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第2話 ミュル

「ところで、あんた……マリンはどうしてこんなところにいたんだ?」


 目に入る情報が端から端まで全て白い砂しかない景色の中でただひたすらに前を向いて歩く記憶喪失青年──三条は、沈黙を破って自分よりも三歩ほど前を歩くマリンにそう投げかけた。


「実を言うと特に理由は無いんだけど、敢えて言うなら、そうね……パトロールかなぁ」


「パトロール?」


「うん、パトロール。ここは本来なら民間人の立ち入り禁止区域なんだけどね、時たまバリケードを越えて来ちゃう人がいるの。自殺志願とか、資源目当てとか理由こそ色々だけど。そう、例えばユウト。君みたいにね。」


「あー、なんだ。仕事を増やしちまったようですまねぇな」


 三条は申し訳なさそうに声のトーンを落としてマリンに謝罪した。


「あはは、うそうそ、冗談だよ!そんな謝らなくてもいいって。……ユウトも理由、わかんないんでしょ?どうしてここにいたのか」


「それはそうだけどさぁ。実際、迷惑かけちまってるわけだし」


 気にしない気にしない。と、マリンは足を止めることなく首を回すことで肩越しに三条のことを見て微笑んだ。


「マリンがそう言うならいいんだけどな」


 ふと、三条の脳裏に一つの疑問が思い浮かんだ。


 この広大な砂漠の中、マリンは一体どこへ向かっているのだろうか。


「なあ、マリン。」


「ん、どうしたの?」


「一体俺たちはどこに向かってるんだ?」


「……町。」


 マリンは突然歩みを止めて後ろにいる三条の方へと振り返り、声高々に告げる。


「私たちが住む町、ニティフォック王国第五の都市エスカだよ!」


「エスカ?それってここからどれくらいかかる場所にあるんだ?この辺り一帯は砂漠地帯でとても近くに町があるような感じはしないんだが……」


「一時間もかかんないよ」


「そんなわけねぇだろ、俺らが今向かってる方向だって地平線の果てまで砂漠じゃねぇか!」


「あはは、それは”そう見えている”だけだよ。」


「……どういう意味だ?」


「ここら辺一帯は台地になってるのよ。だからここよりも標高の低いエスカはほとんど見えないの」


「なるほど、そうだったのか」


「うん。ああ、あとね」


 マリンは再び前を向き歩みを進めようとして、ふと思い留まったように三条の方を見て口を開いた。


「さっきから気になってたんだけどここ、砂漠なんかじゃないからねッ!?」


「え?…………っ!?」


 その刹那、三条の視界からマリンの姿が消えた。厳密には身体をくの字に曲げ、猛烈なスピードで横にスライドして行ったのだ。


「一体……どうなってやがんだこれは!!」


 三条が驚愕したのはマリンが消えたことに対してではない。


 先程まで彼女がいた地点から横に五十センチメートルぐらいの空間に白い何かが生えていたのだ。

 ついさっきまでは確実に存在しなかったそれは徐々に、だが確実に、伸びていく。


 その”何か”は横に向かって生えているのにも関わらず、先端部は上方にほぼ直角に折れ曲がっている。さらにその末端は五つに分かれており、それぞれが独立して動いているように見えた。


 三条の目にはそれは紛うことなき、


「あ、し……?」 に見えた。


 三条がそう言った、その直後。

 ズンッッ!と、その”脚”が地を踏んだ。

 足指が白砂を掴む。

 やがて、その脚が生えていた辺りの景色が歪み始める。

 空間が人型を形成し、脚から上が明らかになっていく。


「なんだ、こいつはっ!?」


 三条の目に映ったそれは人の形をしていた。が、確実に人類ではない何かであった。


 体表の大部分は地面を覆っている砂のように白く、ところどころ二酸化炭素を通した石灰水のように濁った色をしていたり、黒い線が引かれていたりする。

 目こそ視認することはできないが、巨大な口を持つなど頭部が異常なほど発達しており、身体と不揃いな長さの両腕と相まってやや前傾姿勢である。


 どうやら、マリンはこいつに蹴り飛ばされたらしい。


 また、幸いにもその白い何かはマリンに執着しているのか、彼女が飛んでいった方向に身体を向けたまま微動だにしない。


(くそっ、どうしたらいいんだ……考えろっ俺!!)


 白い何かとの距離を開けるため、三条が後ずさりをしたときだった。

 突然白い何かは首を九十度回した。

 つまり、三条のいる方向へと首を向けたのだ。


「ッっっ!?」


 奴の目がどこにあるかは依然分からない。

 しかし、確実に目が合った、と三条の脳がそう判断した。


 二チャリと。

 白い何かの口が歪み、笑みを浮かべたような表情へと変わる。

 その顔は殺人鬼が新しい獲物を見つけた時のもののようにも見える。


 ”逃げろ。”


 三条の生物としての本能が警告を鳴らす。

 その警告は脳によるものなのか。

 あるいは、ほぼ全ての細胞が持つDNAに刻まれたものか。

 三条の心臓が早鐘を打つ。全身くまなく嫌な汗が吹き出る。

 何か食べた訳でもないのに関わらず胃酸が込み上げてき、吐き気さえ催す。


 もし、三条の細胞が各々意志を持ち自律行動できたのならば、今すぐにでも逃げ出そうと離散する細胞達によって三条の身体はバラバラに弾け飛んでいただろう。


 それほどまでにその白い何かは奇怪であった。


 今すぐ逃げ出したい。逃げ出したいのは確かなのだが、


(くそっ、足が動かねぇ……!)


