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第22話 からかい、時々、爆炎

「……そういやシエルはどこ行ったんだ。お前らと一緒じゃなかったのか?」


 緑色の煙の根元を目指して移動しているさなか、先頭を走るマリンの右後ろについた三条がやや後ろにいるシーラとイレーネに問いた。


「あのクソ女なら一人で十分とかぬかして途中から別行動してるわ。まあ、心配しなくても大丈夫でしょ。年こそまだクソガキでも、でかい態度と同じくらい戦闘力もあるわけだし」


「とか言いながら戦闘中もシエっちが無事かどうか気になって、あの子が行った方向をチラチラ見てたのはどこの誰なのですか。まったくもう、イレちゃんはもうちょっと素直になるべきなのですって痛い痛い、イレちゃん地味な嫌がらせはやめて欲しいのです!?」


 それ以上喋るなと。

 眉根を寄せて不機嫌そうな表情を浮かべたイレーネが、鞘に納めたままの大剣の先で自分の横を走るシーラの脇腹を無言でつつく。


「あいつなら大丈夫か」


 ふと、何か思ったことがあるのか、三条は足を止めることなく後ろを振り返って大小コンビのことを見て、


「今のやり取りで思ったんだが、イレーネってマリンとかシエルがからかった時は"燃やす"とか過激なこと言うのに、相手がシーラの時は言わないよな」


「そう言えばそうね。イレーネって何かにつけてシーラには甘いよね。基本的にいつも一緒にいるし」


「もしかしてイレちゃんってば、私に恋……してるの?」


「そ、それは……」


 コテンと首を傾げて上目遣いで自分のことを見上げるシーラの姿はとても可愛らしくて。

 イレーネは一瞬顔を赤らめて、言い淀む。


「あれあれ~もしかして図星なの?」


「イ、イレちゃんがそのつもりなら……私は構わないのですよ?」


「いや、でもほら私とあんたって互いに唯一の同期なわけだし……それに、そもそも私たち女じゃない」


「そんなことは関係ないのです。私は、イレちゃんが本気でその気なら多少の障害なんて余裕で乗り越えることをよ~く知っていますから」


「真実の愛は神が定めた性別をも凌駕するってね。ほらほら、素直になって本心を吐き出しちゃいなよ」


 彼女の隙を見逃さまいと追撃を仕掛けるマリンとイレーネを脇目に、他の隊員が集合しているのを視界に捉えた三条は、パンパンと手を二回鳴らして。


「おまえら、百合まみれのラブコメはそこら辺で終わりにしとけ。……そろそろ目的地に到着するぞ」


「あ~あ、良いとこだったのにぃ~」


「むぅ。運の良いイレちゃんの本音を聞き出すには一筋縄では行かないようなのです」


 しかし、一方的に感情を弄ばれたイレーネが二人を見逃すわけもなく。

 彼女は無言で背に負った大剣を引き抜くと、わなわなと肩を震わせ、


「あんたら三人(・・)ともそこに並びなさい」


「あ、やば……これもしかして」


「もしかしなくても激おこなのです!?」


「ちょっと待て、今三人って言わなかったか!?」


 俺は関係ないだろ、と続けて言おうとしたが、有無を言わせない鋭い眼光で無理やり口を閉じさせられる三条。


「そもそも最初に話を振ったのユウトじゃなかったっけ?」


「つまりは全ての黒幕はユウくんなのです!」


 シーラとマリンは三条を身代わりにして自分たちだけイレーネの鉄槌から逃れようとするが。

 誰がどう考えても先程のやり取りで調子に乗ってイレーネを嵌めようとしたのはシーラとマリンの二人なわけで。


「黙って並びなさい……。今ならミディアムレアで許してあげるから」


 至って静かに、だが確実に腸を煮えたぎらせた彼女の周りに小さな火の玉が数個浮かび上がる。

 初めはオレンジ色だったそれらは徐々に赤みを増していき、出処たる女性の髪色にも似た紅色に到達した後、一気に爆発するようにしてその色をブルースターを思わせる青色に変えた。


