お姉ちゃんが大好きすぎる妹
キーンコーンカーンコーン
本日の最終授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。
起立、礼。挨拶終えたと同時にダッシュで教室を飛び出した。
後ろから友の声が聞こえる。
「聖月ー!!まだ帰りのホームルーム終わってないよー!!」
その言葉で立ち止まり、踵を返して自分の教室へと戻った。
「もう。いくら今日が週に一度の姉姉Dayだからって、浮かれすぎ!」
呆れ顔をして、私の事を大きな瞳でキッと睨んでいるこの少女は、彩芽。
私の幼稚園の頃からの大親友。小柄な体系に、大きな瞳の彼女はとっても愛らしい。
必要ないから大丈夫と言っても、「聖月は抜けてるところがあるから心配なの」と言って、いつも身の回りのお世話をしてくれる。さすがに、もう高校生になったんだから、たいていの事は自分でできるんだけどな。
さっき彩芽が言っていた通り、今日は大好きなお姉ちゃんと一緒に下校できる週に一度のハッピーDayだ。私はそれを姉姉Dayと呼んでいる。初めのうちは、その名前にドン引きしていたが、今では諦めたのか、彩芽にも浸透していた。
姉姉Dayに浮かれすぎて、つい帰りのホームルームを忘れて、教室を飛び出してしまった。担任が来るのを待ち、ホームルームを終えるまでの、この時間が一番長く感じる。
ああ、私は早くお姉ちゃんの所に行きたいのに、、、自分の席に戻り、静かに溜息をついた。
ハァ、とため息をつき、物憂げな表情をする彼女は、クラスの男子の心を潤していた。先ほど少し走ったことで、彼女の頬はいつもよりも紅潮し、より一層魅力的に見える。そして、彼女のため息に釣られるかのように、男連中は溜息をついた。勿論、彼女の溜息は憂鬱から来るものだが、彼らのものはそれとは違った。
そんな男共の様子を、顔を引きつらせながら引き気味で彩芽は眺めていた。
聖月本人は、姉に現を抜かしているために知らないであろうが、彼女はかなりの人気者だ。
瞳はくりっと大きく、薄いブラウンをしていて、形の良い唇と鼻がバランスよく並んでいる。どこから見ても美少女である。背はそれほど高くはないが、手足が長く、顔も小さい為、モデルのようなスタイルをしている。
この容姿だけでも魅力的なのだが、彼女はさらに勉学を得意とする。それなのに全く鼻にかける事なく、おっとりとした優しい性格をしていた。
完璧に見えて、実はあまり運動が得意ではなく、さらに抜けているところもあり、そのギャップも魅力の一つだとか。
ようやくホームルームが終わり、急いで鞄を掴み教室を飛び出した。大好きな姉の教室にたどり着き、チラリとドアから顔を出して姉の姿を探す。
さらりとした長い髪が、窓から吹き抜ける風で少しなびき、太陽の光できらきらと光って見えた。その美しい後ろ姿はまさしく姉のものだった。
大声で呼びたいのを、ぐっと我慢する。いくら大好きな姉がいるは言え、さすがに三年生の教室は緊張した。そわそわと、教室の前で待っているとその様子に気付いた、姉のクラスメートが声をかけてくれた。
「聖月ちゃん、久しぶり!」
明るいはきはきとした、馴染みのある声に振り返る。
「姫希さん!お久しぶりです!」
「結月の事呼んでくるね、待ってて」
そう言って、私の頭を優しく撫ででから、姉の元へと歩いて行った
姫希さんは、落ち着いていて、しっかり者。そして姉のよき理解者である。私の事も可愛がってくれる、もう一人のお姉ちゃんみたいな存在だ。綺麗な黒髪を前下がりのボブにしていていて、彼女にとてもよく似合う。
姫希さんに呼ばれて、姉がこちらに気付いた。姫希に挨拶をすると、鞄を持って私の元へとやって来る。私の心は浮き足立った。
「聖月、お待たせ。」
「お姉ちゃん!!」
そういって、ギュッと抱き着く。
姉は笑顔で、優しく頭を撫でてくれた。
結月は、背は高くすらりとした手足に、小さな顔。瞳は大きいが、聖月とは違い、中性的な顔立ちをしている。それ故に、男子のみならず、女子までもが彼女に魅了されていた。
