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第4話 国民登録

 翌日の正午前、三条は地図を片手に街の中を駆けていた。

 街の中心部──塔のようにそびえる建物がある方へと向かっているのだが、どれだけ進んでも道が曲がりくねっているせいでなかなか距離が縮まらない。

 それどころか。


「時間がねぇっていうのに……どこなんだよ、ここは!?」


 完全に迷っていたのだ。


 そもそも、どうしてこうなったのかと言うと──


⚫️


 その日の朝、三条はバタンという誰かが扉を閉めた音で目を覚ました。

 まだ覚醒しきっていない状態で部屋に備え付けられた時計を見ると、既に十時を過ぎている。


「ふぁぁ……」


 大きな欠伸を一つした彼は窓から入ってくる眩しい日差しに目を細めつつも、その身をベッドから起こす。

 ふと部屋の隅にある机に目を向けると、その上に一枚の紙片が置いてあるのが目に入った。


「……なんだこりゃ?」


 ベッドから降りてその紙片を手に取ると、どうやらそれは置き手紙のようだった。


「なになに……『今日の正午までに役所まで来てほしい』?ってこれマリンからか」


 手紙の裏側には鈴と雪の結晶の絵が描いてあり、三条はこれがマリンからのものであると一目で気づいた。

 三条の目を覚ました扉の閉まる音は、どうやらマリンが手紙に書いてあることを直接伝えに来たが、三条が寝ていたがために手紙を書きおいて部屋を後にした時になったもののようだ。


「別に起こしてくれてもよかったのに……」


 そう言うと三条は身支度をして一階へと向かった。


 一階で遅めの軽い朝食──アンナが作ってくれたエッグトーストとサラダを食べた三条は席を立ち、宿の出入り口へと向かう。


「ちょっと待ちな、ユウトの坊や!」


 外に出ようと三条が扉に手を掛けた直後、受付の奥から彼を呼ぶアンナの声が聞こえてきた。


「どうしたんですか?」


 彼が振り返ってそう聞くと、


「あんた、これからどこに行くんだい?」


「役所に来るようマリンから言われたんです」


「そうかい。でも、道を知ってんのかい?」


「あっ……」


 言われてみれば、三条は役所までの道を一切知らない。

 それどころか、役所がどこにあるのかすら知らなかったのだ。


「ったく、世話のかかる坊やだね」


 そう言うとアンナはカウンターに備え付けられた引き出しから一枚の地図を取り出すと、赤色のペンで勢いよくいくつかの印を付けた。


「この地図を持っていきな。丸印がここで、バツ印があんたが行こうとしている役所だよ」


「ありがとうございますっ!」


 地図を受け取った三条は深々と頭を下げて宿を後にした。


 それから約三十分が経とうとした頃。

 地図を見た限りでは宿から役所まではそこまで距離があるわけでもなかったので、正午前まで街中を散策して時間を潰そうと考えていた三条だったが、いざ時間が近づいて役所に向かおうとしたところで自分が今どこにいるのか分からなくなったのであった。


⚫️


 そうして、現在に至るわけである。


「やべぇ……正午に間に合わねぇなこれ」


 近くの店を覗いて時間を確認すると正午まであと十分を切っていた。

 かといって急ごうと思っても、三条がいる第三地区は似たような見た目の建物が多く、また路地が複雑に入り組んでいることもあって同じ場所をぐるぐると巡っているような錯覚にさえ陥る。

