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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

輪廻転生~比良坂駅~

作者: 横溝周一郎

 「最悪........。」

 会社を私は解雇された。不当解雇だ...。


 理由はパワハラだって。セクハラ、パワハラ、モラハラ、今はハラハラ五月蠅いんだよ。「こらっ!!」って一言いえばハラスメントなの?若ければ正義なの?可愛ければ正義なの?コネがあれば正義なの?貴重な新人だから大切にしなきゃいけないの?馬鹿言わないで!


 指導の結果が、私の華々しいキャリアに終止符を打つ結果になるとはね...。女性初の営業部長、将来安泰なキャリアウーマン。順風満帆だったのに。どの顔下げて、帰ればいいの...。


 私は夫を尻に敷いていた。子供の、娘の躾も厳しかったと思う。テストの点数が悪ければ、交友関係を無理やり断ち切らせた。


 でも、あれはやり過ぎたかしら。塾のテストの点数が悪かった迎え盆の日、私は大事なプロジェクトが馬鹿な部下のせいで頓挫しかけてしまいイライラしていた。加えて娘のテストの点数。私の中で何かが切れて、娘が家族のように大事にしていた猫のルナを捨てた。娘は泣きじゃくった。だけど私は「お前が馬鹿だからどんどん友達がいなくなるのよ」って言い放った。


 その後の事は知らない。

 

 最近はやりのストロング系飲料を買って、電車の中で飲んだ。飲み続けた。一刻も早く、嫌な事を忘れたかった。酒はそんなに強くない。なのに手が止まらない。アルコールが回っていくにつれて、瞼が重くなるのが見えた。


 「あーあ、もう死にたいわよ。」


 と、冗談を一言呟いた所で私は潰れた。


 何駅ぐらい停まったのかな。電車が止まった。


 「比良坂駅?」どこかで聞いたことがあるフレーズだけど、聞いた事がない駅だった。


 乗客は誰もいなかった。終点だったのかしら。


 「とりあえず、降りよう。」


 ベンチに座ってあたりを見わわすと、注連縄の巻き付いた苔の生えた石。破れた広告が無造作にぶら下がっていて、辺りはどんよりとした風景だった。

 

 「都市伝説の駅にでもついたのかしら?」

 

 ほろ酔い気分で私は、ふっと笑って見せた。すると、足元を何やら毛むくじゃらの物体が通るのが感じ取れた。足元に目をやると、そこには見覚えのあるクロネコがいた。


 「久しぶりね。」

 クロネコが喋った。私は驚愕しながら、冷静さを取り戻すために少し米神を触った。

 夢.......、そうよ。これは夢よ。猫が喋るわけない。

 と、考えを纏めているとクロネコが座って顔を見つめながらもう一度声を掛けて来た。

 「夢じゃなくってよ、ママ。」じっと見つめる顔、白交じりの黒猫。頭の三日月の様な模様。

 「ル......、ルナ?」

 「そうよ。」


 ルナ、セーラームーンが好きだった娘がつけた名前。それに反応する、珍しい模様の黒猫。間違いない。


 走馬灯の様に浮かんだ、娘を戒める為に捨てたあの日を。ルナを守るように抱きしめる娘から無理やり取り上げて車に乗り、わんわんと泣き叫ぶ娘をしり目に山の中へ車を走らせて、ルナが出てこないようにダンボールをしっかり閉じて、そのダンボールを雨の降る夜空の下に捨てたのだ。


 ああ、確かに最初に娘が満面の笑みでルナを拾って来た時は少なからず微笑ましいと思った。だけど、生来猫があまり好きではなかった。勉強する娘に代わってする猫の世話が、苦行でしかなかった。重要な仕事を日夜請け負う私が、どうしてこんな事しなければならないのと、足元に近づくルナを見るたびにいらしらしたものだった。

 

 「どうしたのママ?浮かない顔して。」

 「本当にルナ?」

 「当たり前でしょ、こんな模様の猫なんてそうそういないわよ。」

 私は酔いが一気に覚め、しゃがみ込んでルナに言った。

 「無事だったのね....。」

 「憎まれっ子世に憚るってね。」

 「皮肉?」

 「んで?どうしたの?浮かない顔して?」

 「くっ.........。」

 

 私は言葉に詰まった。猫風情に、私の現状を語った所でどうにもならない。恥の上塗りだからだ。

 「言えないの?そうよね、プライドの高いママだもの。クビになったなんて言えないわよね。」

 「な...。」

 「何でわかるのって思ったでしょ?」

 「べ.....、別に。」

 「何でも御見通しよ。でも傑作よね、あれだけ会社に貢献してきたママがクビなんてね。フフフ。」

 笑ってる、喋ってる、アニメのCGみたいに...。悔しい....、何で猫風情に馬鹿にされなきゃいけないの?

