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第18話 狂気に満ちた強敵

 直方体にパイプやらコードやらを四方八方から接続してごたついた見た目の機械が立ち並ぶフロアを三条は駆けていく。

 時折機械の隙間から主戦場となっている休憩スペースのように見て取れる広い空間の方を見ると、相も変わらず彼ら『瑠璃色の魂』が圧倒的なまでの優勢を保っている。


「ここまで一方的だと討伐というよりは虐殺だな。いっそ『ニオファイト』の連中が可哀想にすら思てくるぜ。……でもやっぱり戦闘経験が豊富なやつらは明らかに動き方が違うもんなんだな。足運びにあまり無駄が感じられねぇ」


 他人の戦い方を見て感心しつつも、彼は彼で魔法で創られたよくわからないオーラを纏った剣や斧といった凶器を振り下ろしてきた数人の敵をヒラリと躱し、相手の踏み出した足に自分の足を引っ掛けていく。

 そして、そのままバランスを崩した敵にまるで一人で流れ作業をこなすかのように自分の掌を押し当てて金属の杭を打ち込む。

 彼が狙って攻撃している箇所は決して心臓や脳といった一撃を与えられればすぐさま死に至るような場所ではない。

 というのも記憶のある範囲では一度たりとも人を殺めたことのない三条は、人を手にかけるのに酷く抵抗があったのだ。

 それでも彼が容赦なく狙っていくのは肝臓や腎臓、膀胱といった、即死は免れるものの神経に多大なるダメージを与えて再起不能にするような人体の急所ではあるのだが。


「この調子だと直ぐにでも終わりそうだな……」


 主戦場からあぶれてきた別の敵を軽くあしらって一瞬の内に意識を刈り取った三条がそう呟いた、その直後。

 ドゴンッッ!と。

 馬車の荷台が横転した時のものにも似た鈍い打撃音を鳴らして、急にどこからともなく飛んできた何かが壁にぶつかった。


「なんだこりゃ?……っ!」


 ぱっと見では赤黒いサンドバッグのようにも見える、その飛んできた物の正体は両の上肢をもがれ全身血塗れとなった一人の人間であった。

 三条が既に絶命して血なまぐさい異臭を放っているその人物の顔を覗くと、見かけたことのある顔──彼が馬車から降りた時に見かけた、結界の展開の一端を担っていた男であることがすぐに分かった。

 つまりは、味方が少なくとも一人伐たれたのだ。


「くそっ、遂にこっちの陣営にも死者がでやがったか」


 彼が言い終わるより早く、続けざまにもう一度先程ともよく似た打撃音が近くで轟く。

 今度の轟音の正体は立ち並ぶ機械群を薙ぎ倒しながら宙を舞う氷の塊。

 その塊は動きを止めた後、纏わり付いた薄氷を落としていく。


「いったたた……。氷で身を守ってても中まで衝撃が通るってどうなってんのよ」


 氷塊の中から顔を出したのは全身傷だらけで息を切らしたマリン。

 彼女は口元から垂れた血液を手の甲で雑に拭うと、近くに転がっている仲間の魔道士の死体と自分が飛んできた方とを交互に見て、


「あんにゃろう、絶対後悔させてやる……!」


と腰のレイピアを抜いて言い放った。

 初めて見るマリンのズタボロな姿に困惑しつつも、彼女のことを心配した三条が声をかける。


「おい、大丈夫かマリン」


「あっ、ユウト。私は大丈夫だよ……と言いたいところだけど、ちょっとばかしやられすぎちゃったかな。」


 マリンは頬を指で掻きながらあははと笑って見せるが、どこからどう見てもその表情からは疲労や苦痛が読み取れる。


「ユウトは大丈夫だった?」


「俺の方は心配いらないよ。それよりも一体何があったんだ? マリンがそんなボロボロになるなんて」


「一発目で吹き飛ばされたから詳しくは言えないけど、えげつないのがいたのよ。あいつだけは他の雑魚どもとは明らかに格が違ったわ。……そこに倒れている彼も含めて四人よ」


