第23話 大剣をぶっ刺して
「どうかしら、ユウト。──いけそう?」
「なんか俺の思ってたのと違うんだけど……」
三条とシエルは件の鉄扉の前に来ていた。
二人から数歩退いた位置にマリンやイレーネ、シーラにモンテカルロも控えている。
残りの動ける人員たちは、取り敢えず待機。
「奇遇ね。あたしも丁度そう思ってたの」
ここまでの移動中でシエルから聞かされた話によると、どうやら扉に風穴を開けて扉の向こう側が見えるようにさえなれば、内側からロックを解除することができるとのことだったが。
二人の前に堂々と佇むそれは、誰もが想像するような扉とは程遠く。
扉と言うよりはむしろ壁に取り付けられた潜水艦のハッチや金庫扉とでも形容すべきものだった。
外見からだけでも分かる圧倒的なまでの重厚感。少なくとも数十センチの厚さはあるだろう。
つまりは、三条が持ってきている合金性の杭では貫通することができない可能性があるわけだ。
「悩んでても仕方ないし、まずは一回やってみるか」
「そうね。無理だった時のことは試し終わってから考えればいいわ。……なんなら、無駄な期待をさせてごめんなさい、って一緒に謝ってあげるし」
「へいへい」
折角の厚意に対する生返事にムスッとするシエルをよそに、ウエストポーチから一本の杭を取り出す。
パッと見では長さ二十センチ前後のただの金属棒。
──というか、実際その通りだ。
それを握ったまま、それとは逆の手で扉に掌を当てる。
そして一言、「貫入せよ」と。
手に振動が伝わるような確かな手応えを感じて手を離すと案の定、杭はしっかりと奥まで扉にめり込んでいた。
「取り敢えず第一段階は終了、俺の能力なら反魔法とやらには引っかからないんだな」
「ユウトのは発動に魔力こそ使えど、結局のところはただの物理作用でしかないから魔法認定されないのかしら?」
「おいおい、ただでさえ単純魔法が使えねぇっていうのに俺の魔魂が魔法じゃなくなっちまったらもう終いじゃねぇか」
「この世の中は魔法が全てじゃないわよ? ほら、ユウト以外にもセレナみたいにほとんど使えない人もいるんだし」
「立派な魔法使いに言われてもなぁ。それと、セレナはあの身体能力がもはや魔法みたいなもんだろ。……そろそろ第二段階に行くかっと」
依然として扉にめり込んだままの杭をしっかりと視界の中央に据え、再び魔法認定してもらえなかった魔法を唱える。
「我が手に移れ、具物奪取」
一瞬にして金庫扉から杭が消え、代わりに三条の手に杭が現れた。
勿論、座標を上書きするように杭を打ち込まれそして抜き取られた鉄扉には、指が一本入るかどうかな大きさの穴ができている。
しかし。
「駄目みたいね」
「ああ、やっぱり足りなかったか」
どうやら扉の厚さは二十センチを超えていたようで、穴は開いていても、向こう側は見えない。
「どうだユウト君、穴は開いたか?」
手に腰を当てて後ろから期待に満ちた眼差しを向けてくるモンテカルロに、三条は腕で大きくバツ印を作る。
「もしかして刺さらなかったの?」
「いんや、刺さりはするんだが分厚すぎて貫通しやがらねぇ」
お手上げだ。と、肩を竦める三条。
一方でマリンは「あっ」と言って、いかにも何か思いついたかのような顔をする。
彼女は唐突に腰から下げた純白のレイピアを抜き取ったかと思うと、手に持ったまま三条に歩み寄り、そして。
「ユウトが手に持っているその棒の長さじゃ無理でも、私のレイピアを代わりに打ち込むんだったら足りるんじゃない?」
「足りると思うけど……」
「けど?」
「変な刺し方して折っちまった時を想像するとどうしてもな。見た感じ絶対高いしそれ」
「あ~そっか。私のこれはシエルとハスターがプレゼントしてくれたものだから詳しくは知らないんだけど、特注品だとかで洒落にならないぐらい高かったらしいね」
「他よ他。何か別の物はないのかしら?」
扉を貫通する程の長さを持ち、変な貫入の仕方をしても壊れることのない耐久性を持ち、なおかつ三条が自分の手で持つことができる代物。
そんな都合の良い物が、戦場となって荒れ果てたこの廃工場の中に転がってあるわけ──
「あっ、あったわ」
三条が独り言のように呟いた。
「……あるわね」
少し間を置いてシエルも。
「んん?」
鉄扉の前に並び立っている三人の中で唯一何のことか分かっていない様子のマリンは首を傾げていたが、三条が伸ばした腕の指が示す先を追いかけることで二人が何に気づいたのか理解する。
「……あ、ホントだ」
そうして三人の視線が一箇所に集まった。
高身長・スレンダーな体型にギブソンタックにして纏めあげた紅い髪が映える女性、イレーネに。
──正確にはその背中、彼女が背負っている身の丈程の大きさの大剣に。
「……何見てんのよ」
扉の前で何やらやり取りをしていたかと思うと急に揃って見つめてきた三人のことを、イレーネはあからさまに不快そうな顔で見つめ返す。
「……マリン」
たった一言、シエルがそう言っただけで。
シアンの髪の少女は、徐ろに紅の髪の女性の方へと歩き始める。
ただ自分の名前を呼ばれただけだというのに、それだけでシエルが言わんとしていることを汲み取ったのだ。
テレパシーさながらの以心伝心っぷりである。
「ちょっと、何、なんであんた真っ直ぐこっちに近づいて来てんのよ」
黙ったまま自分の瞳をじっと見つめて静かに距離を詰めてくるマリンに対して動揺を隠せないイレーネ。
「黙ってないで何か言いなさいよ。ちょっと、ねぇ」
「イレーネ、ごめんちょっとそれ借りるね」
やっと口を開いたかと思うと、何やら捲し立てるようにそう言った彼女は、軽く舌を出して小悪魔のような笑みを浮かべた。
そこまできて初めてイレーネは彼女の、いや、彼女たちの目論見に薄らとだが勘付く。
というのも、足下が仄かに冷え込んだ気がしたのだ。
この場において冷気を意のままに操れる魔魂を持っている者なぞ一人しかいない。
言うまでもなく、今目の前で不敵な笑みを見せつけてくるマリン一人しか──
(なっ……消えた!?)
