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月姫と花騎士2  作者: 蒼井ふうろ
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§12 いざ潜入

「良いコね」



 ふわりと降り立ったブラックワイバーン、メディの頭をオリヴィアは慣れた手つきで撫でる。通常種よりも巨大な体を持つ黒竜はその鋭い眦をとろりと下げて「きゅう」と子犬のように鳴いた。眉間のあたりを軽くさすれば心地よさそうに長い尾をぱたりぱたりと振る。



「ほらルーチェ、降りていらっしゃいよ。メディは屈んでくれてるし、降りられるでしょう?」



 そうして声をかけた先、メディの翼の付け根のあたりに座り込んでいたルーシェリアはキッとオリヴィアをにらみつける。



「お、降りられるわけないだろ……! 屈んでても二メートルはあるじゃないか……!」

「二メートルくらい誤差でしょ、もう、怖がりね」



 ぶるぶると震えるルーシェリアを呆れたような目で見たオリヴィアはもう一度メディを撫でる。



「メディ、申し訳ないけどもう少しかがめる?」



 くうん。可愛らしい声で鳴いたメディは四本の足を投げ出すようにして腹を直接地面につける。所謂大の字という状態だが、それでもまだ高さはある。ルーシェリアはできる限り下を見ないようにして足を踏み出した。かくんと重力に引き寄せられる感覚がして、そのあとあたたかなものに受け止められる。



「……もう少しわたしの扱いを丁重にしても罰は当たらないと思うんだが」

「あら、“大変失礼いたしました王女殿下”」



 声色を作るオリヴィアをじとりと見やったルーシェリアはぽかりと彼女の胸を叩く。特段ダメージを与えることが出来るわけもなく、柔らかな肉に押し返されるにとどまったが。


 ルーシェリアを地面に下ろし、オリヴィアは「さて」と口を開いた。



「メディで飛べるのはここまでだわ。ノーヴィッツはトラディトールとは訳が違うもの」



 以前ルーシェリアが“軍事演習”のためにトラディトールにいたとき、彼女を迎えに行くためオリヴィアはメディで国境を越えるという荒技に出た。本来であれば不法入国もいいところで、オリヴィアがお咎めなしだったのは両国の国王が“軍事演習の一環として”同意の上だったからである。


 しかし今回は理由が違う。ルーシェリアとオリヴィアは個人的な調査のために来ているのであり、ここに王や皇帝の意思は含まれていない。隣国でありそこそこ人の行き来があるオフスダールとトラディトールのような気安さはなく、極端な話、不法入国者として撃ち落とされても文句は言えないのだ。何せ相手はあの軍事帝国と名高いノーヴィッツである。わざわざ平地ではなく着地しづらい森林地帯を選んだのはノーヴィッツ空軍の補足を免れるためでもあった。


 荷物の中から干し肉を取り出してメディに与え、しばらくこのあたりで控えているようにとオリヴィアは黒竜に告げる。再び愛らしい声を上げて鳴いたメディはオリヴィアの手から干し肉を器用に舌先で巻き取り、むしゃむしゃと咀嚼し始めた。



「メディはこの森にいてもらうわ。ホイッスルを吹いたらその方向に飛ぶように伝えてあるから帰りも乗って帰りましょ」

「随分仕込んだんだね」

「そんなことないわよ。メディは元から頭の良い子だし、少し説明すればすぐ理解できるもの」

「ぐぎゅう」

「ほらね」



 大きな頭をオリヴィアの肩口あたりにぐりぐりと押しつけた後、メディはルーシェリアに対しても同様に頭を押しつける。飼い慣らされたロルフが同じような行動をすることはあるが如何せん巨大なメディの頭である。よろめいたルーシェリアの背をオリヴィアは慌てて支え、メディに待てと指示を出した。大人しく動きを止めたメディにそれ以上言葉を続けることもできず、ルーシェリアはため息をつく。



「……それで? どこからいこうか」



 一拍開けてルーシェリアがそう聞けば、オリヴィアはにやりと笑った。普段であれば自分のほうが浮かべていそうなその“悪だくみをしています”と言いたげな顔にルーシェリアは一歩退く。