「八人? おいまさかそれって」


「察しの通りよ。既にそいつに四人殺されたわ。それも私がここまで吹っ飛ばされる前のことだからもしかしたら更に何人かやられたかも」


「そんなに強い相手なのか……どうするんだよ、勝てそうなのか?」


 三条の問いかけに対して一瞬だけ苦い表情を浮かべたマリンは、それでも先程まで強敵と戦っていた方を真剣な顔つきで睨みつけて返答する。


「どうするどうしないの話も勝てるか勝てないかの問題も関係ないわ。大事なのは既に奴に仲間が殺されていてこのまま放置してしまうと更に多くの血が流れちゃうってことだけよ」


 そんな彼女の横顔を、三条は柔和な笑みでもって見つめていた。

 そしてそれに気づいたマリン。


「……なによ。戦場に似合わないニヤケ顔なんかしちゃって」


「いやさ、マリンって普段から冗談めかしてふざけてるようなイメージだったけど、マジな時はそんな顔するんだなぁって」


「失礼ね。私だってやる時はやるのよ」


「そーかいそーかい」


 流すような相槌を打った三条は、その視線をマリンから難敵のいるであろう方向へと移して再び口を開く。


「絶対に無理だけはするなよ。少しでも厳しくなったら直ぐにスイッチだ。……いや、そう見受けられたらこっちからスイッチしに行くわ」


 一方のマリンは彼の言葉に数秒の間ぽかんと口を開けてあっけらかんとした後、急に我に帰って驚きを顔に滲ませた。


「えっ、ユウトも来るつもりなの!?」


「そんなに驚かなくても俺たちは同じ支部の仲間なんだから当たり前のことだろ。それとも何か不満でもあるのか?」


「いやいや、不満はないけど……あいつは勝てるかも分からない強敵だから危ないよ?」


 マリンの言葉を聞いた三条は思わず鼻で笑って、


「戦場に足を運んでる時点で危険なんて百も承知だ。ほら行くぞ、その強敵をぶっ潰しに」


勢いよく駆け出した。


「あっ、待ってよユウト!」


 ついさっきまでマリンが強敵と戦っていた場所へと近づくにつれて徐々に人間の血液が放つ鉄臭さと炎系統の魔法が行使されたことによる硝煙のような臭いが入り混じった、鼻をつく臭気が強まっていく。

