vs”大人”と”男”1
最後の一分を読んで無理だっていう人はこの章を読まないことをおすすめします。
日本は秋田県。男にとっての地元でもあるそこに、店を構えたのはつい最近のことだ。
男は別に仕事を持っていたし、事務所のスタッフも全員男と共に仕事をしていた。
正確には支店というのか、派出所というのか。男が地元に愛着を持っていたからこそ設けられた特別な場所。
寂れた商店街の一角にあるそこは、店名を「少年少女相談所」という。この物語は、男と店を訪れる客たちを取り巻く日常と非日常を描くものである。
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全然客が来ない。
想定していたことではあったが、俺は退屈に耐え切れず叫びそうにすらなっていた。
「全然、客が来ない!」
結局叫んじゃったわ。
だが誰も、何も言わない。それどころかこちらに目線も向けてこない。いずれもそこそこ長い付き合いになる連中だからこそ、俺の扱い方もわかっているということか……なんか悔しい。いや、それだけじゃないな。
芙蓉は本を読んでいて俺の叫びなど聞いていないし、茉莉はタブレットでお笑い番組を見ていて俺の叫びを聞いていない。海香は奥でテレビゲームをしているから反応するだけ時間の無駄だと思っていそうだ。悲しいというか、そもそも今は営業中なんだがな。これでは客に来られても困るという話だ……従業員全員遊び惚けている相談所で何を相談するというのか。
とはいえ暇なのも確か。俺も正直、ただ意味もなく扉を見つめるのにも飽きてきたところだったりする。4月に開業してはや3ヶ月、6月も終わりに近づいた今日には見続けられた扉もきっとそろそろ嫌だと言っている。仕方のないことだと自分に言い訳をしつつスマホを取り出しアプリを起動。最近の趣味はリズムゲーム、流石に海香のように音を出す気はないが慣れてくれば画面を見るだけでもフルコンボを連発できるようになる……とそこまで考えた時、入口の開閉を告げる鈴の音が鳴った。
今日出勤予定のスタッフはここにいる者で全員だったはずだから……他にもスタッフはいるし今日絶対ここに来ないとは限らないが、入口から入ってくることはまず無いだろう。ということは、なんだ、もしかして客か? えっ寄りによってなんでこのタイミングで?
慌てて顔を上げながらスマホの電源を落とす俺の目の前に、こちらに背を向けて立つ影が加わった。
「いらっしゃい。奥の応接室にどうぞ、ゆっくりしていって頂戴ね」
数分前にゲラゲラと笑っていたとは思えないほど洗練された茉莉の笑顔が微妙に見え……いや数分じゃないな? 数秒前くらいだぞ絶対。だというのに、目の前の彼女からはダラけた気配が微塵も感じられない。ピシッと着こなしたスーツにも一切乱れが無いのはどうなっているんだろう。そして、不安げに周囲に視線を向けながら頷く一人の少女……彼女が客か。
少女が着ている制服には見覚えがある、駅の向こうの中学だったはずだ。この相談所も駅の近くにあるから距離はそれほどでもないし、この商店街を通って通学していく子もそれなりに見かける。彼女は、微妙に立ち上がりかけた態勢のまま固まっていた俺に視線を留めるとビクリと体を硬直させた。
なんだ? と思う間に視線を外される。当然茉莉も気づいたようだが、何も言ってこない限りはとマニュアル通りに進めていく……まあ、開業以来初めてのお客さんだもんな。初回から想定と全く違うことをやっても上手くいかないだろう。
茉莉が少女を案内して応接室に向かう。少女の視線は気になるが、一応所長である俺も入るべきだろうな。立ち上がり、後ろを見ると海香は音を消してゲームをしていた……いやセーブ中かな。俺らが応接室に入った後は受付に入る気があるようだしまあいいだろう。いつの間にか立ち上がりお茶を入れていた芙蓉とも合流し、応接室へ。俺は机を挟んで少女の斜め向かいに座った。
「来てすぐに奥の部屋に入れてごめんなさいね、胡散臭い名前の場所だし不安でしょう。けれど、貴女はどうも本気で何か相談したいことがあるように見えたの。違ったかしら?」
「いえ……違わないです。ありがとうございます」
びくびくした様子からは意外なほど、はっきりと少女は答えた。もう少しどもったりすると思ってたんだが……しっかりした子、という評価でいいのかね。言葉を切った茉莉が視線を向けてきたので今度は俺が話し出す。
「はじめまして。俺はこの『少年少女相談所』所長の尾崎仁です、よろしくね。いきなりで申し訳ないが俺はこの場にいないほうがいいかな? 男に聞かれたくない相談内容とかだったら言ってくれても構わないよ」
俺が話し出した瞬間に少女がまたビクリと震えたためそう言葉を続ける。初対面でそんなことを言われても遠慮してしまいそうだが、先ほどの少女の受け答えから大丈夫だろうと判断した。彼女の正面に座る茉莉が、不安そうな少女に微笑んで頷く。それを見て、少し悩んだようだったが、彼女はやがてはっきりと顔を上げた。
「いえ、聞いてください。皆さんに、迷惑をかけてしまうかもしれませんから」
「迷惑は気にしないでいいですよ。それが相談所でもあります」
私は芙蓉と言います、と自己紹介しながら少女をフォローするも、少女は首を左右に振った。
「いえ、きっと……ごめんなさい。でももう、他に頼れるところが無かったんです」
一度頭を下げてから、順番に全員の目を見る少女。俺で視線を留めて一つ大きく息を吸う。
その目に、今までの怯えた様子はもう無い。恐怖を克服した目じゃないな。これは、開き直った目だ。
「長谷部千秋、鳳中学校の3年生です。私は……長い間、強姦されています」
相談所初めての仕事は、随分とヘビーな案件になりそうだった。
直接的な描写は今後もありませんが、少女視点のお話は入りますので……申し訳ない。