 役所が塔の近くにあるということは分かっているため塔を目指せば良いのは重々承知してはいるのだが、いかんせんそこに続いている道が見つからず距離が一向に縮まらない。


「もうだめだ……絶対に間に合わねぇ」


 三条が諦めかけた丁度その時、


「そこの君、何か困り事かい?」


 背後から何者かの声が聞こえてきた。


 彼が振り返ると、そこには一人の男が立っていた。

 少し金色がかった茶色の髪。

 身長は三条と同じくらいの百七十五センチメートル前後。

 腰には片手剣を携え、胸元にはマリンと同じ(つぼみ)を形どった文様を刻んでいる。

 そして何よりも、どこか柔和な雰囲気を漂わせつつも爽やかな印象を与える表情を浮かべる顔。

 見るからに好青年だ。


「困っているようだったら手を貸そうか?」


 見ず知らずの人だからと言って力を借りることを渋っているわけにもいかない三条は、


「頼むっ、役所への道を教えてくれっ!」


 彼に勢いよく頭を下げた。


「ははは、そんな頭を下げなくてもいいのに。……わかった、役所まで連れていくから着いてきて。多分五分から七分くらいで着くと思うから」


 そう言うと彼は細い脇道へと入っていった。


「ありがとう!」


 三条は小走りでそれに追随した。


「そう言えば……」


 三分程歩いた頃、三条の前を歩く好青年が口を開いた。


「ん?」


「僕はカインって言うんだけど、君の名前は?」


「俺はさん……んん"っ、ユウトだ」


 昨日マリンに言われたばかりのことを忘れて名字を言いそうになった三条は、咄嗟に咳をする振りをして誤魔化した。


「そうか、君が昨夜マリンが言っていたユウトか……これからよろしく」


 カインは足を止め、握手をしようと三条の方に手を差し出した。


「おう、よろしく。……ってカインはマリンのことを知ってるのか?」


 三条は手を出し、握手に応つつもカインの言葉で引っかかったことを彼に質問した。


「ああ、なんて言ったって僕と彼女は同じ職場で働いてる仲間で、同期でもあるからね」


「その職場ってのはカインとマリンが身につけてる蕾の文様とも関係あるのか?」


「関係あるか否かだと半々って感じかな。まぁ、詳しい話はマリンに聞くといいよ」


 そうこう話しているうちに気がつくと二人は街の中心部──塔のすぐ近くまで来ていた。

 先程まで進めど進めど一向に塔に近づくことができないと嘆いていたのが嘘のようだ。


「おーい、ユウト~!」


 遠くから三条のことを呼ぶ声が聞こえてくる。

 声のした方を見ると、薄いシアン色の髪の少女──マリンが手を振っていた。


「すまない、待たせたな」


「ほんとにそうだよ、遅すぎっ! ……ってあれ?なんでユウトとカインが一緒にいるの?」


 三条とカインの顔を次々に見て不思議そうにマリンが尋ねる。


「道に迷ってたところを助けてもらったんだよ」


「あぁ、そうなんだ。近いうちに紹介しようと思ってたんだけどその手間が省けてよかったわ」


「じゃあ、僕はそろそろお暇するとするよ」


「あら、カイン、もう帰っちゃうの?」


「ああ。まだ色々と片付けないといけないことがあってね」


 そう言って踵を返したカインに対して三条は、


「カイン、今日はありがとなっ!」


 と拳を掲げて礼を告げた。


「どういたしまして。じゃあね、マリン、ユウト」


 ⚫️


 カインと別れた三条とマリンは役所の中へと入り、受付の前に置かれた長椅子に腰掛けて自分たちの順番が回ってくるのを待っていた。

 役所の中は老若男女問わず様々な人でごった返しており、人の行き交いが盛んである。


「ところでマリン。どうしてここに俺を呼んだんだ?」


「あれ、言わなかったっけ?」


「はぁぁ……言ってねぇーよ」


 しっかりしている様で、時々抜けているところのあるマリンに三条は思わずため息がでる


「ごめんごめんって。今日はここで国民登録をしてほしいのよ」


「どうして国民登録なんかするんだ?」


「国民登録をしていないと色々と不便なのよ。国外に追い出されることこそないけど、例えば、国内で魔法の使用が禁止されるとか、一部公的施設の利用が制限されるとか、そんな感じね」


「魔法が使えない……か。それは困るな」


「魔法に興味があるの?」


 マリンは覗き込むように隣に座る三条の顔を見た。


「そりゃな。逆に魔法みたいな便利なものに興味を持たない方がおかしいだろ」


「今のユウト、ワクワクが止まらないって顔してるね。鏡で見せてあげたいくらいだよ」


「そうかいそうかい……そういや、その肩につけてる蕾を型どった文様はいったい何なんだ?」


 三条はマリンの肩を指さす。


「ああ、これね。これは導魔能力と魔法技術力を合わせた総合魔力を評価したものでね、評価の度合いによって型どられるものが違うの」


「そうなのか。ちなみにマリンとカインはどれくらいなんだ?」


「んーとね、微力の魔法しか使えないのが種章セーメである程度使えるのが芽章ジェンマ、ミュルと戦えるくらいなのが草章エルバで、その次が私やカインが属する蕾章クノスペ、その上が人外って言っても過言じゃない華章フィオーレでそのさらに上が世界でも数人しかいない伝説レベルの樹章アルベロって感じだから、下から四番上から三番の場所かな?」


「そう、なのか……」


(台地でミュルと戦った時、一方的に倒してたマリンで上から三番目って華章フィオーレ樹章アルベロの人はどんだけやばいんだ……!?)


 三条が驚愕して目を丸くしていると、


「次の方、どうぞー」


 一番近くの受付から役員の呼ぶ声がした。

 どうやら三条達の番が回ってきたようだ。


「やっと私達の番だね。ほら、行こっ! 早く終わらせて魔法を発現させるよ!」


 マリンは勢いよく立ち上がって受付の方へと向かって行った。


「おいっ! ちょっと待てよ、マリン!」


 三条は駆け足で彼女に着いていく。

 一刻も早く国民登録を済ませ、自分も魔法を使えるようになるために。

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