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第24話 赤眼の三人組

「本当にこんな所に敵の親玉がいるのか?」


 一定の間隔を開けて壁に備え付けられた灯りと、近くを歩く他の団員が灯す照明魔法だけを頼りにして三条たち一行は薄暗い階段を降りていた。

 三条がイレーネの大剣を利用して風穴を開けた鉄扉は、モンテカルロの部下である人物が何やら器具を使ってあっさりと内側から開けて見せた。


「少なくとも誰かはいるでしょうね。じゃないと内側にしか施錠機能のないあの扉が閉まっていたことと辻褄が合わないもの」


 言われてみればそうではあるのだが。

 幹部を含め大勢の仲間が殺されておいてもなお安全なシェルターで身を潜めているような人間が一組織のトップに立てるものなのだろうか。

 いや、普通ならそんな奴に着いていく人間なぞいないと考えるのが妥当だろう。


(なんか嫌な予感がするな……)


 もしかするとこの地下空間には敵軍にとって非常に重要な代物が安置されており、最も腕の立つボスが直々にその防衛をするために篭っているのではないかとも考えたが、それはそれで幹部を全員地上戦に出撃させたことと噛み合わなくなる。


「皆の者、一層気を引き締めろ、ここからは完全に敵のテリトリーだ。どこから敵が襲ってくるか分からない。絶対に警戒を怠るなよ」


 地下へと続く階段を下りる約二十名の団員たちの戦闘を歩いていたモンテカルロが声を殺して言った。

 どうやら階段が終わり、地下フロアへと辿り着いたようだ。


「戦い辛そうな場所だね。奇襲には気をつけないと」


 マリンがあからさまな仏頂面で言う。

 彼女の言う通り、地下には魔法を使ってドンパチするような戦闘には不向きな空間が広がっていた。

 今彼女たちがいる場所はある程度のスペースがあるが、それ以外の場所は地下が丸ごとくり抜かれて等間隔に並んだ柱が天井を支えているというわけでもなく、人三人が横に並んで歩くのでギリギリなくらいの通路が何本も伸びて複雑に入り組んでいる。

 この狭苦しい一本道で真正面から向かって来た敵に遠隔攻撃を放たれた場合、三条のように近接攻撃しかできない者に勝ち目はないだろう。


「……敵が残ってたとしてもこの条件じゃ至近距離で戦わなきゃならん俺はお荷物になりそうだな」


「そうだね。ユウトは私かイレーネの背中にでも隠れといて」


「ユウくんは上で待機じゃダメなのです?」


 天井を指さして疑問を呈するシーラに、シエルは銀色のポニーテールを横に揺らす。


「いやそれはダメよ。地下にも入口みたいな扉が無いとは言いきれないもの」


「そうね。もしかしたら敵の武器を奪って無力化できるわけだし、私もこいつは着いてこさせるべきだと思うわ」


 イレーネがシエルの意見に同調した、丁度その時。

 どこからか男の叫び声が聞こえてきた。

 狭い空間の中ということもあって音が反響しておりどこから聞こえてきたのか正確には分からないが、それでも大体の方向から正面に伸びている三本の通路のどれかからだ。


「あんた達警戒しなさい。誰か来るわ」


「言われなくても」


 シエルの呼びかけよりも早く、イレーネとマリンの二人はそれぞれ自分の得物を抜き放って正面に構える。

 一瞬遅れて周囲から金属が擦れ合うような複数の音が響き渡った。

 どうやら他の団員も警戒して武器を抜いたようだ。


(どれだ、どの道から出てくる……)


