第6話 盗神の一手
「嘘……だろ……?」
魔法の使用が許されない。
そんな衝撃の事実を真正面からぶち当てられた記憶喪失青年──三条悠斗は、謎の敵性生物"ミュル"やら取り敢えず何か良からぬことを企んでいる悪の組織的な奴らに対して魔法を行使して縦横無尽の活躍を見せつける自分の姿を地味に想像していただけあって、ショックのあまり空を見上げて流れゆく雲を見つめることしかできなくなっていた。
「あっ、あの雲、うさぎさんの形してるなぁ……あははは」
だが、神様とやらは彼のことを百パーセント見捨てた訳ではなかったようで。
思考内容が小学校低学年レベルまで退行した魔力使用禁止青年は、
「可能性はかなり低い……というか、ほぼゼロに近いかもなんだけど、一応あるにはあるよ。……ユウトみたいな人でも魔法の使用が許される方法が」
というマリンの発言に飛びつくように息を吹き返した。
「まじか!? 頼む、どうかこの俺にその方法とやらを詳しく伝授してくれください、いや、どうかお願いしますっ師匠!」
捲し立てるように頼み込み、挙げ句の果てには土下座して血が滲むまで額を地に擦り付けたり、奴隷となって死ぬまで一生付き従うとか言い出したりしそうな三条をまあまあと適当に宥めつつも、渋い顔を浮かべている。
「私やカインの職場──王国防衛魔術結社『瑠璃色の魂』に入団すれば、いくら黒色の無章だったとしても国から魔力を使う許可が出るはずなのよ」
「じゃあ、俺はその『瑠璃色の魂』に入団すればいいってわけだな!」
マリンの口から漏れたのは大きな溜息。
「そんな簡単に入団すれば出来たら誰も苦労しないわよ。年に二回の入団試験で倍率は平均して百と四倍くらい。……どれだけ無知なユウトでもここまで言えば自分が一体どれほど無謀なのかが分かるでしょ?」
「それでもマリンやカインはその試験に合格したからこうやって『瑠璃色の魂』の団員として働いているんだろ?それに例え倍率が百倍オーバーだとしてもだ。確率は決してゼロじゃない」
「それはそうだけど……ユウトあなた、自分が黒の無章で魔力を使うことすら出来ないってこと忘れてない?入団試験には模擬戦闘もあるのよ?相手は単純魔法から魔魂までオールオッケーなのに対してあなたはそれらの対抗手段を一切使えない。絶対に勝てないわ。これは断言できる」
もしこのまま三条が模擬戦闘に挑むことになってしまったら、その戦いはまるで赤ん坊と完全武装の戦車が真っ向勝負をするようなものだ。
結果は火を見るより明らか。
百人に聞こうが千人に聞こうがはたまた一兆人に聞こうが皆口を揃えて戦車が勝つと言うだろう。
これを無謀以外に何と言えばいいのだろうか。
「せめてユウトの魔魂が有用な補助魔法系統だったらうちの支部に足りてないっていう理由で無理矢理入団させることができたかもしれないのになぁ」
と、漏らすように呟いたマリンに三条はすかさず詳細を求める。
「今、補助魔法系統って言ったけど魔魂にも分類があったりするのか?」
「うん、あるわよ。大別して攻撃魔法系統、付与魔法系統、補助魔法系統の三つが。ちなみに私の《雪の女王》は攻撃魔法系統で、うちの支部では攻撃魔法系統と付与魔法系統の魔法使いが多い代わりに補助魔法系統の魔法使いが圧倒的に少ないのよ。」
「どうやったら自分の魔魂がどの系統かがわかるんだ?やっぱり実際に使ってみるまで分かんないとかか?」
「ううん、実際に使わなくてもエンブレムに血液を垂らすと
体内の魔素とエンブレムが勝手に反応して自分の魔魂が何かなのかは分かるようになってるよ。はいこれ」
そう言ってマリンが懐から取り出したのは一本の針。
どうやらこれを自分の人差し指にでも軽く刺して流血しろと言いたいようだ。
針を受け取り、右手人差し指の腹にぷすりと小さな穴を開ける。
指先が仄かに熱を帯び、穴が赤く染まっていく。
そして、少量溢れてきた鮮やかな赤色の血液を三条は自分のエンブレムに垂らした。
「垂らしたのはいいけど、これでどうやって分かるようになるんだ?」
「裏面に文字と絵が浮かび上がってくるはずだけど、出てきてない?」
マリンに言われた通りにエンブレムを裏返しての見るとそこには《盗神の一手》の文字と共にダガーや杖、手形のような絵が刻まれていた。
「俺の魔魂は《盗神の一手》っていうのか。んで、この文字の上に刻まれた絵がのどんな能力なのかを示しているんだろうけど、マリン。こいつらは一体どういう意味なんだ?」
「……えっとね、」
横から覗き込むようにして三条のエンブレムを見ていた彼女は、少々の間を挟んで思考した後、自分の記憶を頼りに解説を始めた。