 足が竦んでしまって動くことができない。

 動くことはおろか、目線を切ることすらできない。


 身の危険を感じ、身体中のアラートが鳴り続けているのにも関わらずまるで蛇に睨まれた蛙かのように呆然と立ち尽くす三条。

 ギチギチと音を立てながら白い何かの口が大きく開かれ、三条の頭を丸呑みにせんと距離を詰めてくる。


「くそっ、ここまでか……」


 目と鼻の先にまで迫った白い何かを前に、三条が覚悟した時だった。


 タンッ!と。


 乾いた音と共に白い何かの頭部が大きく横に逸れた。

 横合いから向かってきた小さく光る球体が側頭部に当たり、衝撃を与えたのだ。


「ユウト! 大丈夫だった!?」


 球体の飛んできた側からマリンの声が聞こえる。

 その声音からははっきりとした焦りと心配が読み取れた。


「ああ、おかげさまでな」


 頭部に衝撃を受けた白い何かが体勢を崩して硬直している隙に距離を取った三条は中程の距離にマリンの姿を認めた。


 よくよく見ると、マリンの手には先程まで腰に携えていたレイピアがしっかりと握られている。


「それはよかった。……すぐに片付けるからちょっとだけ待っててね」


 今の彼女の声や表情には先程までの陽気さは感じられず、まさに真剣そのものである。


「ガグラァッッッ!!」


 白い何かが吠えた。

 マリンの方へと顔を向けたそれは両足に力を入れて体勢を立て直した後、全身の筋肉を隆起させて寸前の二倍程までその体積を膨れ上がらせる。

 その瞬間、マリンは勢いよく地を蹴り、文字通り一瞬で白い何かとの距離を詰めた。

 懐まで潜り込んだ彼女はレイピアの切っ先を胸部の辺りに突きつけ、


「貫け、──氷の穿槍(アイス・ランツェ)!!」


 突如として彼女の突きは細く輝く氷の槍と化し、白い何かの胸部に風穴を開けた。


「グラァァ!」


 雄叫びを上げ白い何かは懐のマリンを捕らえようとするが、彼女が開けた穴から冷気が溢れ出て徐々に凍てついていく。

 数瞬の後、完全に動きを止めて凍りついたそれに亀裂が入り、ボロボロに崩れ落ちていった。


「いっちょ上がりっ! いやぁ災難だったね」


 声に陽気さを取り戻したマリンはレイピアを鞘に収め三条の下へと戻ってくる。


「なんだったんだ今のは」


「ん? それはさっきの白い奴が何なのかってこと?」


「それだけじゃねぇよ! 何も無い空間から現れたし、現れたと思ったら食われそうになったし、それにさっきマリンは何をしたんだよ!?」


 そう早口で捲し立てた三条はマリンが身に付けているレイピアをまじまじと見た。

 しかしどこからどう見てもただのレイピアで、突きが氷の槍と化すようにはとうてい見えない。


「一気には無理だから一つずつ答えていくね。まず、さっきの白い奴は”ミュル”って呼ばれてる生命体。ある程度の知能があるってことと、死んでから時間経過で白い砂になるってことくらいしか分かってないの。ああ、あとさっきのでユウトも理解してるとは思うけど奴らは私たち人類の敵ね。これは全ての人間が共通認識していることなの。」


「白い砂になる? ……それってまさか…」


 三条はゆっくりと辺りを見回す。

 目に映ってくるものは辺り一面の砂。

 厳密には白い(・・)砂。


「ユウトの思っている通りだよ。ここは昔からミュルの死骸を捨てるための場所だったらしいの。それが積み重なってこの台地が形成されたんだって」


「一体、どれだけの数のあいつらが積み重なっているんだ……」


「最近は全く起こってないけど、昔はミュルの大規模な侵攻があったらしいからね。軽く数千万とかじゃないかなぁ」


「あんなのが数千万体!?」


「ああでも、さっきのは透過型(インビジブルタイプ)っていう結構レアなミュルだからあんな厄介なのがたくさんっていうわけでもないよ。……もっと厄介なやつも普通にいるけど」


 最後に聞きたくもない新情報が加えられた気もするが、聞こえなかった体で三条は質問を続ける。


「じゃあ、さっきの氷の槍はどうやったんだ?」


「んーと、その話は街についてからのほうがいいかな。いろいろと説明しなきゃいけないし、話を聞くよりも実際に目で見たほうが理解しやすいこともあるから」


「そうなのか」


「うん、それじゃあ気を取り直して行こっ! エスカに!」


 そうして二人は再び死骸で出来た台地の上を歩き始めたのだった。

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