 彼女にじり、と距離を詰めてオリヴィアはあるものをメディの背中から降ろした。大きな包みだ。硬く縛られたその布の口を開き、中身を取り出したオリヴィアはまたにやりと笑みを深める。



「あら、どこから行くかはあとで決めればいいじゃない。東方では“ゴーニイッテハゴーニシタガエ”っていう言葉があるそうよ?」

「まさかとは思うけど」

「わかりやすく置き換えるのであれば“ノーヴィッツに入ればノーヴィッツに従え”。向こうの風土に合わせたものに着替えるのは、至極当然よね? 用意周到だって褒めてほしいくらいだわ」



 オリヴィアは歌うように言いながら取り出した布を――ノーヴィッツの人々が着ているような服をルーシェリアに見せる。いつかの城下町での一幕を思い出したルーシェリアはこめかみのあたりが痛むのを感じた。


 ああ、そういえばこの女。



「さ、ルーチェ? お着替えの時間よ」



 普段デレないくせに、自分を着せ替え人形にすることだけは大好きなのだった。








§12 いざ潜入








 街を行く男たちの視線がついっと一点に集中する。頬を赤らめている者、値踏みするような眼で見る者、反応自体はさまざまであったが、誰もかれもが彼女に目を奪われているという事実はゆるぎない。


 彼女は妙齢の女性に見えた。レースのふんだんにあしらわれた白いワンピースからちらりと覗くその胸元にはストーンを一つだけはめ込んだ華奢なネックレスがぶら下がっている。豊かな黒髪を緩やかに編み込んだその髪型はややともすれば地味に映るが、しかし、彼女の清楚な服装と合わせて見てみるとこの上なく調和しているように見えた。その立ち居振る舞いは貴族の令嬢を彷彿とさせる。


 彼女はふと男たちからの視線に気づいたらしく、恥ずかし気につば広の帽子の中へその微笑みを沈めた。その恥じ入り方というものはもはや一級品である。庇護欲と支配欲、そのどちらをも的確に刺激してくるその動作に男たちは思わずごくりと生唾を飲んだ。



「ルーチェ」



 そんな彼女の名前を呼ぶハスキーな人物に男たちの視線が向く。この美人を愛称で呼ぶなど、なんという不届き者か。そんな感情を込めた怒りの目線は、しかしこれも失速する。


 中性的な顔立ちではあるが、鍛えられた肢体を見るに細身の男性のように見える。オフホワイトの薄手のニットにグレーの細身のパンツを合わせたその姿はシンプルながらどことなくしゃれた雰囲気を感じさせた。夕日のような色の髪を頭高に束ね、星のような瞳はぎらりと女性に視線を向けた男たちに向けられている。男たちは一瞬不快感を感じるが、その顔があまりにも整っていたので不満が口から出ることはなかった。


 なるほど、美しい女の隣には美しい男がいるものなのだ。諦めに近い納得が男たちの目線を走っていく。



「リヴィ、困るわ。そんなむやみやたらに皆さんに怖い顔をしてはだめ……」

「君に色目を使うのが悪いよ」



 リヴィと呼ばれた男性は不満げに鼻を鳴らすとルーチェと呼んだ女性の手を取った。溜息をひとつついたルーチェは「ごめんなさい、この人、見境がなくって」と男たちに向かって頭を下げる。



「ああいや……嬢ちゃんのツレか?」

「あ、いえ……その、旦那様、ですの」



 頬を赤らめて視線を下にむけたその様子に釣られて若い男たちの頬も赤くなる。それを面白くなさそうな様子で見ていたリヴィはその後ろ、初心な女の一挙一動で赤面するほど若くはない男たちに目線を向ける。



「アンタらさ、この辺に住んでる人?」

「ア? ああ、そうだが」

「そーなんだ。俺たちノトスのほうから来たんだ。ノーヴィスは初めてなんだけどさ、面白い話を聞いたもんだから仕事になるかと思って」



 そういいながらリヴィは小さな紙を放る。それは美しい色味の名刺であり、「フリーライター リヴィ・トルマス」と銘打ってあった。男たちはその名刺を物珍しそうに見ていた。確かに軍事に重きをおくノーヴィッツでこのような芸術品は珍しかろう。