 「愛がないからよ、ママには。」

 「う、五月蠅い!!」

 と、缶をルナに投げつけた。ルナはぴょんと後ろに飛んで避けた。

 「あんたなんかに何が解るの!!ただ飯食って寝てるだけのケダモノのくせに!!アンタなんか捨てて正解だったわ!!あんたなんか拾ってきたあの子はホント馬鹿よ!あんたが馬鹿にしたのよ、この疫病神!!」と、私はルナを怒鳴り散らした。

 すると、じっと見つめてルナは言った。

 「やっぱり.....、変わってないわね。」

 「何よ......。」

 「変わってたら、諦めようって思ってたのになあ.....。」

 「何なのよ!!」

 「ママ、ここが何処だか解ってるの?」

 「知らないわよ!」

 すると、ルナは再びケタケタと笑い始めた。

 「何よ、何が可笑しいのよ!!?」

 「ここはね、比良坂駅。」

 「ひらさかえき?」

 「解らない?あの世の事よ?」

 

 「あの世?」

 そうか、比良坂駅って黄泉比良坂の比良坂ってことか。いや、ちょっと待って!!何で私があの世にいるの?

 「気になってるでしょ?送り盆の二時に電車に乗って寝ると、到着することが出来るの。ここは、あの世よ。」

 「と言う事は...。」

 「お察しの通り、私は死んだの....。つまり、私は幽霊って事よ....。」

 「え.......。」

 「野生に慣れてない猫が山の中に捨てられて、生きていける訳無いじゃない。あの日、お腹が空いてうろうろしていた所を、電車に轢かれて死んだの。痛かったわ...、苦しかったわ...、もっと生きたかったのに....。」

 てくてくと近づくルナには、底知れぬ殺気が感じ取れた。

 「ママのせいよ....。」

 「え....。」

 じっと私を見つめながら、近づいてくるルナ。

 「ねえ知ってる?比良坂駅の秘密。」

 「し、知らないわよ!!」

 「上りはあの世、下りは転生。下りに乗れば、もう一度生き返ることが出来るのよ。いい行いをした魂のみね....。」

 「え....え.......。」

 「私は何もしてないのに捨てられたんだし、前世でも悪い事はしてないし。あの世でも、立派に勤め上げたから閻魔様がお許しになったのよ....。」

 と、淡々と述べるルナはどんどんと大きくなった。

 「私....、人間になりたいの。動物の霊が人間になる、その為には人間の体が必要なのよ......。」

 「も.....、もしかして.......。」

 「ちょうだい....?」

 「こ、来ないで....!」

 「ママの体、ちょうだい.....?人間の体、ちょうだい.....?」

 

 殺される.......!逃げなきゃ


 後ろを見ると、辺り一面真っ暗だった。


 「ま、待ってよ!何で私なの!?他の体貰えばいいじゃない!!」


 「だって、リンちゃんが可哀想なんだもの.....。」

 

 「凛子(りんこ)が?」

 「ええ、少しばかり成績が下がったくらいでまるで犯罪者みたいに叱り飛ばして・・・。風邪を引いているのに叩き起こされて徹夜で勉強......。その結果がどう?友達は離れて行って、学校で虐められていたのよ...。貴女、知ってる?」

 「そ....、そんな.....。私は、あの子の将来の為に。」

 「だいたいみんなそう言って、自分を正統化するのよね...。」

 「うっ...。」

 

 「あんたは、母親失格よ....。」


 「そ、そんな.......。」


 「だから私があんたになって、リンちゃんの優しいママになるの。今のリンちゃんには、まだまだママの愛が必要だからね...。」


 淡々と述べるルナ、すると奥から電車の音がした。


 「そろそろ、下りが来る時間ね.....。」

 「た、助けて....。ごめんね、私が悪かったわ!いや.....、許して......、助けて!!!」

 「私も、出してっ!出してっ!て何度も段ボールの中から言ったのよ?なのに貴女は捨てた.....。そして、私は死んだ!」

 「こ...こ...、来ないで。」

 キラリと電車の光が見えた。下り、転生の電車。これに乗れば、私は助かる!と思った時、ルナがとびかかって来た

 「死ね!!」


 私は、猫とは思えない力で押されると線路に落ちた。どんどんと近づく電車、「死ぬ!」と思った瞬間。


 「いやああああああああ!!!」


 無力な悲鳴は電車の音に飲み込まれ、グチャリと言う体が潰される生々しい音と共に電車が自分を引くのが感じ取れた、一瞬激痛が走ったところで私の目の前は真っ暗になった。

 

 もう一度目が明くと、電車に轢かれ、四肢は四方八方にちぎれ飛び、肉片になった自分の姿があった。

 吹き飛んだ私の腕に、ルナは近づいた。

 

