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失敗した転生

 意識が戻った俺がまぶたを徐々に開け、まず視界に入ったのは、丸テーブルを取り囲んで議論する白衣のおっさんたちだった。何を言っているのかは理解できない。俺の近くでは、若い女性が椅子に腰を掛け、分厚い書物を熱心に読んでいる。気がついたら連絡するように命ぜられているのだろうが、読書に夢中で俺の意識が戻ったことにはまだ気づいていない。


 丸テーブルを取り囲む白衣のおっさんたちが着ている白衣は俺が病院で目にしてきた衣服に近いが、所々の意匠がより繊細に作り込まれている。議論しているおっさんたちはいずれも髪がボサボサで、髭を伸ばした者が多いところから、医者というよりはなにかの実験をする研究者・・・といった趣が強い。


 このおっさん、もとい研究者たちは、俺の意識が戻るのを待っているように思われる。しかし、どうしてこんなに集まっているのだろう。しかも、えらく困惑した様子が見て取れる。困惑の理由は後で聞くとして、先に部屋全体を眺めてみた。見たことがない意匠や文様が壁に刻まれており、記憶の中で見たことのあるものはない。聞こえてくる言葉も理解のできないもので、まるで現実感が感じられない。


 俺は寝台から身体を起こしてみると、地面に円状の幾何学模様が刻まれているのが見てとれた。この模様、たしか頭痛と目眩の最中に見た記憶がある。ここまでに得られた情報から考えて、俺は異世界に転生したという仮説が成り立つのではないか、と考え始めていた。


 つい昨日までも、職場では世界的に頻発する「神隠し」の話題で持ちきりであった。


 神隠し。ある日突然忽然と消え失せる現象。


 その始まりは十数年前。某高校に通う学生が行方不明となったニュースが流れたのを皮切りに、世界各国で性別・人種を問わず、ある日忽然(こつぜん)と消え失せる現象が頻発するようになった。発生する場所、時間などに法則性は見つからないが、その殆どは18歳前後より若い世代を中心に発生していた。いずれも未解決事件として迷宮入り確実とされているものがほとんどである。(たまに便乗した誘拐事件もあったが、それらは犯人の痕跡があるため、いずれも解決していた)

 そんな中、作家たちはその謎を解くために、一つの仮説を唱えた。


 「彼らは異世界に転生したのではないか?」


 作家たちは自身の仮説を世に広めるため、イマジネーションをフル発揮し、各々が考えるストーリーを小説としてまとめ、世に出していった。それが「異世界転生モノ」と呼ばれるジャンルとして確立していく。曰く、「神隠し」に遭った主人公はRPGのようにステータス管理された世界へと抜ける際に肉体が転換され、異世界の原理原則の元、戦いに身を投じていくというものだ。

 この手の小説は俺もいくつか読んでいるが、大抵は主人公が最強の強さを身に着けた状態で転生するため、その後の戦いはとても優位に働く。

 主人公たちは皆いずれも幸福な生活を送っていることが綴られており、被害が続く中、「異世界転生モノ」というジャンルは徐々にではあるが確実に社会に浸透をしてきていた。

 それとともに破天荒な仮説であったはずが、何も誘拐の痕跡も見つからないことから、オカルトを好む層から徐々に支持を広げつつある。


 そんな豆知識を持っていたため、俺の中ではかなり期待が膨らんできていた。

(これまでの人生は平坦な、ごくありふれた日常生活が続くだけの、平凡なものだった。ここで”三井広明”という名を捨て、新しい人生を歩むのも悪くないかもな。)


 元々結婚もしておらず、両親も数年前に他界し、独り身である。ここから転生した違う人生が歩めるなら、それも悪くない。そんな妙な期待を込めながら、しかし俺は自分の身体に何も変化が見られない事に違和感を感じていた。

(この身体、何か変わった印象は受けないな。。。)

服装は変わっているが、手を見ても、見慣れた俺の手だ。疑問はあるが、このままでは何もわからないままだ。答えはあの研究者たちが持っているだろう。俺は身体を起こし、先ほどから読書に夢中になっている女性に話しかけてみる。


 「やぁ、おはよう。」


 今が何時かはわからないが、窓から差し込む陽光で夜ではないことはわかるので、とりあえず朝の挨拶だ。なるべく爽やかに、好青年を装って話しかけてみた。白衣の女性はビクッとして本から顔を上げると、目を見開いて俺を見た後、後ろを振り向いて背後にいる研究者たちに声をかけた。


「∂≈, ∂≈œ∑、∑∑œ¡œ ∑ƒø˚¬!(み、みなさま、意識が戻りました!)」


 後ろで行われていた喧騒のような議論はピタっと鳴り止み、全員の視線は俺に注がれている。彼らはこちらに近づいてくると、そのうちの一人の老人が口を開いた。


「ß∂ƒƒ∂∑£∂∂ƒ?(わしらの言葉がわかるかね?)」

「なぁ、今なんて言ったんだ?」


 駄目だ。先ほどの女性と同じく、この老人の言葉は分からない。困惑した表情で老人を見つめていると、今度は俺が理解できる言葉で語り始めた。


「すまぬのぅ。お主を試させてもらった。どうやらお主は転生陣の効果を受けずにこちらの世界に来てしまったようじゃの。」

「どういうことだ?」

「本来ならそこに刻まれている転生陣でお主は生まれ変わり、赤ん坊として生まれてくる予定だったのじゃ。そこに居る女性に育ててもらうためにの。しかしどうやら転生陣に不具合が生じておったようじゃの。」


先程の女性は恥ずかしそうにして(うつむ)いている。なるほど、この女性がこの場にいる理由はわかった。


「赤ん坊として生まれてくるのは、転生によって神の寵愛を受けた状態で呼び出すためじゃ。既にわしらは何人も転生陣を用いて召喚をしてきた。今回もいつもと同じように行くと思ったのじゃがな。びっくりしたぞ、赤ん坊と思って出てきたのが素っ裸の中年のおっさんだったのじゃからの。」


 ・・・あー、だからさっきから彼女が恥ずかしそうな目で見ていたのか。どうやら赤ん坊だと思って抱きかかえに来た彼女に、俺の身体の一部始終を目撃されたわけだ。そりゃ、気まずいよ。


 別世界に来たのは間違いないようだが、どうやら根本的な問題が発生しているようだ。

異世界()()ではなく、異世界()()してしまっていたようだ。妙な期待をしてしまった分、かなり落ち込んだが、次第に冷静を取り戻してきた。


 現状がわかったので、俺は老人に質問を投げかけていく。


「他にも転生してきた赤ん坊がいると言っていたが、そいつらはどうしているんだ?」

「他の者の場合は転生して数年後、生まれ持った才能によって村の養成機関に入学させる仕組みとなっておる。基本は前世の記憶を多少なりとも持った状態で生まれてくる者が殆どじゃからの。他にこの情報を知られるわけにはいかんからのぉ。」

「なるほどな。そうすると、俺はイレギュラーな存在だな。というか、そもそもここ自体がかなり怪しい組織だよな。」

「ウッ......。」


 老人と、周りのおっさんたちから嫌な汗が出てきている。外ではおおっぴらに言えない実験を繰り返しているからだろう。

 失敗した転生。それが、俺の第2の人生の始まりだった。

最初の話とくっつけたほうが良かったかも、と書いてて反省。

白衣のおっさんたちは怪しい転生を繰り返す研究者たちでした。

このやりとりは、もう暫く続きます。

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