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第7話 最悪の目覚め

 起伏の少ないのっぺりとした感触を背中に感じ、その居心地の悪さから三条は目を覚ました。


 まず目に飛び込んできたのは、あえてありふれた表現で言うなれば"見知らぬ天井"。

 構成材質は石か煉瓦か。

 上段と下段とが半ブロック分ずれる形で規則的に並べるランニングボンド方式で敷かれている。

 天井の隅──天井と壁とが接する箇所には蜘蛛の巣が張っているところもあり、また、苔むして深緑色に変色していることが、ただでさえまとわりつく様な不快感を与えてくるジメッとした空気を助長している。


 首を捻って視野を天井側から横に落とすと次に目に入った物は、何本もの金属製の棒。

 それも単に無造作にばらまかれている訳ではない。

 明らかに等間隔かつ全く同一の長さでもって視界の右から左までを貫いていた。

 三条自身が現在身体を仰向けにして首だけを捻ることでそれらを見ているということを考慮すると、それらはある一つの物にしか見えてこなくなる。


 それらは、否、それは、天井から床までを等間隔かつ一直線に貫く金属棒の集合。

 ──つまりは鉄格子。


 あるいは、罪人を社会から隔絶しつつも絶え間なく監視し続けるための檻。

 そして自分が居るのは紛れもなく内側。

 すなわち罪人側だ。


「……何が一体どうなってやがるんだ。どうして俺は牢獄に入れられてるんだよ!?」


 自分がなぜこのような状況に陥ったのかを必死に考えようとするが、情報を整理し処理しきれていないのか脳は空回りする一方で目が回るような不快感さえ覚える。

 取り敢えず上半身を起こして周囲を見回すと、自分の置かれている状況がはっきりとしてくる。

 三条が横になっていたのは布切れ一枚たりとも敷かれていない正真正銘、鉄製骨組みだけのベッドの上。

 鉄格子の内側にはそのベッドしか設けられておらず、洗面台は疎か便所すらない。

 服装は特に囚人服に着替えさせられているといったこともなく、元々の衣装のままであり、持ち物が没収されているなんてこと──といっても三条が持ち歩いていたものはエンブレムくらいのものだが──もない。

 むしろ逆に持ち物が一つ増えていたくらいだ。

 と言うのも、彼の右手首には訳の分からない文字のような文様の刻まれたブレスレットが付けられていたのである。


 何か魔術的な力が働いているのか。

 右腕を動かすとその動きに合わせてブレスレットは振動し腕を移動するのだが決して外れることはなく、加えて、左手を用いて外そうとすると指先の方向にも肩のある方向にすらビクともしなくなる。

 さながらファンタジー物のRPGに出てくる呪いの腕輪といったところだ。


 ここまで周囲の状況を分析したことで自分が投獄されている理由が薄らと見えてきた。


「……そうか、俺は女の子を助けようとして、魔魂(アルマ)を使ったところで狙撃されたんだったな」


 少女の安否や、その子に切りかかろうとしていた大柄の男の正体、誰から狙撃されたのかなど気になることは山程あるのだが、取り敢えず間近の目標としては。


「まずはどうやってここから抜け出すか、だな」


 ここはベッド以外には何も無い牢屋の中だ。

 ソファもあればユニットバスもしくはシャワールームも設けられている高級ホテルのVIPルームではない。

 このまま何もせずに時間が経るのを待っていたのでは腹が減って喉も乾く。

 衰弱待ったナシだ。

 加えて、自分を捕らえてこんな悪環境の中に放り込んだような連中が丁重にもてなしてくれるとは到底思えない。

 待っているのは拷問か。はたまた最悪の場合、処刑されるなんてことも有り得るかもしれない。

 どちらにしろ、ろくな目にあわないのは目に見えている。


「何か脱獄に使えそうなものはないのか……。」


 鉄格子に頬を押し付けるようにして外の様子を伺うが、いかんせん暗い。

 証明となるものは壁に掛けられた篝火くらいのようで、時々吹き込んでくる隙間風が火を揺らめかせることによって照らされている箇所と影との境界が曖昧となっている。


 それでも、だ。


 三条の目には確実にそれ(・・)が映った。

 元は綺麗な銀色だったのだろうが、赤錆すなわち酸化鉄によってコーティングされてしまい立派な暗い黄赤色をしている。

 何本かで一セットにまとめるようにして壁に掛けられていたそれは紛うことなき鍵であった。

 恐らくは牢屋の。

 しかしながら、脱獄の手段としてはノコギリよりもヤスリよりも明らか上位に位置する鍵が三条の目に入ったのは僥倖である。

 存在さえ確認できてしまえば、三条の魔魂(アルマ)、《盗神の一手(トリックスター)》を使うことでいとも容易く手中に転送することができるのだ。

 感覚は彼が狙撃によって気を失う前、大柄の男から剣を奪い取るために武装奪取(スティールアームズ)を放った際に何となくではあるが、覚えた。


 ところで、三条を狙撃した人物と彼を連れ去って豚箱にぶち込んだ連中が共同関係にあるとして、少なくとも狙撃手の方には三条の魔魂(アルマ)の能力がいかようなものであるかは看破されていても何ら不思議ではない。

