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追放、破滅、そして……①

 その日の探索はどうにも……きな臭かった(・・・・・・)


「おい負け犬! 何をトロトロしてんだ! さっさと進め!」


 アンドリューが罵声を浴びせながら、俺の背中を蹴り飛ばす。

 くっ、痛い……が、それよりも。


「す、少し待ってくれアンドリュー。この先からなんだか嫌な臭いが……」


「ああっ!? 口答えするんじゃねえよ! 黙って俺の言うことを聞いてれば良いんだよ!」


 ダメだ、取りつく島がない。

 確かにここまでのダンジョン探索では特にトラブルは起きなかった。

 階層的には安全マージンは十分に取っているし、出てくるモンスターも事前情報にある通りだった。

 危なげなくモンスターを倒し、順調にマッピングを進めてきたわけだが……。


(いや、どうも順調すぎる(・・・)。それにーー妙に鼻がうずく。慎重に進まなければ……)


 だが、そんな風に感じているのはどうも俺だけのようだ。


「何をもたもたしていますの? さっさと進んでくださいな」


 最近パーティーに加入したミルティが不満を言っている。

 弓手アーチャーである彼女は弓矢を背負い、軽量の革鎧に身を包んでいる。

 鎧の上からでもわかる出るとこの出たスタイルと、目鼻立ちの際立った顔立ち、美しい金髪。

 街を歩けば十人が十人、彼女を振り返る。そんな容姿をしている。


 そして忌々(いまいま)しいことに、最近のアンドリューは彼女に鼻の下を伸ばしっぱなしだ。


「ごめんなあ、ミルティちゃん。このクソ犬がビビってんだよ! ろくに役に立たないくせに足だけは引っ張りやがる!」


 思わず口から反論が出そうになるが、唇を噛み締めて堪える。

 俺が役に立っていない、なんてことはありえない。

 盗賊シーフとしての役目は人並み以上にこなしている。

 確かに戦闘ではそれほど役に立っていないが……戦闘は本来の盗賊シーフの役割ではない。


 昔は、ミルティがパーティーに入るまでは、こんなことはなかった。

 元からアンドリューは横柄で、高圧的で、他人の意見は聞かないが何かあれば他人のせいにする男だった。

 ウマが合うと思ったことは無い。

 それでも、意味もなく俺を侮辱することはなかった。

 戦士ファイターとして、パーティリーダーとして、一応の役目は果たしていた。


 決定的におかしくなったのは、ミルティをパーティーに入れてからだ。


「ふんっ、【気配察知】に異常はありませんわ。無能は黙って進めば良いのよ!」


「だよねえ〜ミルティちゃん。 オラっ、さっさと進め! お前の【嗅覚強化】とかいう外れスキルは何のあてにもならないんだからなあ! また報酬減らされたいのか!」


 パーティーには他に僧侶プリースト魔術師ウィザードもいるが、こいつらはアンドリューの腰巾着だ。

 ニヤニヤ笑っているか、尻馬に乗って俺をバカにするか。いずれにせよ、このパーティーに俺の意見を聞く人間はいない。


「……わかったよ」


 相手に話を聞く気がない以上、これ以上の言い争いは無駄だ。

 そう判断して、渋々ながら前進を再開する。


 索敵において、ミルティが持つ【気配察知】は【嗅覚強化】の上位互換と言われているスキルだ。

 ただでさえ、一般的に【嗅覚強化】は感覚センス系スキルの中でも一番の外れ扱いされている。

 さらに上位互換スキルを持つミルティがパーティーに入ったことで、完全に俺は無能扱いされていた。


(クソがっ! 別に【気配察知】だって万能なスキルじゃない。実際には【嗅覚強化】の方が優れてる部分もある。例えば……)


 内心で毒づきながらもダンジョンの通路を進んでいくと、やがて大きな扉にたどり着いた。

 すかさず【気配察知】を使ったミルティが提案する。


「扉の中に敵の気配はありませんわ。宝箱部屋か安全部屋セイフティーエリアでしょうね。さっさと中に入りましょう」


 だが、俺は彼女の意見に反対だった。

 扉に近づくに連れて、鼻のうずきがどんどん酷くなっていたのだ。


「待ってくれ、アンドリュー。やっぱり悪い予感がする。せめて扉を少し開けて、臭いを嗅いでから……」


「だからお前の意見なんて聞いてないって言ってるだろうが、キバ!」


 アンドリューは俺の名前を叫びながら、思いっきり右頬を殴りつけてきた。


「っ痛!」


 思わず声が漏れる。

 警戒していれば簡単に避けられる程度のパンチだが、今のは完全に不意打ちだった。

 まさか……仲間に本気で殴りつけてくるとは。


 そうして俺が目を白黒させているうちに、事態はさらに最悪な方向に進んでいた。


「そんなに心配ならなあ!』


 アンドリューは何やら喚きながら扉を一気に押し開け、


「お前がその身で、」


 俺の襟首を掴み、


「中を確かめてこいよ!」


 俺の身体を、力任せに部屋の中に投げ込んだ。


「なっ!」


 いまだ混乱から立ち直っていなかった俺は、なすがままに投げ飛ばされる。

 

(この――馬鹿力が!)


 軽く五十歩分くらいは飛ばされただろうか。

 無様にもゴロゴロと転がりながら床に投げ出された俺は、気がつけば部屋の中央部付近にたどり着いていた。


「痛ててて……ん?」


 しかし……俺には殴られた痛みも、投げられた混乱も、癒す時間はなかった。

 扉を開ける前から微かに感じていた、嫌な臭い。

 その臭いが部屋の中には、むせ返るほど充満している。


『ギチチチチチチチチチチチチチチチチチチギチチチチチチチチチチチチチチチチチチ』


 頭上から聞こえる音に目を向ければ、そこには信じ難い光景が広がっていた。


「……嘘だろ、おい」


 鈍く光る鋭利な八本の脚。

 見渡すほどの禍々しい体躯。

 毒々しく、真紅に輝く複眼。

 天井に貼り付いているその巨大な蜘蛛の胴体には、人面のような奇妙な紋様が浮かんでいる。


 なぜこんな浅い階層に、とか。

 はやく逃げなくては、とか。

 そんな思考よりも先に、俺はこう思った。


 ああ、この臭いは。

 死の臭い(・・・・)なのだと。




 ♢♢♢




 禍々しきその蜘蛛の名はアトラク=ナクア。

 最悪の特定災害級魔獣(モンスター)の一角。

 推定危険度:測定不能

 推奨討伐人数:一個師団規模


 保有特性――【気配遮断】


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