「ノトスとはいえ、うちでライターは厳しかろ」

「あー、まあうだつの上がんない仕事ではあるよ。禁制もあるしな」



 へらりとリヴィは笑う。笑った顔は幾分か幼く見えた。


 彼の言う禁制とはノーヴィッツ帝国にいくつかある規制事項のことで、そのうちの一つに表現規制があるのだ。有り体に言えば、国家にとって望ましくない表現があると見なされれば大衆の目に触れる前に闇に葬られるのである。同様の規則を設けている国家は他にもいくつか存在するが、ノーヴィッツほど厳格に規制が敷かれている国も珍しかった。


 そんな国で、辺境のノトス地方とはいえフリーのライターをしているとは。若く美しい男の境遇にいくらか興味がわく。ましてや、そんな男がわざわざ規制の波をかいくぐって首都のノーヴィスまでやってくるほどの“面白い話”とあれば自然と関心が向いた。



「へえ……いったいどんな話を聞いたんだい」



 とうとう一人の男が耐えきれなくなったようにそう聞いた。リヴィは間髪入れず、「いやあ不確定情報だし、もし本当だとしたら大事だしなあ」ともったいぶる。期待感を高めるだけ高めておいて肩透かしを食らわせるようなリヴィの語り口に男たちは焦れたように目線を向ける。なんなら懐に手を入れて財布に触れているものもいる。表現規制の厳しいこの国でわざわざライターが探しに来るようなものは金を出さないと聞けないのかもしれない。一種憐憫にも似た感情を抱きながらリヴィは言葉を続ける。



「おっと、金を出そうとはしないでくれよ。なんせ俺たちはあんたたちに協力してもらう側の人間なんだからね」

「なに……?」

「ルーチェ、あれ出せ」



 幾分かぞんざいな態度で名前を呼ばれたルーチェはおどおどとした様子で懐から財布を取り出す。古びた財布から硬貨を数枚取り出し、リヴィに手渡せば彼は男たちの一人にそれを握らせた。



「情報料だよ。なに、あんたらの出してくれる情報が記事になりゃもう少し渡せるんだが、あいにく手持ちがこんだけしかなくてね」



 ルーチェのもの言いたげな目を無視してリヴィは言葉を続ける。硬貨とはいえ数えてみれば数人で分けても丸一日は遊んでいられそうなくらいの額がある。いぶかしげな眼を向ける男たちにリヴィは悪びれることもなく「おいおい、情報規制があるこの国でライターやるなら相手に口止め料渡すくらい普通だろ?」と言い放った。そのあまりにもあっけらかんとした様子に男たちは一瞬言葉を失い、禁制を破って活動するライターというやつはこんなにも大胆不敵なのかと変なところで納得してしまった。雰囲気にのまれたのかもしれない。



「いったい、あんたがそこまでして追う情報ってのは……俺たちで答えられるもんなのかい?」

「へへ、乗り気たぁ話が分かるじゃん。それはな……」



 男たちの耳元にぐっと口元を寄せ、リヴィは囁くようにその単語を落とした。



「あんたら、“聖女様”って知ってるか?」



 その言葉に男たちは一瞬身を固くしたが、しばらくしてニヤリ、と笑う。そうしてリヴィの手をぐっと握り、さらに笑みを濃くした。


 交渉成立である。







「ルーチェ、何怒ってんのよ」



 町外れ、小高い丘の上である。木々に凭れたリヴィ――男装したオリヴィアの言葉にルーチェ――変装したルーシェリアは無言を返す。肩をすくめたオリヴィアは紙の束を取り出すと何ごとかをさらさらと書き綴った。流れるような美しい文字が並ぶ。識字率が極めて高く、公教育が行き届いているオフスダールでもここまで美しい文字を書くのは平民生まれでは珍しい。ルーシェリアはぼそりと「その文字」と呟いた。



「そんな文字書いてたら、変装した意味なんかないんじゃないのかい」

「え? ああ、大丈夫よ。勝手に貴族の末子の道楽だと思ってくれたみたいだし」



 もう、なんなの?