 「ふふふ、貴女の体貰うわね。」と、ルナは私のちぎれた腕に近づき噛みついた。食べてる....、ぐちゃぐちゃと音を出して、私の腕を食べてる.....。


一口二口食べ、口の周りが血で汚れまるで口紅でも塗ったかの様に真っ赤になったところでルナの動きが止まった。そして、えさを食べた後の腹ごなしでもするかのように二三歩あるきだした所で、もう一度動きが止まった。


 そして、徐々にルナは立ち上がりまさにファンタジーのキャラクターの様に二足歩行になった。そして、ルナはこま回しで再生されている人類の進化のイラストの様な動きで少しづつ進化して行った。


 そして、頭から長い髪の毛が生え、体と四肢が伸び、肉球が消えて人間の手の形になり、鼻は段々と高くなり、長い髭の生えた口は消えてぷっくりとした人間の唇になり、段々と人型になっていくのが見えた。人型になり終えたその姿は・・・・


 「私?」間違いない、凝った化粧を施した顔、クリーム色のスーツ、茶髪の長髪、口元の黒子。私だ....。


 この動きを一通り見た時、私は察した。私は死んだ・・・。ルナは私になったんだ、私はルナに体を乗っ取られたんだ...。

 

 完全に私の方だになったルナは「さよなら、ママ。」と、私を見て手を振り、死霊が転生する事が出来る下りの電車に乗った。


 8月18日―

 「うえっ、気持ち悪い。」

 「よりによって、電車に轢かれるなんて可哀そうですね。この猫...。」

 「もうそこら中に飛び散ってるじゃないか、暫くハンバーグ喰えそうもねえな。」

 「ははは、そうですね。」

 

 あれっ?ここ、現世じゃない。あれは夢だったの?

 自分の周りを取り囲む作業着姿の男性二人、一人はゴミ袋を持っていた。

 ちょっと待って...、ここって線路。

 ハサミで拾われた猫の前足、それは見覚えがあった。

 

 中年の男と目が合った。男は言った。

 「しかしこの黒猫珍しいな、頭に三日月みたいな模様があるぞ?」

 「どっかのキャラクター見たいっすね。」

 

 ルナの特徴を聞いた私の頭によぎったのは、回収されているのは私の体の一部。えっ、待ってよ。私は空いたルナの体に入れられたって事?嫌よ!元に戻してよ!

 「うわっ!まだ若干生きてますよ!?」

 「まあ、もうじき死ぬだろうな。」

 「可哀想ですね...。」

 「おーよしよし、今度生まれ変わったときは幸せになるんだよ?」

 やめて!私は猫じゃない!!助けて!!!

 

 心中の叫びは通じるわけもなく、私はバラバラになった嘗てルナだったクロネコのバラバラ死体が入った袋に押し込められた....。


 「そっか...、私は処分されるんだ。野良猫の死体として、燃やされるんだ...。」

 これからの自分の末路が脳裏に浮かんだとき、ダンボールに押し込められたルナの姿が浮かんだ。

 

 「ここはどこ!?なんでこんなところに閉じ込めるの!?出して!出してよママ!!待って!!置いてかないで!!!」

 

 脳裏に浮かぶルナの姿。確かに人の言葉を話していた。ダンボールをひたすら引っかき、ここから出してと必死で訴えるルナの姿が浮かんでいた。

 

 その姿は、まるでルナの体に入った私と同じだった....。


 そして、ルナが私に言い放った言葉が浮かんで来た。

 

 「あんたは、母親失格よ....。」

 

 そして、娘の泣き顔とそれを慰める夫の顔が浮かんできた...。

 

 「ルナ...、あなたを一方的に攻める事は出来ないわ。全ては、私が蒔いた種だから。私は、母親失格だったわ...。私は娘を、ただ自分が完璧な母親であると言う優越感を味わう道具として扱っていたのね...。そう言えば、ずっと母親らしい事してあげてなかったなあ。ずっと私を支えてくれてた夫の事も、私はぞんざいに扱っていた...。駄目な妻、駄目な母だったわ....私...。」


 意識が薄れて来た。そうか、私はこれからまた幽霊になるんだ....。


 「あなた....ごめんなさい、凛子...ごめんね....。あなたの連れ合いとして、もう少し向き合えば良かった。凛子が好成績を収めた時はたくさん褒めてあげれば良かった、駄目だった時は何がダメだったか向き合ってあげれば良かった。そして、新しく家族になったルナの事も快く受け入れて河合がってあげれば良かった」


 残骸をすべて袋に詰め終わった業者の乗るトラックのエンジン音が聞こえた時、もう殆ど私の視界は無くなっていた...。


 そして私は、届く事の無い言葉を娘と夫に送った...。


 「新しい(ママ)と....、幸せにね....。」

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