覚醒①
『ギッッッッッッシャアアアアアアアアアアアアアアア!』
奇妙な鳴き声とともに、巨大蜘蛛は巨大な前脚を振り下ろす。
巨大な体躯に似合わず素早い動きだ。
怪我をしていない右脚だけで飛び退き、辛うじて避ける。
すかさず左膝の矢を力任せに引き抜き、秘蔵の最上級回復霊薬を飲み干す。
二撃目が来る頃には、左膝の回復は完了していた。
「っし、これで!」
怪我さえなければ、避けられない程の速さではない。
盗賊である俺は、敏捷性を限界まで鍛え込んである。
生半可な速さでは、俺を捉えることはできない。
……はずだった。
何度目かの攻撃を避けたところで、状況は劇的に変化する。
『ギシャシャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』
巨大蜘蛛が奇声とともに、全身から黒いガスを吹き出す。
――クン。
【嗅覚強化】で感じた臭いと、これまでの経験から瞬時に判断を下す。
この臭いなら、毒性はない。
すなわち、ただの目眩し。
しかしただの目眩しも、【気配遮断】と組み合わさる事で恐るべき力を発揮する。
【気配遮断】の特性により、巨大蜘蛛の攻撃は気配すらない。
つまり、奴の攻撃を察知できるのは――。
――クン。
それは臭いとも呼べないレベルの、微かな鼻の疼き。
半ば直感に近い感覚に突き動かされ、両手に持った短剣を動かす。
『ガキンッ』
確かな手応えと、受け流しに成功した音。
両手の痺れる感覚に、少しでも受け損なえば死ぬ事を確信する。
一撃目は防御に成功した。
だが視界も気配もない状況で、頼れるのは不確かな嗅覚だけ。
あと何回、成功できる?
失敗すれば即、死。
例え成功し続けたとしても、反撃の目は見えない。
それでも。
「……やってやる」
何回でも、何百回でも。
奴の攻撃を凌ぎ続けてみせる。
まずは、そこからだ。
あいつらが外れスキルと言った【嗅覚強化】。
たとえ不確かでも。
俺は、俺だけは。
俺自身のこの力を……信じる。
「――何度でもこいっ!!!」
✳︎ ✳︎ ✳︎
どれほどの時間が流れただろうか。
何度、奴の攻撃を凌いだだろうか。
不思議な感覚だ。
一撃を凌ぐ度に、意識が澄み渡る。
微かだった鼻の疼きが、確かな感触に変わる。
極限状態での集中が、感覚を研ぎ澄ましていく。
(――見える)
今でも巨大蜘蛛は黒いガスを出し続けており、視界は黒く塞がれている。
それでも、俺は奴の存在を毛の一本一本まで感じることが出来た。
まるで見えているように――いや、目で見る以上に明瞭に。
(――来る)
今や奴の攻撃を短剣で弾く必要はない。
奴がどこに、どのように攻撃を仕掛けてくるか。
手に取るようにわかる、感じる。
鼻の疼きが、一瞬後の攻撃を教えてくれる。
俺はただ、攻撃が来ない位置に最低限の回避をするだけで良い。
(――わかる)
奴の体表は強固な皮に覆われている。
短剣なんかでは到底傷を付ける事すら叶わない、そんな皮に。
だが、俺にはわかる。
皮の薄い部分が、急所が、癒え切っていない古傷が。
どこをどう切れば、容易に切り裂けるのか。
それが、臭う。
「ああ、やろう」
わかる。
研ぎ澄まされた俺の能力が、覚醒を始めている。
「いこう」
俺は今。
――人間の限界を超える。
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