vs”大人”と”男”10
17時更新の予定でしたが、予約を完全に忘れていました。申し訳ない。
仁の視線を受けて芙蓉は狙いをすぐに理解した。
今日参戦している三人は、全員が一対一であれ一対多であれそれなりの強さを持つ。誰をどの担当に割り振っても問題は無いのだが、仁は自分が男の大群を相手にしてくれるようだ。
いや、正直そのつもりがあるのかは微妙なラインだが、押し付けてしまおう。芙蓉はこの時点でそう考えていた。だってなんかあいつら気持ち悪いし……。
「よし! 役割分担しよう! まず俺が――」
「海香、交代しましょう。私がソレ相手します」
よって仁が何かを言う前に海香に呼びかけ担当を決める。仁の不満気な表情は無視だ無視。それに多分、相性的にもこれがベストではあるはずだった。
芙蓉は――隠密だ。
「あなたも下衆でしたね? お覚悟を」
相対するは『認識阻害』。別の言い方をするのなら、最初の日から長谷部千秋を襲い続けてきた張本人。敵の中での力関係は分からないが、例えそれが『浮遊』に指示されてのことだとしても許すつもりはない。愛する人との時間の幸福を理解しているからこそ、嫌悪する相手との行為の辛さも分かるつもりだ。目の前の敵に向け、芙蓉は崩壊するステージの上を廃材を駆け渡って疾駆する。
しかし視界の中。はっきりと捉えているはずの敵が、何処にいるのか分からなくなっていく。
「関係ないです!」
認識できなくなろうとも、そこにいなくなるわけじゃない。勿論、身体強化などで移動される可能性はあるが、それでも問題は無いはずだ。何故ならば、自分のほうが速いから。故にもう何処にいるのか全く感じ取れなくなっていながらも、『認識阻害』のいた場所に向けて抜いた太刀を振う。
「痛っ」
思っていたより少し奥から聞こえた声。クリーンヒットしていたなら身体を上下に両断していたはずだから、声があるのなら掠っただけだろうと判断。取り出した苦無を前方に投擲する。しかし、今度は声が聞こえなかった。まさか今ので死んだわけでもないだろう――そこで、これは、直感だ。後方上に向けて全力で飛び退ると、数舜前に芙蓉のいた位置にナイフが突き刺さった。
「――はあ? おかしいだろ」
またも聞こえた声、そして段々と存在を知覚する。崩壊しきったステージの下で、ナイフを地面に突き刺した『認識阻害』が芙蓉に目を向けていた。その瞳に見えるのは怒りのような、嫉妬のような。
無事だったステージ端に着地すると、少し頭を整理した後、芙蓉は立ち上がった。
未だ立ち上がらない『認識阻害』を、意識して、高い位置から見下ろす。できるだけ軽く(・・)聞こえるように言葉を紡ぐ。
「あなたも、あなたの妹もですが。おかしい、という言葉を結構使いますね」
「あ? そりゃそうだろ。俺のチカラでお前は俺に気付けなかったはずだ。なのに避けれるのはおかしい。……まるでチートだ」
「ふむ」
一度言葉を切る芙蓉。言いたいことは決まっているが、少し焦らすことにした。そうすることが、この男には効果的だと判断した……否、理解したのだ。
「なんだよ」
「チートだなんてとんでもない。私はあなたたちと同じ『発現能力者』ですよ。『神贈能力者』ですらない」
「何言ってんだ。頭おかしいのか?」
「思い通りにならないことが気に食わないですか」
「――は?」
ぽかんとした、抜け落ちた表情を前に、笑顔を作る。少しでも嘲りが乗るように、煽って冷静さを削ぐためにだ。それは、芙蓉自身が思っていたよりも遥かに簡単なことだった。彼女は感情を隠すのが上手いだけで、何も感じないわけではない。
女の敵だなどと高尚なことを言うつもりはないが、奴は千秋の敵で、とっくに千秋を気に入っていた芙蓉自身の敵だった。ただそれだけだ。
「ガキじゃないんですから」
「――! クソがぁ!」
咆哮とは裏腹に薄まっていく気配。それでいい、本気を出せばいい。それを真っ向から捻じ伏せてこそ意味があると芙蓉は笑う。敵を心から壊すために、芙蓉は全力を集中させた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
同じ頃、芙蓉と場所を入れ替わった海香は、まずはステージから落ちないように必死だった。正確にはステージの床があった高さから、その下の収納空間に落ちないように、である。異形たちと一緒になって落ちるのは嫌すぎた。
「よ! ほっ……よいしょ!」
既に床と呼べるものは存在しない。落ち切っていない残骸を踏み、次の木片に移動し、最小の動きで端に到達する。芙蓉の様に木片の上を高速で駆けるような真似などできない海香だったが、なんとか足を落ち着けてステージの端に辿り着いた。ふう、と軽く息を吐いてから見上げれば、浮かんでいる「敵」はこちらに手を出してくる様子が無い。
「余裕あるね?」
「ええ。あの邪魔な男は押し潰されるでしょうし、あの女もお兄ちゃんには敵わない。あとはあなたね」
暫く彼方に目を向けていた浮遊少女が海香を見下ろす。焦りも、動揺も。それどころか嘲りの色もない、純粋な笑顔だった。
「私には少し荷が重いけれど、まあマシでしょ。あなた、あの二人より弱いでしょう?」
「……まあ、たしかに」
それは事実だ。尾崎仁は言うに及ばず、芙蓉に関してもタイマンを張れば恐らく負ける。対人戦が組織内でも圧倒的に上手い芙蓉に勝ったのは、自分の得意分野でゴリ押せた1回しかなかった。それでも海香は自分を悲観しない。
「でもあなたの相手をするなら、わたしのほうが強いと思うよ」
「虚勢ね。まあ、いいでしょう。他のみんなも手が離せないみたいだし」
浮遊する少女が笑う。
それをじっと見ていた海香の視界が何かに遮られた。何か、突然目の前に大質量が――理解するより早く、大きな十字架が海香に向かって勢いよく落ちる。
「相手してあげるわ」
轟音が響いた。浮遊少女が発した声は海香に届かない。