その容姿に加え、成績優秀であり、さらにはバスケ部に所属しているが、女子日本代表チームの強化合宿に呼ばれる程の実力の持ち主である。
まさに、容姿端麗、文武両道の完璧な人物であり、この学園の生徒なら誰しもが知っている憧れの存在であった。しかし、完璧が故に、高根の花状態の姉に、親しい友人は少なかった。先ほどの姫希は、数少ない友人のうちの一人である。
「お姉ちゃん、今日はどこか寄り道して帰ろう」
がっちりと、姉の腕にぎゅっとしがみ付きながら下駄箱まで歩いていく。その様子を、皆が遠巻きに見ていた。
本人たちは知らないのだが、この姉妹のファンクラブが存在している。ファンクラブ名は“結望スール”である。会員は、自分たちの事をルナと呼んでいる。そのファンクラブは、普段は文芸部として活動しているのだが、水面下では、この学園に存在する全てのファンクラブを運営している組織であった。その為か、この学園では一番人気であり、所属人数の大きな、部活であった。もちろん、他の部活との兼任も可能である。
二人が仲睦まじく腕を組み、歩いている姿を目撃したルナは急いで、部室へとかけていく。
「会長!!今日も進展がありました!!」
会長と呼ばれたその男、名は律。いわゆる、部長といったところか。
成績優秀でスポーツも万能な事から、この男もかなりの人気者である。スポーツが得意で、中学までは地域のかなり強いサッカークラブに所属し、高校でもサッカー部に所属していたのだが、今年の春に部活を辞めてしまったのだ。
本人曰く、“俺には俺にしか出来ないことをするんだ”だとか。
俺にしか出来ない事が、ファンクラブの部長だったらしい。ファンクラブは人数の多い部活ゆえに、まとめる人がいない年は大変な事になる。確かに、人望も厚く、成績も良い彼には、打ってつけの仕事だった。実は彼も、ファンクラブも作られる立場の人間だったのに、自分のファンクラブは解散させてしまったのだ。なんでも、今までは自分が周りからはやされる立場だったが、ある姉妹との出会いで、それが間違いだと気付いたらしい。そう、それが結月と聖月だった。
彼は今まで、あんなに魅力的な姉妹を見たことがないと語った。二人を見守り、そして皆に二人のすばらしさを広めて行くのが自分の使命であると。
お気付きだろうが、律は少し、いやかなり残念な性格なのだ。今まではスポーツに明け暮れる、爽やかな好青年だったのだが、姉妹に魅了され、こんな風になってしまったのだ。
紹介が長くなってしまったが、話を戻そう。
一人のルナが走って部室へと駆け込んできた。
「会長オォォ!!本日、姉姉Dayだったので、二人の様子を見守っていたのですが、今日は聖月様が、結月様の腕にがっしりと抱き着いていましたァァ!!」
この、やたら語尾がうるさい男は樹良。律と同じくサッカー部に所属していたのだが、律と一緒に退部して、この文芸部に入ったのだった。
「何!?先週は、二人仲良く並んでお喋りしながら歩いていたはずだ!!この学び舎に慣れてきて、少しずつ、二人の関係はプライベートに近い状態になってきたという事か!!」
律は、クイッと伊達メガネを指で調節しながら叫んだ。樹良は、うんうんと激しく同意する。
「よし、表に書き足していこう」
律が真剣な表情で、一冊のノートを取り出した。あまりの真剣な様子に、何も知らない女子ならばときめいてしまうだろう。そして、話し合いながら二人は何やらノートに書き込んでいく。
4月 二人共、どこかよそよそしく、校舎の中で一緒にいる姿は目撃されていない
5月 聖月が三年の教室に顔を出すようになる。仲良く二人で歩く姿有り
6月 仲良く、腕を組みながら恋人のように寄り添い歩く
二人の学校での距離感を表にしてまとめているらしい。残念な奴らである。
「この調子でいけば、夏までに!!!」
そう言って、律は拳を空高くかざした。
「俺は、結月のデレ顔が見たいんだ!!!」
律は廊下まで響くほど、力いっぱいに叫んだ。
結月は、友人が少ないという事もあり、普段あまり表情を崩すことがない。そんな彼女の満面の笑みを見たいという願いは、全てのルナの想いだった。
