝返りをしても潰さない場所に移動させておく。


あんまり気持ちよさそうな顔で寝ているので、枕だけでも没収してやろうかと思ったりもしたが後が怖いので考え直した。


風邪を引かれたら困るので掛布団をかけてから、自然とあくびが漏れる。


もう三時か。


大学に行く時間から逆算するともう少し遊んでいられる余裕があるが、ギリギリまで粘る必要もないなと思う。


若干眠いし。


これが新作ゲーム発売直後なら睡眠時間6時間を逆算したラインの更に二回り後くらいまでゲームやってるけど今日はそうじゃないし。


「そんじゃおやすみ」


歯磨きはまだ葵が起きている頃に済ませていたので、ゲーム機の電源を落としてから部屋の明かりを消して、ソファーに横になる。


毛布をかぶるとすぐに意識が落ちていくのがわかって、その中で寝返りをした葵の気配を感じた。


同じ部屋に女子が寝ていれば意識する、なんてことはなくもうすっかりと慣れてしまっている。


まあ初めての時だって、ずっとゲームしてて気付いたら死んだように寝てたんだけど。


というわけで俺から葵に異性を感じることはなく、葵から俺にもそれは同じ。


これが俺たちの日常である。


おやすみなさい。



女友達に絶対にフラグが立ったりしない!話


そして次回はまた後輩のお話

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