「いやいやその出力だと絶対にミディアムレアなんかじゃ済まねぇだろ! ってか、そもそもミディアムレアでも十分ヤバいだろ!?」


「ユウトの言う通りだよ。そんなの食らったら私たちミディアムレアじゃなくてベリーウェルダンになっちゃうって! 生の肉汁が出なくなっちゃうよ!」


「やだこのアホの子、ツッコミどころが違うっ!?」


「久々に焼肉が食べたくなってきたのです……」


「お前もお前で今はそれどころじゃねぇって言ってんだろ!」


 そうこう言い合っている内に、


「あんた達、いいかげんにしなさい!!」


 反省の色を一切見せないどころか途中から焼肉の話すらしだす二人に、周囲に火の玉を侍らせ額に青筋を浮かび上がらせたイレーネによる鉄槌が下った。



「あんた達、私が少し離れていた間に派手にやられたわね……身体中傷だらけだし、服も髪も所々焦がしちゃって。厄介な炎魔法使いでもいたの?」


 数分後、熱いお仕置きを食らった三人と執行人の一人を合わせた四人はモンテカルロが集合をかけた場所へとたどり着いていた。

 そこで、戦場を駆け巡ったのにも関わらずかすり傷は疎か返り血の一つすら浴びていない銀髪ロリ副支部長──シエルと無事に再開したというわけだ。


「いや、そういうわけじゃないんだけどね……あはは」


「じゃあどういうわけなのよ?」


 引き攣らせた頬を搔いて目を逸らし、薄ら笑いを浮かべるマリンに、シエルは不思議そうに首を傾げる。


「簡単に言えば、飼い犬に手を噛まれたんだよ」


「誰が飼い犬よ、焼き直しされたいわけ?」


 横から口を挟んで訳の分からないことを言ってきた三条のことを、イレーネは彼の足を踏むことですぐさま黙らせる。

 一方のシエルは二人のやり取りの真意を掴めず、頭上に浮かべる疑問符の数をさらに増やすことに。


「それで、集合がかかった訳は何なのです?」


「私もまだ聞いてないけどそろそろモンテカルロの奴から何か言われるでしょ。……何でシーラはそんなニヤけてんのよ」


「別にそんなことないのですよ?」


 フヒッと、独り笑いを浮かべた、万人が認めるにやけ顔で否定しても何の説得力もないわけだが。


「……ただ、イレちゃんはやっぱり優しかったのです。ふふふっ」


 シーラがそう言うのもそのはずで。

 マリンと三条が服や髪のあちこちを黒く焦がしているのに対して、シーラにはその様な焦げ跡が一切付いていない。

 というのも二人が炎で焼かれたのに対して、彼女へのお仕置きはチョップ一発だけ。それもたんこぶすらできないほどの非常に軽めのを。

 つまり何だかんだ言ってもイレーネ、彼女はシーラにだけはとことん甘かった。


 そんな出来事があったなど知る由もないシエルは四人の無事を確かめると、


「なんだかあたしだけ仲間外れにされてる感が凄いけど、まあいいわ。そろそろ総部隊長サマのお出ましよ」


「皆の者、注目!」


 モンテカルロの部下が発した一声によって、集まっていた『瑠璃色の魂』の団員の視線が一斉に一箇所へと集中する。

 釣られて三条も前方に視線を移すと、横倒しになって壊れた機械の上にモンテカルロが仁王立ちしていた。


「動けるのはこれだけか……」


 言われて周りを見回すが、初めは五十人いたはずの討伐隊は今やその半数の二十五人しか集まっていない。

 さすがにもう半分が全員戦死したという訳ではないが、総部隊長が呼びかけた集合に来れないということは、それほどまでの大怪我を負ったということになる。


「私が君たちを集めたのは討伐戦が終了したからではない。未だに我らの内の誰一人として剣を交えていない敵軍の指導者、ムラート=シュービンが身を隠していると思われる場所を発見したからだ」


 ざわざわと。

 彼の言葉に動揺とざわめきが走る中、五-三支部の中だけでなく恐らく討伐隊全体の中でも最も彼との付き合いが長いであろうシエルが口を開く。


「それで敵の親玉はいったいどこにいるのよ。勿体ぶってないでさっさと教えなさい」


「まあまあシエル君、そう急かすんじゃない」


 食ってかかるような態度で自分のことを見上げる小さな少女の威勢の良さに微苦笑を浮かべ。

 モンテカルロは腰に差した剣を抜き放つとそれを両手で握り、ありったけの力で足下へと突き刺した。


「奴がいるのはこの下、廃工場の地下フロアだ。私の予想が正しければ奴以外にも何人かは護衛として潜んでいるであろう」


「なっ、そんなのがあるなんて聞いてないわよ!?」


「ああ、私が入手したこの施設の見取り図にも記載は無かった。恐らくは敵がアジトとし始めてから新たに追加されたのだろう」


「知らなかったじゃ済まないわよ、そんなこと。地下から奇襲されてたら甚大な被害が出てたかもしれないのに」


「実際に地下フロアがあるんだったら知ってたとか知らなかったとか関係ないだろ。……それで? 地下への入口はいったいどこにあるんだ?」


 まあ、落ち着けと。

 命のやり取りである討伐作戦の不備、というよりはそれによって大切な自分の仲間に危険が及んでいたかもしれないという可能性に、怒りを露わにして興奮するシエルの頭に手を置いて三条はそう尋ねる。