 そこらじゅうにこびり付いている赤黒い血痕が奥で繰り広げられている激戦を示唆している。


「奴がいるのはこの先よ」


 マリンがそう言った直後、二人は同時にゴツい見た目の機械を跳び越えてある程度の広さの空間に躍り出た。

 一気に異臭が濃度を増す。


「嘘だろおい……」


 二人の目に飛び込んできたのは目の逸らしようがない地獄絵図。

 床は一面血の赤に染まり、血の付いていない箇所を探す方が難しい。

 その血溜まりのあちこちで蠢いているのは、もはや原型すら留めていないかつて人だった何かだ。


「ざっと数えただけで十人は死んでるね……」


「イヒヒヒアハハハハハハッ」


 血液と肉塊で赤黒く染まった空間の中央で気味の悪い笑い声を上げて立っている者が一人。

 黒い外套のフードを深く被っているためはっきりとした表情は分からないが、それでも口元を歪めてニタァッと不気味な笑みを浮かべているのが見て取れる。


「あいつがマリンの言っていた滅茶苦茶強い奴か」


「うん……」


 三条とマリンの気配に気づいたのか、敵が二人の方へと首を向ける。

 ただ見られただけなのに謎の嫌悪感に襲われて思わず身震いする三条。


「イヒィ、次は君たちがこの僕、ディミトリ=アズナヴールに美しくて美味しい鮮血を飲ませてくれるのかなぁ? イヒ、イヒヒヒ」


 ディミトリと名乗った男が、その細身をゆらりと揺らした途端に猛スピードで二人との距離を詰めんと近寄ってくる。

 狙いは明らかに三条ではなくマリン。


「僕的にはこっちのカワイイ女の子の血が啜りたいなぁ!」


「くっ、氷よ私を守って!」


 一瞬でマリンとの距離を詰めて彼女の首元に手を伸ばしたディミトリに対して、マリンはバックステップを踏んで距離を稼ぎつつ間に氷の壁を生成することで逃れようとする。

 ガギン、ギャリギャリギャリギャリッと。

 ディミトリの指先がマリンの張った氷壁に触れた瞬間、レシプロソーがステンレス材を切断するような音と共に壁が白い粉を撒き散らして削り取られていく。


「イヒヒヒ、ムダだよ。僕の魔魂(アルマ)振動増幅器アンプリファイヤ》は手が触れられる範囲の物体の振動数を大幅に変える。応用すれば今みたいに自分の手を電動ノコギリにすることだってできるんだ。つまり僕の前ではどんな障壁も無意味さ! さあさあ観念して早く僕に君の血を摂取させてよ」


「絶対にお断りよ、気持ち悪い! あんたはこれでも食らってくたばりなさい。……貫け、氷の(アイス・)──「かかったねぇ!」っ!?」


 マリンが万物を貫く氷の一撃を放つため腰に下げたレイピアのような片手剣を抜刀した瞬間。

 ディミトリがいやらしい笑みを浮かべたと同時にマリンが痛みに顔を歪めてレイピアをその小さな手から落とした。


「大丈夫かマリン!」


 急いで三条が駆け寄ると、彼女の手から赤い雫が滴り落ちている。


「くっそ、やられた。……でも大丈夫、傷は大したことないわ」


「馬鹿だね不憫だねぇ。僕の魔魂アルマの能力を理解していないのかな? それともさっきの手が触れられる範囲に能力が作用するって説明をまんまと信用しちゃったのかなぁ? イヒ、イヒヒヒ、どうだい自分の武器に傷を増やされる気分は」


 ディミトリは異変をすぐに察知したマリンが放り投げるようにして手放したレイピアを拾い上げ、その柄に付着したマリンの紅血を指で掬い取って舐める。

 恍惚とした顔で血の付いた指先を十分に舐め回す姿は狂気の沙汰であるとしか言いようがない。


「あぁぁ。やっぱり、僕の思った通りだ。君の血は最高に美味しいね。……いっそ全身の血液を全て抜き切ってワインボトルに詰めたいくらいだよ!」


 そう叫ぶと同時にディミトリは地を勢いよく蹴り付けて、マリンとの距離を一気に詰めた。

 魔法の行使を許してくれないほぼゼロ距離での肉弾戦をしかけてくるディミトリに対して、武器を失ったマリンは徒手空拳で彼の猛攻をいなしていく。

 しかしあくまで受け流すことができるのは表面上の打撃だけであって、魔魂アルマまでは防ぎきれない。

 そのため電動ノコギリと化したディミトリの腕によってマリンの服や肌は切り裂かれて血を滲ませている。


「いいねぇその顔。君みたいなカワイイ女の子が苦痛で顔を歪める姿は最高にそそるねぇ! イヒヒヒヒアハハ」


「ほんっと狂ってるわねっ!」


「ガードが緩んでるよぉ!」


「がはっ!!」


 ディミトリの容赦ない前蹴りがマリンの腹に刺さり、勢いよく吹き飛ばされた彼女の体躯が赤黒く染まった床をバウンドする。


「さぁてさてさて、そろそろ君の身体も限界じゃないのかな? それじゃあ血を頂くとしようかなぁ、イヒ、イヒヒ……おっと」


 猛スピードで飛んできた金属製の棒を、ディミトリは身体を捻って回避する。

 投擲したのはもちろん三条。


「残念ながらその前にもう一戦だクソマッド野郎」


「なんだいなんだい、僕はあのカワイイ女の子の血を飲みたいんだ。邪魔するなよぉっ!」


 目前まで迫った至福のひとときを邪魔されたことで明確な不機嫌さを露わにするディミトリ。

 彼は三条の首を凶器と化したその腕で刈り取ろうと詰め寄るが、三条は至って冷静に大振りな彼の腕を躱し懐に潜り込む。


「悪かったな、マリンみたく可愛い女の子じゃなくて。……貫入せよ、不可防の一矢(イネビタブルショット)

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