第21話 シーラの攻撃手段
「総隊長、中央にて幹部とされている三名を含む多数の敵を討ち取りました」
紫電を迸らせた一太刀の下、『ニオファイト』のナンバーツーを務める男──敵のトップの右腕なる者を斬り伏せたモンテカルロの下に一人の男が駆けつけた。
三条の記憶が正しければ、その男はモンテカルロが支部長を勤める六-二支部の構成員だったはずだ。
「こちら側の人的被害は?」
「そこに倒れている十人も含めて死者が計十七名、重傷者八名、その他多数の軽傷者です」
「……やられすぎたな。敵の残存勢力は?」
「幹部は全員討ち取りましたが、雑魚が幾ばくか残っているのと、あと敵軍の大将を討伐したとの報告は未だ挙がっておりません」
「分かった。お前は攻撃部隊の方へと向かって、まだ動ける者と共に残っている敵を片っ端から潰していけ」
「了解!」
敵を切った際に剣身に付いた血を懐から取り出した布で拭き取ってから剣を鞘に納めたモンテカルロに、マリンは去っていく彼の部下を見ながら。
「指示を頂戴、総司令官さん。私たちはこれからどうしたらいい?」
「君たちも残った雑魚の処理を手伝いに行ってくれ。自分の怪我の具合を考えてくれぐれも無茶しない程度で頼む」
「分かったけど、あんたはどうするつもりなんだ?」
三条の問いにモンテカルロは数拍の間を置いて、
「私は敵の大将を探し出して殺す。では、また後で会おう」
そう言って飛ぶように走り出した。
「俺らも戻るか……そういや、さっき飲んだポーションの効果時間ってどれくらいなんだ?」
「それについては気にしなくて大丈夫。軽く三時間は持つと思うから」
二人も残党の処理をしている他の隊員がいるであろう方向へと移動を始める。
「イレーネとかシエルは大丈夫だと思うけど、シーラが心配だな。……やられてないといいんだけど」
「大丈夫でしょ。なんだかんだ言ってあの子も相当なやり手だしね」
「そうなのか?」
「そうよ。……どうしたの?」
大袈裟という表現は似合うほど、あまりにも意外そうな顔をしている三条に疑問符が浮かぶ。
「いやだって、あいつって何かと鈍臭いところ有るし。てか、そもそもシーラって攻撃手段持ってるのか?」
そう言った三条に対して、マリンはさらに疑問符を重ねて浮かべる。
「あれ? ユウトってシーラの魔魂……何だっけあれ。……まあいっか、知らなかったっけ?」
「確か、粘土を操る《神より賜りし埴土》だろ? それは知ってるよ」
「なんだ、知ってるじゃない。あれで攻撃するのよ」
「でもあれって回復用の魔法じゃないのか?」
彼女の能力について三条の脳に残っている情報は、魔道具なよって吹き飛んだ自分の腕を再生してもらった時のことがほとんど。
そんな彼にとって、彼女が生み出した粘土で攻撃するビジョンなど見えるわけがない。
なるほどと。
マリンの顔が何かを察した時の様なものになった。
「それ多分あれね、シーラの能力を根本から勘違いしてるよ」
「というと?」
「ユウトの攻撃手段が自分の能力が持つ特性を利用したもののように、彼女が使う回復系の魔法も能力の特性を研究して分析することで見つけた応用技の一種らしいの。……まあ、だいぶ前にイレーネあたりから聞いた話なんだけどね」
「そうだったのか。それでどういう風に攻撃するんだ?」
「それは……ちょうどよかった、本人が使ってるところみてみなよ。百聞は一見にしかずっていうし、やっぱり人の説明を聞くよりも自分の目で見た方が手っ取り早いもんね」
言い終わるとほぼ同時に。
説明を途中で放棄したマリンの視線の先で何かが大きく蠢いた。
「なんだ、ありゃ?」
パッと見では丘。
そんな印象を覚える地面の膨らみがそこにはあった。
そしてその正体をよく見ようと三条が目を凝らしていると、
「あっ、お~い、ユウく~ん、マリンちゃ~ん!」
噂をすればというやつか。
その膨らみの近くから甲高い声と特徴のある呼び方で二人のことを呼ぶシーラの声が聞こえてきた。
「あいつ無事そうだな。めちゃくちゃ元気そうだし」
「そうね。……身体の内側も外側もズタボロで、ポーションの力で脳を誤魔化してる私たちとは正反対だよ、ホント」
遠くで両手を大きく振りながらぴょんぴょんと飛び跳ねている彼女の姿を視界の中央に収めて思わず苦笑する二人。
だが、元気溌剌な様子を見るに、どうやら彼女と共に行動しているはずのイレーネやシエルがやられたとかいうわけでもなさそうで。
「皆無事そうで取り敢えずは一安心だな」
「そうね……っ、敵よ!」
マリンがそう言ったとほぼ同時に、彼女と三条の前方数十メートルのところにある複雑な見た目をした機械の陰から一人の男が姿を現した。
彼は首を振ってマリンと三条がいる方とシーラのいる方とを交互に見た後、二対一は厳しいと判断したのか、まだ自分の事に気がついていない様子のシーラへと標的を定める。
「おいシーラ、敵がそっち行くぞ!」
すかさず彼女に危機が迫っていることを伝えるが。
言われて敵の接近に気付いた彼女は逃げる素振りを見せない。
と言うよりもむしろ、泰然として彼の到達を待ち構えているのだ。
「おっ、シーラはやる気みたいだね」
「おいおい助けなくていいのか?」
「ここからじゃあの敵に追いつけないし、魔力がほとんど空っぽな私たちに遠隔攻撃を使う余裕もないじゃん。……まぁ見てなよ──面白い物が見れるよ?」