 ぐずる子供をあやす母親じみた声色でオリヴィアは言う。それに答えることもなくルーシェリアはそっぽを向いた。


 オリヴィアが男女を問わず他者に魅力を感じさせるタイプの人間だと言うことは重々承知の上だが、いくらなんでも初めて会った男に手を握らせるというのはいただけない。そもそも何故わざわざ男装する必要があったのか。それならば以前オフスダールの街を歩いたときのようにルーシェリアを男装させた方がそれらしく見えただろうに。オリヴィアが男装をするとそこはかとなく性別を超えた色気のようなものが滲んで、それもルーシェリアが腹を立てているポイントの一つだった。いつもいたずらに周りを誘惑するなと口を酸っぱくして言っているのに、この騎士はまともに指示を聞いたことがないのである。


 なんなの、はこちらの台詞だ。男装した恋人が性別を欺いてなお人を引きつけるのが腹立たしいと言うに。



「……首尾は」



 しかし悲しいかな、ルーシェリアはそういった類いを前面に出して聞くほどの器は持ち合わせていない。仕方が無いので仕事の話を振った。オリヴィアはああ、と頷いてもう一度紙束をめくる。



「街の人間の中ではわりと周知の事実みたいね。というより、あの第一皇子……パトリック殿下が国中にお触れを出したみたいだから、きっと数日の内に国内中の人が知ることになるでしょう」

「まあ、神聖視すべき者を旗にしておけば嫌でも士気は上がるだろうしね」

「そうね。彼らは私たちが国の外れから来たのにそれを知っていたからあんなに驚いてたみたい。けれど……情報量としては私たちとどっこいどっこいみたいね」



 ため息を一つ落としてオリヴィアはルーシェリアに調査書を渡す。確かに彼らの話では「聖女と呼ばれる異世界からパトリック第一皇子が召喚した女性がノーヴィッツにいる」以上の情報を得ることは出来なかった。絶世の美女らしい、鈴を転がすような美しい声で話すらしい……といった噂話も出たが、転写によって彼女の情報を得ているルーシェリアからすればキンキンうるさいだけの小娘である。何が聖女か、と鼻で笑いそうになってオリヴィアに脇腹を軽くつねられたほどだ。



「不思議な衣服とか、そういったことに関する情報はなかったんだね」

「ええ、そもそも彼らは聖女の姿を見てすらいないの。聖女がああいった姿でああいった声で話すというのは、おそらくノーヴィッツの中でもごく僅か……アレクザンドラ陛下、パトリック殿下、殿下の直属の部下たち……そういった人ぐらいじゃないかしら」



 ふむ。ルーシェリアは考え込む。限られた人間しか持たない情報を引き出すというのは存外骨が折れる。広まった後ならいざ知らず、最初の一人というのはどうしても足がつきやすいのだ。ましてや他国からそのような情報を引き出そうとした形跡などが見つかれば、開戦の火種となってもおかしくない。大国たるオフスダールがそう易々と戦で負けるとは思っていないが、相手はあの軍事国家ノーヴィッツであり、無益な戦闘であれば避けて通りたいというのが本音である。


 ではどうするか。情報がどこかから漏れるのを待つか、それとも大人しくシャドウたちからの報告を待つか。しかし報告を大人しく待っているのであれば、こんな風にわざわざノーヴィッツにやってきた意味が無い。収穫のない潜入ほどつまらないものもないだろう。



「実際に殿下本人に会うくらいかな……聖女の話を国に触れたと言うのなら、オフスダールから正式に伺いを立てるのも良いだろう。それならわたしも同席できるし、パトリック殿下の口ぶりなら話したくて仕方が無いと言った具合じゃないか?」



 名案と言いたげな表情でルーシェリアは提案したが、それを聞いたオリヴィアの顔は渋い。人目がね、と呟いた彼女の言葉にルーシェリアも気づき、頷いた。


 仮にも騙し合いの園を生きる皇族である。第三者の目があるところに“人間よりも高い魔力を有し”、“ノーヴィッツをさらに栄えさせてくれる”ような人間をそう易々と連れてくるかどうか。聖女がこの世界や国に関して無知だと言うことを認識しているのなら、他国に政治利用されることも考えるだろう。転写で見た限りだが、利敵行為を利敵行為と分からずやってのけそうなタイプでもある。



