第17話 討伐作戦、開始
茶髪を刈り上げたいかにも勇猛果敢そうな男は腰に下げた一振りの剣の柄頭に手をかけ、木箱を並べただけの台の上でその口を開く。
「まずは諸君、私の呼びかけに応じて遠路はるばるここに集まってくれたことに感謝する! 私は今回の討伐作戦において総隊長を務める『瑠璃色の魂』六-二支部の支部長、モンテカルロだ。 およそ一か月前、私の支部に所属する諜報員が第三級指名手配を受けている犯罪魔道士集団『ニオファイト』が活動拠点としている施設の在り処に関する情報を入手した。場所はここ、マールイから南に数百メートルのところに位置する森林の中に建てられた廃工場だ。俺たちは今からそこを襲撃し、中に潜伏している罪人どもを殲滅する」
モンテカルロと名乗った男が指差した方向を見ると、建物間の隙間から樹々が鬱蒼と生茂っている森林地帯が覗いている。
「目的の再確認もしたところでこれから作戦の最終確認を始める! 今回はチームワークや陣形の慣れの問題から、それぞれの支部から派遣された五人を最小の戦術単位、班とすることにした」
見た感じだと現在マールイに集まっているのは十の支部。
モンテカルロの話し方からして一つの支部につき戦闘員が五名ずつ派遣されているようなので、戦闘員の総数は五十人ということになる。
ちなみに。
(俺が所属している五-三支部の班を構成するのは俺、シエル、マリンとあと残りの二人は……)
そんな事を考えながら三条が辺りを見回すと、遠くに見覚えのある二人組が見えた。
長身に身の丈程の長さをもつ大剣を背負った女性と、栗色のアホ毛が特徴的な少女のような見た目の女性のコンビ。
何も知らない人に彼女らが親子だと説明しても嘘だと気付かれないのではないかと思える身長差からは、彼女らが実は同い年の同期であることなど想像もつかない。
「ではこれから二班ずつ先発隊、第一攻撃部隊、第二攻撃部隊、後方支援隊、遊撃隊の五つの内のどれかに振り分ける。呼ばれた班の者は前へ来てくれ」
次々と他の支部が呼ばれていく中、三条たち五-三支部の面々が呼び出されたのは一番最後、遊撃隊の時であった。
「君たちは我々六-二支部と同じく遊撃隊を担ってもらう。攻撃部隊のサポートをしながら彼らが討ち漏らした敵を狩るのが主な仕事だと思ってもらって構わない」
そう言ったのは壇上から降りてきたモンテカルロ。
総隊長であるのにも関わらず、彼は遊撃隊員として前線を駆け巡ろうとしているようだ。
「一つ質問いいか?」
「……君は確かシエル君のところのユウト君、だったかな? 質問の中身を聞かせてくれ。これから共闘する仲間だ、疑念や懸念は前もって除去しとくに越したことはない」
「あんたはもう直ぐ始まろうとしている作戦の総隊長なんだろ。そんな人間が後ろから指示を出さずに前線を走っていても大丈夫なのか? 頭が討たれたなんて時にはパニックが起きて戦線が崩壊しちまうぞ」
「おお、さすがはシエル君の部下だな、良い着眼点だ。しかし、その点については問題ない。今日集まってくれた者たちは皆戦闘慣れしている勇士だから一々指示など出さなくても各々が最適の判断に基づく行動を取ってくれるさ。それに私はあんな奴ら相手にそう簡単には死なんよ」
胸を張ってそう言うモンテカルロの姿は非常に堂々としているもので、自分の実力だけではなくこれから共に戦うこととなるついさっき会ったばかりの仲間たちをも強く信じているという様子がはっきりと感じ取れる。
そんな溢れ出るカリスマ性を持つ彼に付き従い、見るからに実力者といった容貌の彼の班員たちも皆、そろって真剣な表情で頷く。
一方で円形に並ぶようにして集まっている二班十人の内の一人から漏れたのは一つの溜息。
その溜息の出処であるシエルは苦笑を浮かべながらモンテカルロのことを見上げている。
「やけに自信満々ね。去年他の組織を潰したときに『いくら相手が第三級指名手配の集団だからといって決して油断はするな。三級と評価されているのはあくまで組織としての危険度。個人での危険度なら第二級や一級レベルがいてもおかしくないと常に思え!』とか演説していたのが嘘みたいだわ」
「ガハハ! 懐かしいな、そう言われればそんなこともあった気がするな。だがシエル君、君はこの私が当時のまま変わっていないとでも思うのかね?」
「そうなんじゃない? ウチのハスターを見た限りでは支部長って大分忙しいみたいだし」
「いいや、私はこの一年間支部長室に籠もっていたわけではないのだ。むしろこれまでよりも積極的に戦場へと足を運ぶようになり、仲間を守れるだけの力をつけることができた。おかげで仕事はほとんど副支部長に押し付ける形となってしまっているがな」
「ちゃんと副支部長のことを労ってあげないといつか絶対痛い目に合うわよあんた……。見た感じまたあの子に留守番させてるんでしょ? 今回の戦いが終わったら何か土産でも買って帰ってやりなさいな」
「あ、ああ。……シエル君がそう言うのならそうしよう」
明らかに呆れの情を孕んだジト目で威圧しながら見上げてくるシエルに対して少したじろぎつつも約束をするモンテカルロ。