ちなみに律みたく、デレ顔なんて俗っぽく言う者は他にいないが、、、。
笑顔を見る為にも、妹の聖月が、どれだけ校舎内で姉の結月に普段通り接するかが、かなり重要だった。その為、今日の腕にギュッとしている姿は、ルナたちにとってかなりの朗報だった。
その頃、噂の姉妹はと言うと、、、、
学校からの帰り道にあるカフェに来ていた。ここはあまり人ごみが得意ではない結月にとっても、快適に過ごせる場所の一つだった。大通りから、路地に入った場所にある為、知る人ぞ知る穴場カフェである。二人は、たまたま野良猫が可愛くて追いかけた時に見つけたのだった。今ではすっかり常連である。
二人は、店内に入るとお気に入りの場所に行く。窓際の席なので日当たりが良く、身を委ねると眠ってしまいたくなるようなガーデンチェアと、その隣に小さなテーブルが置いてある席だ。本が読みたいときや、ゆっくりしたい時にはその席を。話したいことがあったりする日は、別の向かい合っている席に座るのが二人の決まりになっていた。
聖月は真剣な表情でメニューとにらめっこしている。
「すっごく悩む。チョコドリンクとストロベリー、どっちにしよう」
「じゃあ、両方頼もうか。一緒に飲めば良いでしょ」
そう言って、結月はほほ笑んだ。
「お姉ちゃん、ありがとう」
聖月も笑顔になる。
うわわ、お姉ちゃん優しすぎる。大好き。心の中で告白した。二人がメニューをテーブルに置くと、すぐに店員さんがオーダーを取りにやってきた。
「由美さん!!」
聖月が嬉しそうに、声をあげた。
「二人とも、いらっしゃい。今日は天気が良いから、この席は気持ちがいいわね」
そう言ってほほ笑む、美しい女性は由美さん。
物腰は柔らかく、仕草の一つ一つが上品で、とても美人さんである。この容姿からは想像がつかないけれど、成人した娘さんがいるのだ。所謂、美魔女ってやつです。
私たち姉妹は何度か通ううちにすっかり彼女と意気投合して、今ではプライベートでも会う仲だ。
残念ながら、仕事中の為オーダーを取ってすぐにカウンターの方に去っていってしまった。
「由美さん、相変わらず綺麗だね」
「本当綺麗。あれで私たちよりも上の娘さんがいるなんて信じられないね」
そんなたわいもない会話をのんびりと楽しむ。
「お姉ちゃん、ちなみに彼氏とかいないよね?」
ふいの質問に、お姉ちゃんは水を飲んでいたため咳きこんでしまった。
「わわわ、お姉ちゃんごめん」
慌てて、タオルを差し出す。
「ありがとう。それにしても、突然何なの?」
口元を拭きながら、質問を質問で返されてしまった。
「だって、せっかく同じ学校に通えるようになったんだもん。彼氏が出来ちゃったら、こうやって一緒に寄り道出来なくなっちゃう。そんなの嫌だよう」
私は、むうっと膨れながら口を尖らせた。いつかは姉離れしなければならないとわかっているが、今すぐにと言われたら絶対に無理だ。突然現れた変な男に、渡したくない。
「大丈夫よ。今のところ、そんな予定全くないから。聖月こそどうなの?」
そう問いかける姉の顔は、なんだかとても楽しそうだ。妹のコイバナが聞けるかもと、期待しているようだ。申し訳ないけど、私にもそんな予定はないのだけど。
「お姉ちゃんよりも、素敵な人じゃないと付き合いたくない」
そう伝えると、「それは難しいわね」なんて冗談ぽく笑った。
全然冗談じゃないんだけどなぁ。姉が大好きすぎて、それ以上に素敵な人なんて現れるのかなと、少し不安になった。
外を見ると、すっかり日が暮れていた。私たちは、由美さんに挨拶して、帰路へとついた。
道中、私は姉の腕にべったりとしがみ付いていた。
「聖月、どうしたの?」
優しい声で言いながら、頭を撫でてくれる。
「ううん、なんでもないの。お姉ちゃんに彼氏ができるまでは、私がお姉ちゃんの一番だから」
少し考えてから、私は首を振って訂正した。
「やっぱり、今のなし!!彼氏ができても私が一番なの!」
そう言って握る腕にさらにぎゅっと力を込めた。
短編なのに、登場人物出し過ぎまきた。すみません、、、
長編にするか悩んだのですが、1話で完結です。
ご感想いただけると嬉しいです。