「ここのすぐ近くに隠し階段があった。今は散在しているガラクタや瓦礫で上から蓋をしてあるが、階段を塞いでいる鍵の掛かった鉄扉がかなりの硬度だ」


「どれくらいだ?」


「そうだな……私の雷鳴の迅撃ブリューナクを受けても傷一つ付かなかった、と言えばどれくらいか分かってくれるか?」


 再び集まった団員達がざわめきだす。

 曰く、そんなの誰が壊せるんだ、と。

 曰く、もう敵のボスは諦めるしかないのか、と。

 言い方は違えど、内容だけを取り上げれば異口同音である。


 敵のナンバーツーを務める男を一撃で切り伏せた音速の居合斬り。

 これまでに三条が見てきた魔魂(アルマ)やそれを使った技は決して多くはない、というか寧ろ少ないまであるのだが、それでも彼が見てきた中でもあの技は群を抜いていた。

 それくらい強力な技を無傷で抑える程の硬質な素材でできた鉄扉を破る手立てがこの討伐隊にあるとは思えないが。


「無理ゲーじゃねぇか……一体全体何でできてんだよその扉。……いや、まてよ?」


 呻くような呟きを途中で止めた三条は何か思い当たる節があると言わんばかしの顔で、シエルの頭上に載せた右手を弾ませるようにしてポンポンと二回彼女の頭を軽く叩く。

 シエルは不思議そうな顔で自分の斜め後ろに立つ男を見上げる。


「ユウト、どうしたのかしら?」


「あいつの剣でも切れない物質とかこの世界にはあるのか? さっき直であの技を見る機会があったんけど、相当な威力だぞありゃ」


「それは多分あれね。反魔法(アンチマジック)の仕掛けが施されてるわ。だから魔法で威力を上げた攻撃を放っても傷一つ付かないのよ。かといって魔法を使わずに切られても大丈夫な硬度にしてあるんでしょうけど」


「そうか。なら、モンテカルロでも壊せなかったその扉を物理技で壊せるような奴はこの討伐隊にはいないと思うんだ」


「そうね。ちょっと気に食わないけど、単純な戦闘力であいつより腕が立つ奴はいないと思うわ」


「やっぱりな。……それでもシエルの魔魂(アルマ)なら行けるんじゃねぇのか? 確か対象の構造を変化させる的な能力だっただろ」


 三条の問いに対して、シエルは銀のポニーテールを揺らすように首を横に振って否定の意を示す。


「あたしの《世界の改変者(ザ・モディファイア)》が使えるのは対象の構造のだいたいが分かっている時だけなの。だから扉だけだったら構造を書き換えることは容易いけど、得体の知れない魔法がかけられた物体に対しては役に立たないわ」


「そうか……八方塞がりだなこりゃ」


 そう言って肩を竦めてため息を吐く三条であったが。

 何者かが彼の肩を叩いたため、竦めていた肩を下ろした。

 振り向くと、立っていたのは未だ少し焦げ臭い匂いを振り撒いているマリン。

 彼女はさぞかし不思議そうな顔で、


「例え物理的な攻撃でも魔法を使った攻撃でも傷が付かないとしても、ユウトの技なら関係ないんじゃないの?」


 と首を傾げながら顎に指を当てて言った。


「あっ……」


 数秒の間を置いて。

 三条とシエルの目が見開かれる。


「それだ、行けるぞ。ナイスだマリン!」


 三条が一日に打てる不可防の一矢(イネビタブルショット)の回数には制限があるが、本日の分はまだ数回残っている。

 この数回を確実に留め具部分に当てることができれば、何も扉を破壊しなくても解錠することができるはずだ。


「そうと決まれば早速やるわよ。あたしはモンテカルロの奴にこのことを伝えに行くから戻ってくるまで待っててちょうだい」


「分かった」


 ポニーテールを揺らしながら小走りでモンテカルロの方へと向かうシエルの後ろ姿を眺めながら、三条は何かを確かめるように何度か右手を開閉する。


「どうしたのユウト?」


「いや、なんでもない」


(なんか右手に違和感があるような気がしたけど気のせいか……?)

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