 いつ、どの通路から現れて、どんな技を使うのかも分からない未知の敵が近付いてくるのを前に空気が張り詰める。

 こちらに向かって来ている者が敵の親玉であるかもしれない以上、少しの油断も許されない。

 先手必勝──と言うよりは、後手を取った瞬間に死者が出ると思わなければならないのだ。

 ──例えば敵がイレーネのような広範囲の炎魔法の使い手だったとしたら、逃げ場の無い窮屈な空間では敵に魔法を使われた時点で一人残らず焼死体となることだろう。


「足音……恐らく左の通路からなの、です?」


 三条と共にマリンとイレーネの後ろに身を置き、地面に手を当てて音の出処を探っていたシーラが首を傾げる。


「どうした?」


「音のリズムがおかしいのです。普通に走っているのとも歩いているのとも違うこの感じ……「来たわ!」」


 彼女の言葉にイレーネの声が重なった。

 シーラの言った通り、敵の一員と思われる黒い外套を身に纏った男が闇に染まって奥が全く見えない左の通路から現れる。

 ──しかしその男が現れた瞬間、その場で攻撃態勢を取っていた全員が目を疑った。

 男の身体は、全身余すとこなく痣や擦傷、切傷まみれで、左脚は通常ならありえない方向にねじ曲がっており、さらには右腕の肘から先が無かったのだ。

 討伐隊の面々には目もくれず、移動できているのが不思議な程の傷を負ったその男は出口がある階段の方へとほとんど這うようにして向かおうとする。

 が、討伐対象を見逃す訳もなく。

 モンテカルロの部下である二人がその男を地に倒して押さえ込んだ。

 すかさずモンテカルロは剣を首元に突きつけた。


「お前らの大将、アルバン=シャントローはどこだ? 吐かねば今ここでお前の首を断ち切るぞ」


 一方剣を突き付けて脅迫された男は、一度自分の目前に佇む豪傑のことを見たかと思うと、突然ガタガタと震え出した。

 歯をガチガチと鳴らし、視線は上下左右ランダムにブレて焦点も定まっていない。

 そこから窺えるのは恐怖と絶望。

 しかし──それらの感情が向けられた対象はモンテカルロを初めとした『瑠璃色の魂』の討伐隊の面々ではなく。


「ばばば化け物だ……! あのボスですら全く歯が立たなかった……お終いだ、俺らもお前らも全員皆殺しにされるっ!」


「ボス……アルバン=シャントローが太刀打ちできない、だと? 誰だ、何者なんだお前が”化け物”と言った奴は!」


 モンテカルロの顔が険しくなる。


「一体何がどうなってんだ?」


 その様子を遠巻きに見ていた三条が、モンテカルロ同様に険しい顔を浮かべて近くに立つシエルに尋ねた。


「……状況が変わったわ。『ニオファイト』の親玉、アルバン=シャントローは奴らの中でもずば抜けて厄介な敵なの。確か『ニオファイト』団員の中で奴だけ一級指名手配がかけられてたはずよ……いや、はずだったのよ」


「”はずだった”って、そいつはやられたのか?」


「ええ、そうみたいね」


「なになに襲われてる最中だって言うのに敵さんは仲間割れ?」


 そう言ったのは、いつの間にかレイピアを鞘に納めたマリン。

 しかしシエルは彼女の問に対して即刻首を横に振る。


「敵の中にはあいつより強い奴がいないからそれは絶対にありえないわ」


「ちょっと待て、それってまさか──」


「ええ。ここには私たちと敵以外にも誰かいるわ。──それも尋常じゃなく強い奴がね」


 近くで話を聞いていた全員が息を呑んだ。

 モンテカルロやシエルの動揺を見るに、他の敵とは違ってアルバンとやらは華章(フィオーレ)の彼らでも手を焼くような手練だったのだろう。

 しかし、男が”化け物”と呼んだ存在には手も足も出なかったとのこと。


「もしそれが本当なら、そいつとエンカウントしちゃったら絶望的ね……」


 カツ、カツ、と。

 微かに靴底と地面とが接触する音が狭小な空間に反響する。

 その音を聞いた途端、拘束された男が再び暴れだした。


「あ、ああ……あああっ! あいつだ、化け物だ!」


 あまりにも唐突に。

 ズタボロの男が出てきた漆黒の通路の奥から笑い声と話し声が聞こえてきた。


「はははは、酷いなぁ”化け物”だなんて。彼は見る目が無いよ、ファナシアはこんなにも可愛いのに」


「ゲブラー様、可愛いと仰って下さるのは大変嬉しいのですが、あたかも私が”化け物”と呼称されたかのように振る舞うのはおやめください。」


「じゃあノルンかい?」


「ゲブラー様ゲブラー様、わたしは関係ないですよぉ。どう考えても”化け物”と呼ばれてるのはゲブラー様じゃないですかっ」


 闇の中から声の主であろう人物が姿を現す。

 白い軍服のような装束に身を包んだ、紅蓮の炎のような色調の髪の男。

 そしてその男の両脇に控える女が二人。

 三人の双眸はよく研磨されたガーネットのように深い赤みを放っている。


「止まれ、お前たちは何者だ。止まらなければその首を切り落とすぞ」


 その三人にただならぬ雰囲気を感じ取ったモンテカルロが、剣を両手で持って正面で構えた。

 剣身からは絶え間なくバチバチと紫電が放たれている。

 しかし脅迫混じりの警告を気にも留めていない様子である赤眼の三人組の歩は止まらない。


「止まれと言っているだろうが!」


 怒号が地下空間の内部を震わせた。

 そこまでしてやっと、三人組の内の一人──ワイシャツの上から黒いブレザーを羽織った、八重歯とツインテールにした白髪が特徴的な女──が表情を変える。

 