「ただそうね、ルーチェの案が駄目となると、あとはどこから手をつければ良いのか……」



 ふう、と憂い顔でオリヴィアが呟く。


 次の瞬間、カサ、という僅かに葉が擦れるような音がオリヴィアの鼓膜を揺らした。ルーシェリアの前方、オリヴィアの後方が音の発生源らしい。声に出さずルーシェリアを背後にかばいながらオリヴィアは腿のあたりに忍ばせていた短剣の柄を握る。すわ敵襲か、それとも。緊張が場を支配し、そして。



「ふわぁ、どうしてこんな所に人がいるんですかぁ?」



 間の抜けたような声に一瞬、全ての緊張感が持って行かれそうになる。


 オリヴィアとルーシェリアの見つめる先、茂みの奥から一人の女性が顔を覗かせた。


 彼女は何の変哲も無い少女のように見えた。肩ほどまでの黒髪には意匠を凝らした髪飾りがつけられており、ノーヴィッツの魔術師が着るようなローブを着せられていたが、その顔には確かに見覚えがある。オリヴィアの背中にかばわれたルーシェリアは思わず手に力がこもるのを感じた。



(聖女……!)



 こんな偶然はできすぎている。オリヴィアは瞬時に周囲に意識を向けた。あたりに誰かが潜んでいて、怪しげだという理由で自分たちをつけていたのではないかと警戒したのだ。


 しかし、待てど暮らせど第三者が出てくることはない。殺気はおろか人気すらなかった。



「だれぇ?」



 きょとり、と首をかしげる聖女の様子はわざとらしさこそあれ、に嘘をついたり過剰に警戒したりしている様子はない。それどころか、こちらを見て――いや、オリヴィアを見てキラキラと目を輝かせている。



「い、イケメンだぁ……!」

「いけ……?」



 呆気にとられるオリヴィアのもとにずいずいと近寄ってきた聖女は鼻息も荒くオリヴィアの手を掴む。その不躾さは確かに転写で見たときと変わらず、彼女が聖女本人であろうという大変不名誉な証拠のようにも思えた。



「初めまして、わたし、ノーヴィッツの聖女のマリアです! お兄さん、お名前は?」



 オリヴィアを熱い視線で見つめながら聖女マリアは早口でそう告げた。お兄さんと言われていることから彼女がこの男装に気づいていないことは分かったが、しかしあまりの勢いに思わずたじろいでしまう。


 キラキラというよりギラギラとした目がオリヴィアを射貫く。それを後ろから見ていたルーシェリアは嫌な予感が背中を駆け上っていくのを感じた。所謂悪寒、というものなのだが。



「おれ、は……」



 まずいと思った。ルーシェリアは聖女の浮かべるあの表情に、あの熱視線に心当たりがある。オフスダールの城内でもたまにオリヴィアにたいして向けられている目線なのだから、間違うはずもないだろう。


 あれは、恋情だ。ちょうど聖女くらいの年齢のメイドたちはオリヴィアが女性だと分かっていてもああいう目を向ける。ましてや男装し、異性に見えているのであればなおのこと心惹かれることもあるのではないだろうか。具合が悪いことに、彼女が周りを引きつけるのは何も整った見た目だけを要因としているわけではない。



「俺は、リヴィと申します」



 オリヴィアは咄嗟に先ほどまで演じていた役――ライターのリヴィとして振る舞うことを決めたらしい。そこまでは良い。聖女本人から内部に関する話を聞けるのであればこれほどにないチャンスであるし、そのために彼女の勘違いを利用するのはある意味正攻法とも言えるだろう。




「お初にお目にかかります――麗しき聖女様」




 ただ唯一の問題は。



「う、麗しき……!」



 オリヴィアは言葉選びがいちいち、夢見がちな年齢の少女たちを本気で惚れ込ませてしまうようなものになるのだ。


 ああ、嵐の予感がする。


 蕩けるような目をした聖女を見てルーシェリアは頭を抱えることになったのだった。


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