彼はシエルからの追撃を避けるかのように再び木製の足場に飛び乗る。
そして咳払いを一つ。
たったそれだけで、部隊の振り分けにあたって若干散らばりつつあった魔道士たちの視線が彼の方へと向く。
「あらかた部隊内での打ち合わせ等も済んだと思うが、ここで私から一言言わせてくれ。……今ここにいる計五十人の戦闘員が誰一人として欠けることなく勝利するぞ!」
迫力のある宣言と共に、魔道士たちが一斉に湧き上がる。
マールイの集落を取り囲むように認識阻害用の結界が展開されていなかったら敵に勘付かれていただろう。
それほどまでに熱気と気迫に満ちた団結の雄叫びであった。
●
三条をはじめとした遊撃隊のメンバーたちは広大な森の中に重々しく佇む廃工場の直ぐそばに身を潜めていた。
時刻は日が西に傾き始めた頃。
時折聞こえてくる鳥の囀りや虫の羽音が緊張を促進させてくる。
初めての本格的な対人戦闘を前にして手汗が止まらない三条。
幸か不幸か廃工場、つまりは犯罪魔術結社『ニオファイト』のアジトには正面扉の他に出入りできる場所はなく、さらには窓すら見受けられない。
しかしそれは言い換えると、狙撃による先制攻撃が不可能であることを示唆しているのだ。
(準備は……大丈夫そうかな)
周りを見回すと、目を閉じて深呼吸することで昂ぶる心を落ち着かせているマリンが目に入った。
イレーネやモンテカルロは自前の剣を手入れしている。
釣られるようにして三条はハスターから貰い受けた身体強化用魔道具、タラリアの紐を結び直す。
そして丁度彼が両足の靴紐を結び直したところで、風船が弾けるような空砲の炸裂する音が聞こえてきた。
作戦開始の合図だ。
「決して敵には容赦するな。殺らなければ殺られると思え。……いくぞ、奴らを一人残らず殲滅しろ!」
総隊長であるモンテカルロの掛け声と共に廃工場の正面扉が内側に向けて吹き飛ばされる。
それと同時に攻撃部隊を任された仲間たちが一斉に工場内へと雪崩れ込んだ。
中からは怒号や絶叫だけでなく魔法の炸裂する爆発音にも似た轟音や、剣と剣がかち合う音が聞こえてくる。
「よ〜し、あたしたちも突撃するわよ! 雑魚どもに五-三支部の強さと恐ろしさを刻み込んであげなさい!」
「「「「了解!!」」」」
「ガハハハ、なんと頼もしい仲間たちだ! 私たちも負けてられんな。よし、六-二支部の諸君も行くぞ、私に続け!」
遊撃隊を担う十人がほぼ同時に動き出す。
各々が近づきすぎず、かつ離れすぎない絶妙な距離感を保って。
「ちょっとユウト、ユウト!」
もう直ぐで正面扉に辿り着くといったところで三条のことを呼ぶ声がした。
声のした方を見るとマリンが何やらジェスチャーをしている。
人差し指を下に向け、地を指すような動作を繰り返す。
(一体あいつは何をしているんだ?)
減速して彼女の手振りを考える三条であったが。
「うおっ!?」
突然何者かの手が背後から伸びてきて彼の頭を掴み、顔面を地面に押し付ける勢いで押さえつけてきたのだ。
視界が一瞬で一面の生茂る草花になった三条が目線を横にするだけで手の主を見ると、イレーネの紅い髪が目に映った。
「あんた馬鹿なの? 戦場で移動する時は常に姿勢を低く保ちなさい。さもないと敵が放ったのか味方が放ったのか分からない流れ弾に当たって死ぬことになるわよ」
彼女は耳元でそれだけ囁くと、スピードを上げて敵のアジトの中へと駆けて行く。
どうやら先程のマリンのジェスチャーはこのことだったらしく、イレーネに言われた通り姿勢を低くした三条が彼女の方を見ると笑顔でサムズアップを掲げていた。
(あのハンドサインで姿勢を落とせ、か。……いや、分かるかっての)
再び走る速度を上げた三条が元々扉が取り付けられていた穴を潜ると、中では敵味方がグチャグチャに入り混じり、火球や光弾が飛び交う激戦が繰り広げられていた。
ぱっと見でも漆黒の外套を纏った敵の数は味方の数を軽く超えている。
にも関わらず、攻撃を受けることで鮮血を撒き散らしながら地に伏していくのは『ニオファイト』の団員ばかり。
「さすが各支部を代表して集まった戦闘員だな。……っと」
身を低くして戦場を駆けながら仲間の戦い方を観察していた三条へと、機械の陰に隠れていた黒い外套の敵が奇襲を仕掛けてきた。
彼は敵が振り下ろした短剣を横に飛び退くことで躱すと、腰にさげたウエストバッグから二十センチ程の長さの金属でできた棒を一本取り出してそれを宙に放り投げる。
そして空中で回転しながら放物線を描く棒を視界の端に収めたまま、一撃を避けられたことで体勢を崩している敵の鳩尾の辺りにその掌をつけ、魔法を放つ。
「貫入せよ、不可防の一矢」
「あ? ……がはっ」
一瞬にして視界から棒が消え、代わりに敵の鳩尾へと深々と刺さる。
何をされたのかまるで分かっていない様子の敵は徐々にその顔を歪め、崩れ落ちていく。
(タラリアを履いているからってのもあるかもしれねぇが、それでもセレナに比べたら断然こいつらの方が遅いな)
訓練が効いているのか、思っていたよりも戦える。
その確信を胸に三条は再び走り出した。