「上から目線でゲブラー様に命令するなんて許せない……。ゲブラー様ゲブラー様、あの人間を殺しちゃってもいいですかぁ?」


 不快そうな顔で物騒なことを述べた女に、より一層警戒を強めるモンテカルロ。

 両脇の女から慕われている様子を見るからに、ゲブラーと呼ばれている男が三人の中で一番の実力者であることは明らか。

 しかし、もしアルバン=シャントローを殺した者が脇のどちらかだとすると、三人全員がモンテカルロにも匹敵するレベルかそれ以上の強敵である可能性が出てくる。

 三人の内の誰がアルバンを倒したのかが分からない以上、迂闊に攻撃を仕掛けて手の内や隙を見せるのは避けたい所だ。


(アルバンを討ったのが真ん中で脇の二人が雑魚だとベストなのだが……)


「駄目だノルン。彼から情報を聞き出す必要があるんだ」


「え~、ほんのちょっと痛めつけるだけでも駄目です?」


「そんなこと言ってさっきも君は僕が聞き出す前に情報源をグチャグチャにしたじゃないか」


「そ、それは……。むぅ……ごめんなさい」


「分かれば良いんだよ」


 ばつが悪そうに視線を切るノルンと呼ばれた女の頭を撫でたゲブラーがモンテカルロのことを見る。


「と、言うわけで。君には情報を提供してもらうよ」


「お前にやる情報なぞない!」


 やれやれと肩を竦めるゲブラーは、「せめて最後まで聞いてから拒否しないと損だよ?」と挟んだかと思うと、ノルンの頭から手を離して周囲を見回した。

 そして、自分たちのことを警戒して武器を構えている約二十名の精鋭たち一人ひとりの顔をひとしきり見た後、再び口を開く。


「──君たちの中で一番強いのは誰だい?」


「……そんな事を聞いてお前に一体何の得がある?」


 数秒の時を挟んで、質問の真意を測りかねたモンテカルロが聞き返す。

 

「僕は今強い相手と闘いたい気分なんだよ。……それで? 一体どの人間が一番なんだい?」


「……俺はこの討伐隊の総隊長、お前の言う”一番”なら俺のことだ」


 彼がそう言うと、ゲブラーの口から溜め息が漏れた。

 それを見たノルンが彼の服の裾を引っ張る。


「ゲブラー様ゲブラー様、こんな雑魚が一番強いのならもうこの人間たちには何の用もありませんよね?」


「そうだねノルン。暴れ足りないのなら遊んでもいいよ」


 ゲブラーからの許しに、しかしノルンは「いや、私じゃなくて」と首を横に振った。


「こんなコンディションの中でファナが落ち着いて居られる訳ないと思うんですよ。すまし顔で冷静を装ってますけど、内心では絶対うずうずしていますって」


「あぁ、そう言えばそうだったね」


 ゲブラーがノルンとは反対側に控える女の頭を撫でる。


「ごめんね、ファナシア。やっていいよ」


「承知しましたゲブラー様」


 ほんのりと赤みがかった黒色の洋服に身を包み、紅のカチューシャと薔薇の造花を美しいロングヘアの黒髪に飾ったゴスロリ女──ファナシアがその赤目を細める。


「我が主の気分を害したこの害虫どもを粛清して見せましょう」


 そう嘯いた彼女がとった行動は至ってシンプル。

 パチン、とただ一回フィンガースナップを鳴らしただけ。


「っ、皆跳んで、下から来る!」


 数多の戦闘で培われた第六感で何か良からぬ気配を感じ取ったマリンが叫ぶ。


 ドバンッッ!と。

 彼女の言葉を信じて三条たちが跳んだ後、間髪入れずに壁や床のありとあらゆる箇所から無数の黒い棘が突き出した。


「なっ!?」


 突然の奇襲に対応することのできなかった団員たちが串刺しとなり、至る所で血が飛び散る。

 ファナシアの攻撃にいち早くマリンが気付いたお陰で五-三支部の五人は直撃を避け、かすり傷程度の被害で済んだが、今の一撃で残っていた半数以上が命を落とした。


「あら、活きのいい害虫の多いこと……。そうね、一本調子の攻撃で芸がないと思われるのも癪に障りますし次は趣向を変えてこんな技はどうかしら」


 ファナシアが再び指をならそうとする。

 が、紫電が迸りそれを阻止した。


「させるか……」


 三条たちと同様に、漆黒の棘をすんでのところで回避したモンテカルロが吼える。


「俺の部下を殺めた罪は重い。お前ら、生きて帰れると思うなよ!」


 彼の全身から電光が溢れ出て、身と剣を覆っていく。

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