 それにも関わらず、あろうことか連中は彼の目が届く範囲に鍵を掛けっぱなしにしていたのだ。

 冷静にもっと客観的な視点からこの事態を観察できていたのなら彼もこの異常性に気づけたのかもしれない。

 だが、人間というのは目先に自分が今最も欲している利益をちらつかされた時、甚だ盲目となり無意識の内に手を伸ばしてしまう憐れな生き物なのだ。

 そして、その利益を手に取ってしまった者の末路は言うまでもない。

 全世界に数多とある神話の中ではそのほとんどが破滅や絶望へと陥る。

 それが愚者を陥れるための見え透いた罠に過ぎなかったとしても、だ。

 哀れにも、三条もその内の一人となる。

 つまりは、壁に掛けられた罠にしっかりとフォーカスを合わせ、手を伸ばして虚空を掴み取ると共に彼が使える唯一の魔法── 《盗神の一手(トリックスター)》を使用する。


「己が手に移れ、具物奪取(スティールアダート)!」


 魔法が発現される弾指手前。

 言うなれば、人体の胸の辺りに位置する導魔器官から流れ出た魔素が三条の魔法発動のベースとなる右手へと向かう途中、手首の辺り──すなわち見知らぬブレスレットが付けられていた辺りを通った頃のことだった。


 突如としてブレスレットが奇妙な光を放つ。

 妖しい光はブレスレットの周囲に同心状の図形を描いていく。

 図形の形は様々で、一番外周に現れた二重円をはじめ、上下反転した正三角形二つからなる六芒星や、四十五度の角を成すように二つの正方形が重なってできた八芒星まで種々雑多。

 少しでも魔術を齧ったことのある者が見れば一目でこれが魔法陣であると見抜けるだろう。

 光はやがて黄色からどこか艶めかしささえ感じられる赤色へと移行する。

 この赤色が示すものは何なのか。

 警告か、それとも血液か。

 もしかすると、その両方だったのかもしれない。


「一体なんだ、こりゃ?」


 彼がそう言うのが先か、それともこちらの方が先か。


 ボンッと。

 突然、三条の右手首が内側から爆ぜた。


「っっ!!??ぐあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」


 指先が数本、苔むしてジメジメとした地面にぼとりと落ちた。

 全体の三分の二程の所で途切れた腕からは赤黒い血液がとめどなく溢れ出てくる。

 激痛が全身を走り抜け、あまりの衝撃に脳がスパークするような錯覚さえ感じる。

 一リットル強の血液が失われると生命の危機に陥るという話が脳裏にうかぶが、止血しようにも傷口を抑えられるような大きな布は見当たらないし、そもそも傷口が大きすぎるのだ。止血のしようがない。


「く……そ…………」


 視界から色が消えていく。

 平衡感覚が失われ、立っていることがままならなくなったがために血溜まりの上へと崩れ落ちる。

 残された僅かな力を振り絞っても朦朧とした意識を繋ぎ止めるのが精一杯。

 そんな中、微かに彼の耳へと届いてきたのは勢いよく階段を駆け下りる足音と話し声。


「はわわ、私が看守室で本を読んで寝落ちしている間に八番独房の罪人さんの腕に取り付けてあった魔道具が作動しちゃったのですっ!! このままだとまた支部長にお咎めを受けることになっちゃうのですっ」


「寝落ちってあんたねぇ。そんなんだからいつまで経ってもロクな仕事に就けてもらえないのよ、このグズ!」


「はわわわわごめんなさいっ! これでも一応気をつけてはいる方なのですよ!?」


「はぁ? それで気をつけてるってあんた頭おかしいんじゃないの? ……ったく、なんで私がこんなグズなんかのために駆り出されなきゃならないのよ……」


「私みたいに攻撃魔法を一切使えない者は緊急事態時は攻撃魔法を乱発できるアタッカーの方と共に行動しなければならないという規則があるんですよ?」


「分かってるわよ、そんなの! あんたと同じだけここで働いてるってのに未だにそんなことも知らないと思ってるとか私をバカにしてんのか!? ああもうっ、何で私はこんなグズポンコツと同期なのよ……」


「着きました、ここが件の独房なのです。ってはわわわわわ、てててて手が吹き飛んじゃってるのです!」


「魔道具が正常に作動したんだから当たり前でしょうが! パニックになってる暇があったらさっさと落ち着いて応急処置しなさいよ!」


「分かったのです、任せておいて下さい!」


 落ち着きがなく高い声と、さばさばとした雰囲気を漂わせる比較的低めの声。

 二つの声が頭上で騒がしいと思っていたら。

 不意に、無くなった右腕の先から、痛みによるものとは全く別物の暖かさに包まれているような感覚がする。

 不思議と不安感は無く、むしろ母性のような安心感すら感じられた。

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