瞬きしている間にイレーネの視界からマリンが消えた。
油断していた。
冷気を操ることで自由自在に氷を作り出す彼女にとって、冷え切った空間はテリトリーそのもの。
薄氷を張らせることで瞬間移動じみた芸当すらも可能にするのだ。
「あんた何するつもり!?」
そう吠えた直後。
パチンッと、何かが弾けるような音がすぐ側から聞こえてきた。
途端に身体が軽くなったような錯覚を覚える。
鞘を背中に固定するためのベルトに付けられたバックルが背後から外されたことによって大剣が身体から離れたのに、イレーネが気付くまでそう時間はかからなかった。
がしかし、それでも一瞬反応に遅れたのは事実。
「ユウト、受け取って!」
彼女がマリンを押さえるために後ろを振り返った時にはすでに大剣が宙を舞っていた。
「ナイスマリン! すまねぇがこの剣借りるぜイレーネ」
「ふざけんじゃないわよ返しなさい!」
マリンからのパスをキャッチした三条は、イレーネの制止を無視して大剣を鞘から抜く。
そしてそれをもう一度空中に放り投げ、扉に手を向けて。
「貫入せよ──不可防の一矢!」
三条の手元に召喚された大剣が潜水艦のハッチのような鉄扉に突き刺さった。
剣身のほとんどが扉の中に埋まり柄だけが出ているその姿は、引き抜けば英雄になれる伝説の剣とかいう根も葉もない噂すら立ちそうなものだ。
「なんか面白いオブジェができたわね」
「これこのまま放置しときたいな。てか、この扉が別に解錠する必要のない物で、かつイレーネからのお咎めがないとかだったら間違いなくオブジェとして放置してたわ」
そこまで言うと、三条は埋まった大剣を再び自分の手元に召喚しなおした。
扉に埋もれていた大剣は一瞬で姿を消し、刺さっていた箇所にはぽっかりと開いた穴だけが残っていた。
その穴を覗き込んだシエルが親指を立てる。
「成功よユウト。しっかり貫通してるわ」
「見た感じイレーネの剣に傷やひびが入った様子もねぇし、大成功だな」
「大成功だな、じゃないわよ」
しかし喜びもつかの間。
二人のすぐ後ろでイレーネの声が聞こえた。
──わざわざ振り返って顔色を伺うまでもなく、確実に怒っているということがすぐに分かる声音が。
三条とシエルが互いを見つめたまま硬直していると、明らかに怒気を帯びた舌打ちが飛んできた。
「すまねぇイレーネ! 扉に穴をあけるにはお前の大剣が最適だと思ったんだよ」
つい先程彼女からの制裁を受けその恐ろしさを身に持って味わったばかりの三条は、周りが目を疑う程のスピードで地に額を擦り付けた。
彼のとった行動は──いわゆるジャンピング土下座だ。
そしてそれに追随するようにしてシエルとマリンも鬼神の様な形相のイレーネに頭を下げる。
「ごめんなさいイレーネ、ユウトの言う通りあなたの剣が一番だと思ったのよ」
「ごめんっ、反応が面白そうだったからつい……」
立て続けに三度謝罪を受けたイレーネは、心底呆れた顔で大きなため息を一つ吐いて。
「いい加減にしなさいよあんた達。……本当なら今すぐにでも燃やしてやりたいとこなんだけど、それであんた達がダウンしてる隙に敵のボスが逃げ出したりすると洒落にならないから今は止めといてあげるわ」
「まじか、許してくれるのか!」
「さすがはイレーネ、寛容な心の持ち主ね!」
「あくまで”今は”よ。この作戦が終わって五-三支部に帰ってからみっちり説教してあげるわ。……二度と同じことができなくなるようにね」
上げてから落とすとは正にこのことか。
イレーネが振りまく圧倒的なまでの威圧感の前に死を悟った馬鹿三人組は「はい」と頷くことしかできなかった。
「取り込み中のとこすまないが、そろそろ行けそうか?」
そう言って会話──と言うよりはもはや説教のような何か──に割り込んできたのはモンテカルロ。
強さだけでなく度胸までもあるのか、それとも単に無頓着なのか、彼はおこ状態なイレーネのプレッシャーなど物ともしない。
「あ、ああ。穴は開けれたからいつでも行けるぞ」
「よし分かった、ここから先は私の部下に任せてくれ」