「ダガーが意味するのは確か『身軽さ』で、杖が表しているのは『補助』。後、手形は『掴み取る事』を意味していたはず」
また少しの間を置いて。
「……つまりは、名称も含めて考えるとユウトの魔魂の能力は『物を奪取する補助魔法』って感じかな?」
「物を奪取する能力……だと?」
信じられないと言わんばかしに声を震わせて唖然としている三条。
どんな能力が自分の身体に宿っているのかと期待に胸をふくらませていた彼が発現したものは、マリンのように冷気を操って敵を蹂躙する攻撃魔法系統とは程遠く、同じ補助魔法系統でも日頃の生活から負担を減らせる便利なものでもない。
紛うことなき、物を奪う能力なのであった。
これではまるで──
「あはははっ、これじゃあまるでユウトが悪役みたいだね。良かったじゃない、これでどうして灰色の無章として判定されたのかの理由がはっきりしたでしょ」
吹き出すようにして笑いながらそう言ったマリンは、「笑ってんじゃねぇよ」という三条の言葉を無視しつつも、笑いすぎて目尻に浮かんだ涙を指で拭って続ける。
「でも、どうしても魔法がある程度自由に使えるようになりたいって言うんだったら、ユウトのが補助魔法系統だったことは不幸中の幸いね。少しだけだけど希望が見えたわ。これを頼りにうちの支部長に推薦してみるね」
「おう、サンキューな。……マジでマリンには色々と世話になりすぎて感謝してもしきれねぇな。頭が上がんねぇぜ」
「あはは、いつかまとめて大きなお返しが帰ってくることを期待しないで待っとくわね……っ!」
マリンが言い終わったのと同時か、もしくはそれよりも少し早くのことだった。
突然、二人の耳に甲高い悲鳴が飛び込んできた。
その大きさからして距離は二人が座っている広場端のベンチからさほど離れていない。
「ユウトはここで待っといて。すぐ解決して帰ってくるから!」
悲鳴とほぼ同時に立ち上がってレイピアを腰のベルトに通したマリンは勢いよく地を蹴って走り出す。
「おいちょっと待て、俺も行く!」
数瞬遅れて三条も走って彼女の背を追うが、魔法を使用しているのか、二人の距離は縮まるどころかむしろ瞬く間に広がっていく。
が、路地に入っていくつかの角を曲がっている内に彼女を見失うまでそう長くはなかった。
「くそっ、どこに行ったんだよマリンのやつ」
ゴチンと。
絶賛道迷い中の土地勘ゼロボーイこと三条が聞いたのは何かがぶつかるような音。
場所は恐らくすぐそこの塀を越えた先にある隣の道。
恐る恐る塀の隙間から覗くと、そこに居たのは一振の剣を手に握った大柄の男と道の真ん中でうずくまっている小さな女の子。
少女の近くには茶色のボストンバッグが転がっており、持ち手の片方が彼女の脚の間を通っている。
「さっさとそれを寄越せ糞ガキ!」
大柄の男が声を荒らげているところを見るに、どうやらボストンバッグは男の物であり、男が急いでいる時に少女とぶつかって現状に至ったようだ。
男は額に青筋を浮かべ手に刃が剥き出しの剣を持ってずんずんと少女の元へと近づき──あろうことかその剣を大きく振り上げた。
「ふざけんなっ!!」
例えいかなる理由があろうとも、無抵抗の女の子に手を掛けるなど絶対にあってはならない。
また、それを黙って見過ごすこともあってはならない。
気が付けば、三条は大声を張り上げて塀を飛び越えていた。
男との距離は三十メートル前後。
どうやら向こうも三条に気づいたようで、一瞬視線を彼の方へとやった。
にも関わらずだ。
大きく振り上げられた男の右手が握った剣を収める気配はない。
それどころか、男は右腕に更に力を込め、恐怖のあまり動くことすらままならない少女へと必殺の一撃を振り下ろした。
「やめろぉぉぉ! 武装奪取っっ!」
三条の口から魔法の名前が飛び出る。
これまで一度たりとも言ったことも聞いたことすらないはずのものが。
まるで朝友人と会ったら「おはよう」と言い、飯を食べる前に「いただきます」と言うようにごく当たり前かの如く口が動いたのだ。
その結果、男が振り下ろした右手は宙を切った。
代わりに三条の右手にずしりとした重みが加わる。
つまりは、男の右手に握られていた剣が三条の右手へと移動したのだ。
「どうなってやがる!?」
男は何が起きたのか全く分からないといった様子で辺りを見回して、三条が自分の剣を手にしているのに気づいた。
「てめぇの仕業か、糞ガキッ!!」
剣を奪い返そうと三条の元へ駆け出したが、男の手が彼に届くことはなかった。
突然膝から崩れ落ちたのだ。
「なんだ一体どうし……狙撃か!? っ!」
遠方に位置する建物の屋根が瞬いた。
三条は男が遠くから狙撃されたことに気づけたが、時すでに遅し。
意識が刈り取られる。