そう言う彼女の横顔からは、サーカスが始まる前の子供のようにワクワクが溢れ出ており。
そこから読み取れるるのは、心配はいらない、と言ったところか。
「殺し合いに面白いも糞もあるかっての……は?」
敵の接近を待って仁王立ちしていたシーラが、動いた。
いや、正確にはその足下の地面──つまりは丘状に膨れ上がって蠢いていた場所が彼女を乗せたまま動き出したのだ。
その正体は全長六メートルくらいの巨大な人型の土塊。
すなわちゴーレム。
「あれはシーラの攻撃手段の一つ、泥の胎児だね」
自分のものが甚だ地味であるというのに、攻撃技と言うだけあってもっとド派手なものを思い浮かべていた三条は、予想の斜め上を行って物理的にも斜め上に居るシーラを見上げてあっけらかんと口を開けていた。
「やっちゃえ、ゴーちゃん!」
彼女の呼びかけと共に。
たった一人のちっぽけな男の頭上からゴーレムの腕が振り落とされる。
敵は間一髪でそれを避けたが、猛烈な風圧と撒き散らされた土の塊やまくり上げられた床のタイルとに身体を打たれ、大きく吹き飛ぶ。
「ゴーちゃん、追撃するのです!」
ただでさえ全身を隈無く打擲され瀕死な状態の敵に反撃のチャンスを与えまいと、追い討ちをかけていく。
上からの一撃の次は横からの一撃。
振り下ろした方とは逆の手で横殴りの一撃を。
まるでガラクタを机上から押しのけるかのように、廃工場内に散在している今は使われていない機械群を薙ぎ払いつつ山をも抉りとらんとする勢いで地面を捲り、迫ってくる強烈なビンタを全身ボロボロとなった敵が避けることができるわけもなく。
ピギュッと。
訳の分からない断末魔を上げて敵が弾丸のように吹き飛んだ。
「えげつねぇ……普通一人相手にするような攻撃じゃねえだろあれ」
「あははは、一回シーラを怒らせちゃって基地の中であれを使われたことがあるんだけど、あの時はさすがにやばかったよ」
(いやいや、あんな大技を使わせるほどって。一体どんな怒らせ方したんだよこいつ……)
「はわわわっ、二人ともズタボロなのです!?」
地響きを鳴らしながら歩くゴーレムに乗ったまま、心配極まりないといった表情を浮かべてシーラが二人へと近づいてくる。
一歩踏み出す度にパラパラと身体の一部──小粒の砂や礫だけでなく時折人間の拳を二回りくらい上回る岩を含む──を落としているゴーレムの接近に顔を青ざめた三条は、
「おいバカ、その危なっかしいものに乗ったまま近づいてくんな!」
そう言われたシーラは、何を言ってるんだこいつは?と言わんばかしの顔を浮かべて。
「ゴーちゃんは私の指示にしか従わないから二人に危害を加えることはないのですよ? だから危なくないのです」
「そういう意味じゃねぇっ!」
「あんたらくだらない漫才してる暇と元気があるんだったらちよっとは残党処理を手伝いなさいよ」
三条とマリン、二人の声が被さった突っ込みに釣られた──わけでは決してないと思うが。
ゴーちゃんと呼ばれているシーラのゴーレムの足下に転がっている壊れた機械の陰からイレーネが現れた。
彼女は片手に身の丈ほどの大きさの大剣を持ち、逆の手で一人の男を引き摺っている。
その男は全身見るも無残なほどぐちゃぐちゃになってはいるが、多分元々は先程シーラのとこのゴーレムがぶっ飛ばした者であろう。
「シーラ、あんたふっ飛ばしすぎ。死亡確認する側の立場にもなってみなさいよ、面倒ったらありゃしないわ」
「あれ? もしかして、殺しきれてなかったのです?」
「そうだけど、起き上がる前にとどめは刺しておいたから心配は無用よ。あと、討伐の功績は最後の一撃を与えた私の方に入れるから」
「あ~ずるいのですっ! 功績は致命傷を与えて再起不能にまで追い込んだ私に入って然るべきなのです!」
どっちが敵を倒したのかについて言い合っている二人を後目に、三条はマリンに疑問を呈する。
「なんであいつらは誰が討伐したかなんかに拘っているんだ?」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
またこのパターンか。
と、三条が思わずため息を吐いているのに気づいていない様子でマリンは言葉を続ける。
「こういう大規模な討伐戦の時とかは、討ち取った敵の数とその戦力に応じて後で報酬が貰える仕組みになっているのよ。ちなみにディミトリ=アズナヴールだっけ? あいつを倒した功績は私の方に入れとくからね」
「別に構わねぇよ。トドメを刺したのはお前だし、そもそもお前がいてくれなかったら今頃やられてたのは俺の方だったしな」
現在、妹に関する情報を探すためだけに『瑠璃色の魂』に所属して戦場に赴いている三条にとって、妹の居場所以外、ましてや報酬になど興味はない。
そんな彼が、意外そうな顔で呆然と自分のことを見つめるマリンを放って未だ言い争っているシーラとイレーネの大小コンビの下へと歩き出した時。
パンッと、破裂音にも似た音と共に遠くで緑色の煙が上がる。
事前に彼らが言い渡されていた情報通りなら、その色が示すのは集合の合図。
恐らくモンテカルロが発したであろうそれに気付いたマリンが怪訝そうな顔をする。
「総隊長が敵の大将を討ち取ったのかな? ……いやでもそれだったらあっちから戻ってくる筈だし、何か良くないことがあったのかも」
「集合しろって指示だ、どちらにしろ煙の出場所に向かう他ないだろ」




